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経営者ブログ 星野リゾート代表留学のススメ
今も「彼ら」に笑われることはしない

経営者ブログ 星野リゾート代表 留学のススメ今も「彼ら」に笑われることはしない
authored by 星野佳路星野リゾート代表

 学生がこのところあまり留学したがらなくなっている、と聞きます。国内のMBA(経営学修士)プログラムは私のころと比べものにならないほど充実しているし、最新の理論はインターネットなどを経由しても知ることができます。「今さら、行く必要があるのか」という声が理解できないわけではありません。

 それでも大学卒業後に米国留学した経験を振り返り、機会があったら行くべきだ、というのが私の考えです。

「アップルといえばiPhoneよりMac」の理由

 私の場合、中学から大学までの10年間はアイスホッケーに打ち込んでいました。このため正直なところ将来、事業を引き継ぐには知識が不足していました。しっかり学ぶ必要があると考え2年間、米国に留学しました。勉強はとにかくたいへんでした。1984年に出たばかりのアップルのパソコン、Mac(マック)の最初のモデルを大学の生協で購入。書いた文章をすぐに直せるようになり、論文を作成するうえで本当に役立ちました。Macがなかったら、卒業できなかったと思うほど。それ以来、30年以上アップルの製品を使っていますが、留学中の思い出もあり私にとってのアップルはiPhoneよりもMacのイメージです。

 留学してよかったと思うのは、外から日本を見ることができたことです。海外に身を置き、初めて気づくことがたくさんありました。日本に対する海外の期待についても、住んでみてわかったことが多かったと思います。

 留学時代の友人とは今でもときどき連絡を取り合っています。現在のビジネスとの関係で言えば、私には「彼らに笑われるようなことはしない」という意識があります。留学を通して彼らが笑っていることの本質を理解したからです。

 それは目利き層といわれる旅慣れた顧客の目線です。マーケットが成熟するなかでは、彼らから「変に見えるもの」はダメ。にせものリゾートなのです。自分に納得できることならば、私は誰が笑おうと気にしませんが、留学を通じて感覚を共有したため、彼らが笑う内容は私にとっても嫌なことなのです。

 彼らとは米国内を自動車でいっしょに回り、さまざまなリゾートを訪問しました。若いうちに自分の目で見る意義は大きかったと思います。「この施設はここにあるからこそ、素晴らしいのだ」といったことも理解しました。このため、素晴らしいリゾートを視察したからといって、そのまま日本に持ってこようとは思いません。当時の経験は今も役立っています。

 2001年にリゾナーレ八ケ岳(山梨県北杜市)の再生に着手するとき、一番悩んだのは、八ケ岳という素晴らしい自然のなかに、マリオ・ベリーニというイタリアの建築家が設計したヨーロッパの中世・山岳都市風の建築物があることでした。

 バブル経済のときにつくられた建物ですが、なぜこの場所にあるのか、留学時代の友人に説明することが私にはできませんでした。そこにあるのは日本人のイタリアへのあこがれそのものであり、「彼らがこれをみたら、きっと笑うに違いない」と思いました。

 では、どうすべきか。自分ならば同じ建物を建てない。それでも再生を任せようという投資家がいる以上、私は挑戦したいと思いました。

ワインを介してすべてがつながる

 星野リゾートは当時、創業地の軽井沢だけでビジネスしていました。私は事業を引き継いでから経営改革を進め、増収増益を続けていました。それでも「軽井沢という有名観光地」「老舗である」「温泉がある」の条件から、「うまくいって当たり前」と言われました。リゾナーレ八ケ岳にはそうした条件がありません。この施設を再生できたら、リゾート運営会社としての知名度を上げることができる、と思いました。

 とはいえ「彼らに笑われる」のではいけない。自分のなかでの納得感の高さが大切であり、それが顧客にとって魅力となるはずだ、と考えました。

 リゾートの再生はつじつまあわせという面があります。注目したのは施設のある山梨がワインの産地であることです。ワインを醸造するワイナリーを開設してはどうか――。こう考えたとたんに、この建物がこの場所にある理由が見えてきました。山梨はブドウの産地として知られるだけでなく、質の高いワインをつくることでも知られ、山梨産のワインは海外への輸出も増えています。一方でワインは西洋、特に欧州から日本に入ってきました。山梨とワイン。欧州とワイン。ワインを介して山梨と西洋の中世の山岳都市風の建物が私のなかでつながりました。これならば留学時の友人に笑われることはない、と確信しました。

 星野リゾートでは、施設の再生にあたってコンセプト委員会を立ち上げ、目指す方向を定めます。ワインリゾートという発想は実際、再生に着手する01年ごろから出ました。しかし、いきなりワイナリーをつくろうとしてもそれまで赤字のため、資金がありません。まず、黒字化して資金を蓄えようと考えました。顧客満足度を高めるために客室の改装も実施。このため多少時間はかかりましたが、再生に着手後7、8年目ごろからワイナリーに取り組むことができるようになり、成果を上げるようになりました。留学で「笑われることはしない」感覚を身につけたことがリゾナーレ八ケ岳の再生を加速。星野リゾートの現在につながっていると思います。
[日経電子版2016年6月16日付]

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