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宇宙の歩き方(4)4月1日に大企業を入社辞退
民間ロケットベンチャーへ

林公代 authored by 林公代宇宙ライター
宇宙の歩き方(4) 4月1日に大企業を入社辞退民間ロケットベンチャーへ

(前回から読む)

 一流企業への入社を3日後に控えた2013年3月29日、堀江貴文氏のロケットベンチャー、インターステラテクノロジズ社への入社を決意した稲川貴大さん。堀江氏の「一緒にロケットを作ろう」という言葉に「やります」と答えたものの、迷いはなかったのだろうか。

 「それはもちろんありました。できたばっかりの社長だけの会社で、社員は1人目だって言われるし。『悪いようにはしないから』とは言われたけど、この先のすべてについて不安でした。でも謎の自信もあったんです」

 「会社組織に属さなくても、何とでも自分で食べていけるだろうと。今考えると根拠は薄いですけどね(笑)」。いやいや、鳥人間や学生ロケットを通して得た「ゼロからのモノづくり」の経験が大きな根拠となって支えていたはずだ。稲川さんは続ける。

「鳥人間」からロケットへ

 「北海道で出会った『なつのロケット団』の人たちは面白い人ばかりでした。堀江さんは会う前はテレビの印象しかなくて"敵キャラ"だと思っていたけど、会うと普通の人。でも堀江さんがいるとミーティングが締まるんです。目標をガンガン決めるスピード感がある。こういう人たちとなら面白くなりそうだと思ったんです」

姿勢制御の実験機LEAP打ち上げ。これまで数多くの実験を重ね、超音速飛行、姿勢制御、回収、通信など要素技術を開発してきた(写真提供:インターステラテクノロジズ)

 気になるのが、家族や大学の反応だ。稲川さんは焼肉屋で決心した翌日、埼玉の実家に帰り、両親に「入社先変えるから」と報告。母親は「しょうがないわね」。一方、当時市議会議員だった父親は「何を言っているんだお前は!」と激怒。でも「自分の好きなようにするから」と意に介さなかった。

 問題は内定先企業だった。方向転換を決意したのは3月29日金曜日の夜。すぐ内定先の人事担当者に入社辞退をメールしたものの、返事がない。週明け4月1日の入社式当日、会場で辞意を伝えると「そんな非常識なことがあるか!」と人事担当者はかんかんに怒った。ロケット開発について説明し、ベンチャー企業に行くことも伝えひたすら謝った。最終的には「がんばれ」と言ってもらい握手。その足で大学の研究室に向かい、指導教官に謝った。「先生は大笑いして、稲川らしいと。肝が据わった先生でした」

 稲川さんをロケット開発に誘った理由を、堀江氏に聞いた。「稲川君はやりたいことが明確だったから。本当はやりたいことがあっても、あきらめて決められたレールの上を行く『いい子ちゃん』が多い。親や先生をすごい気にするんです。自分の人生なのに人のために生きてしまう。でも親は子供が幸せで、本当にやりたいことをやってればいいと思ってる。やりたいことがないと思っている子でも、掘り下げれば実はやりたいことがあるんですよ。でも自分が傷つきたくないのかな。稲川君はそういう意味でも打たれ強い」

「なつのロケット団」以降、堀江氏を中心に本気で民間ロケット開発を進めてきた人たち。堀江氏が手をおいているのが民間初のロケット「モモ」の実物大模型。前長8m、直径50㎝

 稲川さんはその後、インターステラテクノロジズ社の社長が体調を崩したこともあり、入社翌年の14年6月に、なんと社長になってしまった! 彼のもとには、ロケット好きの学生が集まってくる。

 「社長(稲川さん)がある意味ドロップアウトしているから、社員もドロップアウトしやすい(笑)。今、大学を中退して入ってくる社員が多いんですよ。そういう子たちにも論文を書けるようにしてあげたいですね」(堀江氏)

衛星ブームでロケットが足りない!

