日本経済新聞 関連サイト

OK
[ skill up-自己成長 ]

使える! ロジカルシンキング(19)問題解決に役立つ数学
計算が苦手でもOK

中田亨 authored by 中田亨産業技術総合研究所主任研究員
使える! ロジカルシンキング(19) 問題解決に役立つ数学計算が苦手でもOK
撮影協力:柏の葉イノベーションラボ KOIL

中田亨の使える! ロジカルシンキング(19)

「数学」という論理体系

 数学は、ロジカルシンキングのかたまりです。物理学も、数学を多用してはいますが、最終的に考えが正しいか間違っているかは実験をして調べます。つまり、理屈よりも実際が偉いのが物理学です。

 しかし、数学は実験的事実からは独立していて、頭の中だけで考えられることがらに関して、理詰めだけで答えを出すという原理原則に徹しています。例えば、100次元の空間というものはこの世に存在しませんが、数学なら「仮にそんな世界があったとしたら」と空想で考えてもよいわけです。

 こうした浮世離れした空想が、全く無益無用ではなく、逆に役に立つことがあるのが数学のすごいところです。例えば、マーケティングの分野では、顧客データを統計分析して販売戦略を練り上げたいのですが、データが顧客の性別、年齢から嗜好まで、50個とか100個もの項目でできていて、複雑すぎてとてもグラフを描けそうにないものも珍しくありません。そんなややこしいデータも数学的に「100次元の空間の中に散らばっている点」と考えれば、点同士の「距離」や「角度」を測ることで、顧客データを分析し、どんな顧客にはどんな商品が売れるのかを突き止められます。

計算が苦手でもOK

 こう考えていくと、数学は「数の学問」というよりは、「理詰めで考えられる事柄全般についての学問」というべきでしょう。数値計算が出てこない数学も多々あります。数学で必要なのは論理力であり、計算能力ではありません。

 ある学会で、グロタンディークというフランスの有名な数学者が、自分の難しい研究成果を発表していました。素数についての難しい理論です。話についていけなくなった聴衆が、「何か具体的な素数の例を挙げて説明してください」と頼みました。

 そこでグロタンディークは、「では、素数の例として57を取り上げる」と言いましたが、57は3で割り切れるので素数ではありません。小学生でもわかりそうなミスをですが、これくらい計算が苦手でも一流の数学者にはなれるのですね。

背理法で悩みを解決

 数学の論法の中で、実世界で使いやすいのは背理法でしょう。いったん証明したいこととは真逆の主張を述べて、それを押し広げていき矛盾が生じると示すことで、逆にもともと証明したかったことの正しさを示す論法です。

 「一番大きな数というものはない」ということを背理法で証明してみましょう。この逆は「一番大きな数がある」ということですから、これが正しくないと示せれば、「一番大きな数はない」ことが証明できるわけです。

 「仮に、一番大きな数が存在するとする。それをXとする。すると、X+1も数であるが、これはXより大きい。このように矛盾が起こるので、そもそも一番大きな数などない」という具合です。

 背理法は、証明したいことの逆、つまり「そんな馬鹿な」と思える仮定から始まります。これがうまくいくと、「逆転の発想」となって妙案を導き出し、問題があっけなく解けてしまうことがあります。背理法は数学的な問題に使うだけではもったいない手法なので、仕事での判断や人生の選択といった問題にも使えるものなのです。

 「A社に就職すべきなのだろうか?」とか、「論文のテーマをAにすべきだろうか?」という問題を考えるとき、ややもするとAのことだけを考えようとしてしまいます。が、それよりもB、C、D...といった他の候補でAを上回るものがないかを探すべきなのです。煮え切らない態度で「本当にAでいいのかな...」と悩み続けるよりは、「比較した結果、AがベストだからAに決定」と決めて話を進める方が合理的です。

1=2? 現実を変えてしまう逆理

 理屈や常識に反するが真実であることを逆理といいます。数学は逆理が発見されることで発展してきました。中でもバナッハ・タルスキーの逆理は特に不思議です。「1つの球を、ある規則に従って5つのパーツに分ける。このパーツのうち2つだけを使って、少し向きを変えて組み合わせると、元通りの球ができあがる。また残りの3つのパーツを使っても元通りの球ができあがるので、合計2個の球が作られる」。

 バナッハ・タルスキーの分割のやり方を説明している動画(The Banach-Tarski Paradox)がネット上にありますが、それを見ると、なるほど確かに、1つの球から2つの球を作る様子が見て取れます。まさに1個=2個です。その手順にはインチキや、論理のごまかしはなく、バナッハ・タルスキーの逆理は真実なのだと認めざるを得ません。

 一方で我々は、現実世界では1つの球だけを素材にして2つに増やせるわけがないことも重々承知しています。結局、バナッハ・タルスキーの逆理が成り立つとする論理体系で考えるのか、成り立たない論理体系で考えるのかは、数学の問題であるにもかかわらず、考える人が題材に応じて切り替えるべき事柄ということになります。

 「1個=2個という結論が出ては困る」という場合は、バナッハ・タルスキーの逆理のような分割はできないものと決めます。逆に、「球の分割が自由にできないという仮定は、それはそれで奇妙な話になる」という場合は、バナッハ・タルスキーの逆理が成り立つと決めるのです。

 つまり、選択肢によって論理の土俵自体が異なってくるわけです。ちょうど、国が変われば法律も変わり、法の論理も変わるといったところでしょうか。数学のロジック次第で、事の真偽が変わってしまうこともあるのです。

連載【使える!ロジカルシンキング】
(16) 面接は話し上手より「聞き出し上手」めざせ
(17) 就活で「本気」を伝える方法」
(18) 面接は先行逃げ切りか、後出しジャンケンか」

「日経College Cafe」のお勧め記事はこちら>>