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ニュースの見方(6)米国で警官襲撃事件
「銃」犯罪が後を絶たないワケ

ニュースの見方(6) 米国で警官襲撃事件「銃」犯罪が後を絶たないワケ
authored by 戸崎肇大妻女子大学教授・経済学者

 米国で警官を襲撃する事件が発生しました。このところ過激派組織「イスラム国」(IS)絡みと見られるテロが相次ぎ、国際社会の不安定化が進んでいました。そうした中で新たに大きな問題が起こったことになります。

人種問題が再燃

 米テキサス州ダラスで7月7日(日本時間8日)に起きました。相次ぐ白人警官による黒人射殺事件に対する抗議デモの最中、それを監視していた警官隊に男が発砲。12人が撃たれ、このうち5人が死亡しました。男は黒人で、アフガニスタンでの対テロの戦闘に従事して帰国、退役した元軍人でした。黒人至上主義の思想を持っていたとされています。

 白人と黒人の間の人種差別問題は、白人警官による黒人射殺事件の続発によって先鋭化していました。これが今回の事件によって、さらにこじれたものになっていく危険性があります。

 米国は「人種のるつぼ」と呼ばれてきたように、建国した当時から移民によって支えられてきた一方、様々な人種差別の問題を抱えてきました。特にそれに雇用の問題が関わって来ると問題は先鋭化していきます。大統領候補であるトランプ氏が、メキシコからの不法移民を阻止するための壁を設けるべきだとの主張は、日本人にとっては突飛な意見に聞こえるかもしれませんが、国境周辺に住む人々から支持されていると報道されています。また、英国がEUから離脱した大きな理由も、雇用が移民によって奪われるという危機感でした。

ロボットで犯人を制圧

 今回は雇用の問題とは直接関係がありませんが、もともと労働力として歴史的に移住を強いられた黒人たちの米国社会での位置づけが改めて問われているといってもいいのではないかと思います。

米国での事件だが、世界に影響を与える懸念が

 筆者が特に注目したのは、警察がロボットを使って犯人を爆殺したという結末です。ロボットがついにこのような用途に使われるようになったのだと驚きました。しかし、今日の自動車の自動運転技術の実用化に向けた急速な進展や、ドローンを使った様々な新たな取り組みなど、現代の技術水準から考えてみれば、今回のような事件の解決にロボットを活用することは極めて自然なことでしょう。むしろ、これまでの同様の事件の解決に使われてこなかったことの方が驚くべきことなのかもしれません。凶悪犯罪に対するロボットの活用はこれからますます進んでいくのでしょう。

 これを裏返せば、犯罪をなす側も高度なロボットを活用できるということです。ロボットによるテロが可能であれば、これまで以上にその脅威は高まります。従来のように爆弾をしかけたり、自爆テロを起こしたりするよりも、はるかに機動力のあるテロ行為を行うことが可能となるでしょう。まさに技術力は「両刃の件」なのです。

一筋縄でいかない銃規制

 この事件は銃規制の問題とも関わってきます。米国では一般の市民を巻き込むような銃の乱射事件があいかわらず起こっています。これも米国社会の病める一面といえるでしょうが、こうした事件が起きるたびに、銃の保有を禁止すべきであるという主張が強くなされます。

 日本から見れば、なぜそれができないのか不思議に思う人も多いのではないかと思います。事実、世界を見渡しても米国ほど銃の保有に「寛容」な国はないでしょう。

 この問題に関しては、米国社会のあり方について歴史的な観点から考えていかなければなりません。建国の祖たちが開拓者であった頃から、自分の身は自分で守るという精神が重んじられてきました。それは今日にも引き継がれ、政府に頼らず、自立した社会を理想とする「保守主義」の考え方に反映されています。こうした考え方からすれば、現実に銃が巷に横行している状態では、自分も銃を持つことで自衛することが当然の論理となってきます。

 もちろん、銃の製造・販売に当たる産業界の意向もあります。その巨大なマーケットを脅かす勢力に対しては徹底的に抗戦してくるでしょう。それは強力なロビーイング活動となって議員を動かし、銃規制の法案を跳ね返すことになります。

米国社会が不安定になれば世界に影響

原爆慰霊碑に献花するオバマ米大統領(左)。右は安倍首相(5月27日午後5時38分、広島市中区の平和記念公園)=代表撮影

 米国での銃規制の問題は、多くの日本人が「当然」と考えるような簡単な問題ではないのです。このことは、日本で「当然」と思われることが、海外からはそう見られないことと同じです。

 たとえば、先にオバマ大統領が広島を訪問しました。その際に、広島に原爆を落としたことに対して大統領が謝罪すべきだという声が国内で強く上がりました。その心情はよく理解でき、筆者もそうなれば有難いとは思っています。しかし、米国からすれば、先に戦争を始めたのは日本であり、その前にパールハーバーの攻撃によって犠牲となった人々に謝罪せよという話になるのです。歴史の一部だけを取り上げて、そこの部分だけの解決を図ろうとしてうまくいかないのは、まさに経済学における「合成の誤謬」に当たります。「木を見て森を見ず」というものであり、個々の問題の最適な解が、その問題を含む社会全体の問題にとって最適な解かというと、必ずしもそうとはいえず、むしろ事態を悪化させることもあり得るということです。

 今回の事件は、米国社会を不安定化させることによって、大きなインパクトを世界経済にもたらすことになるかもしれません。私たちも他人ごとだと思わず、この事件がもつ意味についてしっかりと考えてみましょう。


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