入社に条件が付いたり、内定辞退を求められたりしたら
ブラック企業との向き合い方(17)
前回の記事で、内定後に資格取得、研修、アルバイトなどを求められる場合があることを取り上げました。さらに問題なのは、そこで示された要求を満たさないと入社が認められず、内定を辞退するよう求められる場合があることです。どう考えたらよいのでしょうか。事例から検討します。
事例1:入社までに運転免許は必須と言われた
「運転免許ぐらいは持っていないと......」と、企業の方は思っているかもしれません。ですが、学生時代に運転免許を取得しておくことは、今日では決して「あたり前」ではありません。
「平成24年度国土交通白書」によれば、20代の運転免許保有率は東京都の場合、1991年の74.2%から2011年の63.5%へと低下しています。
運転免許の取得には、20万~30万円程度かかります。大学生の2人に1人が何らかの奨学金(そのほとんどは返済が必要で利子付き)を借りているという現状(*)では、運転免許の取得費用は大きな負担です。日常的な生活費をアルバイトで賄っている場合には、教習に通う日程の調整も困難です。
(*)日本学生支援機構「平成26年度学生生活調査結果(概要)」
公共交通が発達した都心部では、車は必需品ではありません。そのため運転免許取得を当然視されると、取得していない内定者は戸惑います。
業務上、運転免許が本当に欠かせないのならば、運転免許を取得していること(もしくは入社までに取得すること)を応募資格として採用募集の段階で明示すべきです。にもかかわらず、特定職種に限定しない正社員採用の募集要項において、応募資格に運転免許を明示しているケースはほとんど見かけません。
募集要項に応募資格として明記されておらず、説明会でも条件として提示されず、面接でもそのような条件は提示されなかったのに、内定後の説明で運転免許取得が入社の条件だと言われた場合、運転免許が取得できなかったことを理由に内定を取り消すことは認められません。
入社後のことを考えて頑張って免許を取得するという選択ももちろん有りですが、もし免許が取得できなかったことを理由に内定を取り消されそうになったら、その場で同意せずに、大学キャリアセンターやハローワーク、労働者側の弁護士などにすぐに相談しましょう。
事例2:内定者研修でマニュアル暗記テストに合格しないと内定辞退を求められる
この事例のように内定者研修の中で達成困難な課題を与え、それを達成できないと入社する資格はないと追い込む場合があります。追い込む手段はマニュアルの暗記、制限時間を設けての社訓の暗唱、長距離の歩行など様々ですが、通常業務のために必要とは考えにくい課題であることも少なくありません。
内定者研修でそのような課題を課した企業から入社直前の時期に大量の内定辞退者が出て、内定辞退の強要があったのではないかと話題になったこともありました。
この事例2のように達成困難な課題を与え、それが達成できなかったからと言って、内定を取り消すことは認められていません。また、内定辞退書を書くように強要することも認められません。みずからの意思で内定を辞退することは自由ですが、一方的に内定を取り消されたり、辞退したいわけでもないのに辞退を強要されたりすることは、あってはならないのです。
内定辞退書を提示されても、その場で署名せずになんとか乗り切って、すぐに専門家・専門機関に相談することが大切です。また、仮に署名させられたとしても、真意ではない強要されたものは効力がありませんので、あきらめず相談して下さい。
事例3:内定者アルバイトで仕事ぶりを批判され、内定辞退に追い込まれそうだ
内定者や新入社員がテキパキと仕事ができない、それは当たり前です。即戦力の中途採用ではなく新卒者を採用し、さらに募集にあたって専門知識を求めていなかったのであれば、専門知識の習得と業務の習熟に向けて新入社員を育成していくことは、企業が行うべき大事な業務です。
そのような育成の努力を怠り、また本来入社後に行うべき仕事への割り当てを入社前に行い、そこで期待した仕事ができないからといって批判するのは、企業側に非があります。ついていけない自分が悪いと思って内定辞退を申し出る必要はありません。
その企業は、内定者が自ら辞退するよう、意図的に追い込んでいる可能性もあります。内定辞退者が多く出ることを見込んで多めの内定を出したものの見込みがはずれたといった場合、企業側からの内定取消は認められていません。そのため、研修やアルバイトへの参加を求め、そこで内定者にきつく当たることによって、学生がみずから内定辞退を申し出てくることを待っている可能性があるのです。
また、採用にコストをかけずに簡単に内定を出し、そのあとで業務に従事させ、ついてこられる者だけを入社対象としてそれ以外は内定辞退に追い込むという選別の手段として、内定者研修や内定者アルバイトを利用する場合も考えられます。
内定取消ができる場合は限定されている
以上、いずれの事例においても、内定者は内定辞退を申し出る必要はなく、企業は内定辞退の強要や内定取消を行うことは認められません。ただし、内定の辞退を求められることと内定取消の違いは、ぜひ知っておいてください。
内定取消が行えるのは、非常に限定された場合のみです。前回の記事に記したように、内定とは「労働契約の成立」です。「始期付解約権留保付労働契約」という特殊な労働契約ですが、労働契約が成立しているため、内定取消は基本的には解雇と同じ扱いになります。
