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ソフトバンク巨額買収
「起業家・孫氏」が買った挑戦権

ソフトバンク巨額買収「起業家・孫氏」が買った挑戦権

 ソフトバンクグループの孫正義社長がまたもや大勝負に出た。英半導体設計大手のアーム・ホールディングスの買収金額は日本円にして3兆3000億円強。日本企業による海外企業買収で過去最大の規模となる。そんな巨額買収の決定までわずか2週間。孫社長を駆り立てたのは、20歳のころから秘めていた野心をいまだ果たせず、という思いだろう。

「利益相反はない」

 ソフトバンクが7月18日にロンドンで開いたアーム買収の記者会見。孫社長は少しはにかんだように見えた。「ソフトバンクのアーム買収で(アームの)顧客企業との間に利益相反が起きるのではないか」という質問に答えているときのことである。

 「ティム・クックも、ジェイ・リー(李在鎔)も、ポール・ジェイコブスもみんなアームの大口顧客。そして私の古くからの友人たちだ。それらと利益相反はない」

 孫氏の口から出てきた経営者たちの企業は、米アップル、韓国サムスン電子、そして米クアルコムである。いわば、世界のIT(情報技術)業界の巨人たちだ。それらの企業にとって、アームは無視できない。アームはスマートフォン(スマホ)に搭載されるCPU(中央演算処理装置)などで9割超のシェアを占めているからだ。 「ソフトバンクの歴史を振り返ると、コア事業でナンバー1の企業を持ったことはない」。孫社長は会見中、アームへの期待感と高揚感を隠さなかった。

 ソフトバンクの傘下に入ったアームが次に何を仕掛けてくるか。世界のIT大手にとって、その動向は大きな関心事になるだろう。今回のアーム買収で、世界のIT業界にとって、孫社長は「親しい友人」から、「一挙手一投足をフォローしなければならない相手」に変わったといえる。

 3兆円以上の資金を投じるアーム買収は、ソフトバンクにとって過去最大の買収案件であり、失敗できない投資にほかならない。そして、孫社長にとっては、シリコンバレー企業をはじめとする世界のIT大手の一角に割って入り、大きな存在感を持つために手にした「プラチナ・チケット」といっていい。

 孫社長の起業家としての原点は、良く知られている。米カリフォルニア大バークレー校の学生だったとき、自ら開発した電子翻訳機をシャープに売り込んだ話である。ちょうど、20歳のころ。それを元手に米国でソフト開発会社を興したという。

 パソコン、インターネット、ブロードバンド、携帯電話......それからは、IT技術の進化とともにビジネスの軸足を変えていった。

 ソフトバンクは今や傘下に様々な企業を抱えるものの、日本のソフトバンクも米国のスプリントも携帯電話会社。大切な通信インフラを握ってはいるとはいえ、IT技術を革新していくリーダーとは見られてない。

 そして、ソフトバンクが日本で携帯電話ビジネスを一気に伸ばせたのは、アップルの「iPhone(アイフォーン)」をいち早く日本市場に投入したためである。iPhoneという大ヒット商品をアップルが生み出さなければ、今のソフトバンクはなかった。

 一方、かつて成功物語の1つだった米国のヤフーは業績低迷が長引き、元気がない。出資先の中国ネット通販最大手アリババ集団は中国国内で圧倒的な存在感があるものの、世界のIT業界に大きな影響があるとは言い切れない。

「投資家」と「起業家」

 そもそも、それらは「投資家・孫正義」としてのサクセスストーリーに登場する企業である。「起業家・孫正義」としての実績とは言いがたいのではないか。

 起業家の役割とは、世の中にない商品やビジネスを生み出し、社会を大きく変えることと言える。孫社長は、「今のソフトバンク」そして「今の孫社長」に満足していないのだろう。買収したアームの技術を使い、新しい社会づくりを先導するようになったとき、孫社長は自分の経営者人生にやっと納得できるのではないか。

 もちろん、アーム買収の代償は大きい。アリババやフィンランドのゲーム大手スーパーセル、ガンホー・オンライン・エンターテイメントなどの保有株を立て続けに売却し、「兆円単位」の資金をひねり出してはいる。しかし、今回の買収で財務体質は再び悪化しかねない。「世界中で金融緩和マネーが潤沢であり続ける」で読んでいたとしても、その点は危うい。

 そして、最大の問題は巨大化するソフトバンクをうまく動かしていけるか、という点に尽きる。アームについては、事業面で経営の自主性を尊重するにせよ、グループ全体で広がる戦線を取り仕切れる人材は孫社長しかいないのではないか。後継者としてスカウトしてきたニケシュ・アローラ氏はもういない。

 7月18日の米ニューヨーク株式市場で、スプリントの株価は急落。アーム買収で「赤字を垂れ流すスプリントの再建が遠のくのではないか」と心配した投資家の失望を誘っている。東京株式市場では19日、ソフトバンクの株も下落率が10%を超えた。

 投資家が孫社長の決断を心配することはいつものこと。それでも、孫社長は絶えず、投資家としての目利きの確かさ、投資回収の成功を見せつけてきたが、今回のアーム買収の成否は簡単に評価できないのではないか。

 仮に、売却などでうまく投資を回収したとしても、それはアームという有力なIT企業を孫社長とソフトバンクが使いこなせなかったという評価につながる。そして、孫社長にとって起業家としてのサクセスストーリーは「まだ見ぬ夢」であり続ける。
(武類雅典)[日経電子版2016年7月19日付]

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