 今、稲川社長率いるインターステラテクノロジズ社は社員12名。本社は北海道にあり、東京事務所もモノづくりができる環境を整備。地下1階にある、秘密基地のような現場に入ると、モノづくり特有の油のにおいがし、フライス盤を操作する音が響く。

東京の事務所は、地下空間に所狭しと工作機械が並ぶ、秘密基地のような場所。左から宇宙機器メーカーを早期退職した栗原和宏さん(左)、高専から大学に進学したのに中退して入社した鈴木紘彬さん、稲川さん、iPhoneアプリを制作していたフリーのエンジニア森琢磨さん。和気あいあいと作業に励む

 「モモ」は「世界最低性能ロケット」というように、町工場で作れるロケットがコンセプト。だから材料はホームセンターやネットで調達し、ほとんど自分たちで作る。「よく宇宙機を作るには職人技が必要と言われますが、うちは違う。極端に言えば、『だれでもできる』レベルに落とすべきだと思っています。じゃないと量産できない」

 ここまで説明しても「モモ」って本当に飛ぶの? と思う人がいるかもしれない。だが「モモ」のもとになっているのは約70年前のロケット。それを現在の技術で安くお手軽に蘇らせた。JAXAのロケットエンジンを担当し、引退した人たちの協力も得ている。いわば技術継承プログラムでもある。現在、米民間企業スペースX社が低価格なロケットで成功をおさめ、世界のロケット市場に価格破壊をもたらしているが、あれもアポロ計画時代の技術や人材を活用することで実現したロケットだ。

 この夏の「モモ」打ち上げでは、宇宙との境界線である高度100㎞を狙い、初の民間宇宙飛行を達成するのが目標だ。でも本当に目指すのは、その先。宇宙を回る軌道に50kg以下の超小型人工衛星を安く運ぶロケットを作りたい。世界は今、超小型衛星がブームとなり爆発的に開発されている一方で、それを打ち上げるロケットが圧倒的に足りない。

 「世界にはライバル企業があり、彼らは2018年までのサービス開始を目指している。うちも負けないように開発スピードを加速させたい」稲川さんはすでに世界を見据えている。

写真提供:インターステラテクノロジズ

目指すは世界市場~誰でも参加できる

 今年に入ってインターステラテクノロジズ社は総合商社・丸紅と業務提携し、「モモ」の打ち上げにDMM.comも協賛についた。投資家からの投資も受けている。打ち上げを成功させて「本当に宇宙に行けるんだ!」と技術を実証し、さらに大きな投資を呼び込みたい。「これまでチャレンジングな事業に対して、日本のベンチャー企業にはアメリカほど投資が集まらなかった。最近は宇宙ベンチャーに続々と投資が集まってきて、数年前と全然世界が違う。『宇宙、来るぞ』というムードがあります」

 だが万が一打ち上げに失敗したら? 「実証実験だからそれもありうる。その過程も公開し、次へのチャレンジを何としてでも見せます」堀江氏が言う通り、稲川さんはどーんと構えている。

 最後に。一流企業の内定を辞退し、ベンチャーで社長業をする現状はどうですか?

 「この道で正解だった。好きなことを好きなようにやれているし、何よりやりたくてやっています」

 この夏、「モモ」の打ち上げが成功すれば、日本初の民間宇宙ロケットが誕生することになる。宇宙ロケットといえばJAXAというイメージが強い日本では、宇宙が身近になる大事件になるだろう。私も正直、東京事務所の現場を見て、稲川さんの話を聞くまでは、「モモ」が本当に飛べるのか半信半疑だった。しかし、今は彼らが生み出すロケットが飛ぶ瞬間を、傍観者でなく当事者として見守りたいと思っている。宇宙ロケット打ち上げのためのクラウドフラウンディングは3000円から、サイトで絶賛受付中。参加すればあなたもプロジェクトの「当事者」になれますよ。
https://camp-fire.jp/projects/view/7166

林 公代(はやし・きみよ)
宇宙ライター。書籍や雑誌、ウエブサイトなどで宇宙関連の記事を企画、執筆、編集。宇宙飛行士や宇宙関係者へのインタビュー、NASA・ロシア・日本でのロケット打ち上げ、宇宙関連の取材を続けている。共著書に『宇宙へ「出張」してきます』(古川聡・林公代・毎日新聞科学環境部毎日新聞社著、2012)、著書に『宇宙飛行士の仕事力』(日本経済新聞出版社、2014)など多数。

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