労働契約法第16条に「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定められています。企業側が恣意的な理由で解雇することは、法的に認められていないのです。同様に、内定取消も安易に行うことは認められていません。
内定取消が許されるのは、ごく限られた場合のみです。企業側の事情による場合と、内定者側の事情による場合に分けてみておきましょう。
企業側の事情の代表は、倒産です。偽装解散ではなく実際に倒産に至ってしまった場合、その企業で働くことは不可能になるため、内定取消はやむを得ないものとされます。ただしそのような場合であっても、損害賠償が請求できる可能性があります。
倒産には至らない業績悪化の場合は、企業側には、内定取消を防止するために最大限の経営努力を行うなど、あらゆる手段を講ずることが求められています。それでも内定取消が回避しがたい場合には、あらかじめハローワークに通知し、ハローワークの指導を尊重すること、またやむを得ず内定取消に至った場合には、その学生の就職先の確保について最大限の努力を行うと共に、補償等の要求に誠意をもって対応することが求められています(*)。
(*)2008年秋のリーマンショック後に内定取消が相次いで起こり、社会問題となったことを受けて、2009年1月に厚生労働省は「新規学校卒業者の採用に関する指針」を公表し、企業側に適切な対応を求めています。
内定者側の事情による内定取消は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨・目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として認められるものに限られます(*)。
(*)労働政策研究・研修機構「個別労働関係紛争判例集」の「2.雇用関係の開始」の「(6)【採用】採用内定取消」
具体的には、単位が足りずに卒業できなかった、重大な犯罪を行った、業務を遂行できないような重大な健康上の異常が見つかった、などの場合に限られます。したがって上述の事例1~事例3のようなケースでは、内定取消は認められないのです(*)。
(*)詳しくは、宮里民平弁護士らの執筆による「知っておきたい内定・入社前後のトラブルと対処法」(ブラック企業対策プロジェクト発行)を参照。なお、単位が足りず卒業できなかった場合でも、交渉次第では入社を半年待ってもらった上で卒業して入社できたケースもあります。
内定取消を回避するための「内定辞退の求め」に注意
このように企業が安易に内定を取り消せないように、労働法によって内定者は守られているのですが、内定が安易に取り消せないからこそ、企業側は内定者が自発的に辞退するように仕向けてくる場合があります。先ほどの事例2や事例3はそれに相当するものです。
この場合に気を付けなければいけないのは、「内定の辞退を求められてそれに応じること」と内定取消の違いです。内定取消は企業側が一方的に行うものですが、「内定の辞退を求められてそれに応じること」には、内定者側の同意という要素が含まれています。内定の辞退を求められ、それに内定者が応じて同意したのであれば、それは内定取消にはあたりません。「内定を取り消された!」と訴えても、「でも、同意したのでしょ?」と言われてしまう可能性があります。
アルバイトの学生や社員を辞めさせる場合も同様です。解雇は前述の通り厳しく制限されていますが、使用者が「辞めてくれないかな」と「依頼」すること自体は禁止されていません。「辞めてくれないかな」というのは「解雇」を告げる言葉ではなく、「退職勧奨」です。その「退職勧奨」に対して「わかりました」と応じてしまえば、それがいくら不本意な同意であっても、同意とみなされてしまう危険性があります。そのため、同意しないことが大切です。
もっとも、内定辞退についても退職についても、それを強く迫られる場合があります。そうした場合や内定取消を告げられた場合には「わかりました」と同意せず、署名を求められても署名せず、「考えさせてください」といったん持ち帰って、専門家にすぐ相談しましょう。
強く迫られた結果として署名させられてしまったならば、そもそも真意の「同意」があったとは認められない場合や、「同意」に際して「強要」があったとして「同意」の撤回が認められる場合もあります。労働法は、労働者よりも使用者の方が圧倒的に有利な地位にあることを考慮して、労働者の重大な権利に関係するものであれば、不利益な「同意」を行ってしまった場合であっても、簡単にその効力を認めません。
ですから、仮に不本意な同意をしてしまった場合には、できるだけ早く、「同意は本意ではありません」というメッセージを会社に伝えて下さい。その際、メールなどきちんと形に残しておくことも重要です。そして簡単には諦めたりせず、できるだけ早く専門家に相談しましょう。
専門家に相談することは、気持ちの上でハードルが高いかもしれませんが、自分にとって重大な問題が起きたときには、問題を抱え込まずに早めに専門家の助けを借りることが有効です。
この連載の法律監修を担当いただいている嶋崎量弁護士が所属している日本労働弁護団では、曜日・時間の限定つきで無料の電話相談ができるホットラインを設けています。そのような機会も活用して、専門家の知恵を借りるという方法も頭に入れておいてください。
法律監修:嶋崎量(弁護士・神奈川総合法律事務所)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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