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過激派の諸相、
裕福・高学歴は珍しくない

過激派の諸相、裕福・高学歴は珍しくない
バングラデシュ首都ダッカのテロ現場付近

 バングラデシュの首都ダッカで、日本人7人を含む20人が犠牲となるテロが起きました。現地では、実行犯が裕福な家庭に育った高学歴の若者たちだったことに衝撃が広がっていますが、裕福で高学歴の過激派は決して珍しくありません。

 南アジアでテロを起こすイスラム組織といえば、アフガニスタンのタリバンやパキスタンのタリバン運動を思い起こす人が多いでしょう。アフガニスタンでは、とりあえず暮らしていくためにタリバンに加わるような貧しい人も確かにいます。しかし、イスラム世界全体で、より大きな問題は、人口の増加、若年層の膨張、高学歴化の一方で、それに見合った雇用機会が乏しいことです。

 1990年代からずっと、世界で最も若年層の失業率が高い地域は、中東・北アフリカのアラブ諸国です。近年は欧州のイスラム系移民社会の若年失業率も高くなっています。アジアのイスラム諸国も人口増加が急で、若者の就職は簡単ではありません。

職に就けず社会に統合されない若者が多数に

 バングラデシュでは、90年に1億980万人程度だった人口が、米中央情報局(CIA)の2015年央推計では1億6895万人に達しており、25年間で5割強も人口が増えたことになります。人口ピラミッドが示すように、社会に出て新たに職を求める世代である15~24歳の人口が、退職の時期を迎える55~64歳世代の3倍を超えています。大学を出ても、すぐ就職できるのは半数以下という状態です。

 中東の政治情勢が不安定な理由の一つは、大学を出ても職がないことですが、アジアでも似たような状況が広がってきました。貧困層が多いからではなく、職に就いていない、社会に統合されていない若者が多数いる状況が、過激派を生む温床になるわけです。

 きょう、あすの暮らしに困るような若者には、過激派組織「イスラム国」(IS)やアルカイダが唱えるようなある種の革命運動に、時間を費やす余裕はありません。貧しい若者が自暴自棄になってテロを起こすのではなく、時間をかけてテロを計画したり準備したりすることができる人物がリーダー格にいるのが、過激派の特徴です。

 多数の人を殺傷するようなテロは、ほとんどの人が非難します。99.9%の人々が反発するような行為でも、それを正当化するロジックを強調するのが過激派です。共感が得られるか否かは別として、自らの行為を正当化する理屈を組み立てるわけですから、この点では高学歴者が過激派を主導しているといえます。

 裕福な過激派といえば、まずアルカイダのリーダーだったウサマ・ビンラディンの名前が上がります。建設を中心とするサウジアラビア有数の大財閥の創始者の息子の1人で、相続した遺産のかなりの部分をアルカイダの運動に投じたとみられています。

 アルカイダの現在のリーダーであるアイマン・ザワヒリは、エジプトのカイロ近郊の多くの学者や医者などを輩出したファミリーに生まれ、もともとはカイロ大学の大学院に学んだ外科医です。アルカイダが起こした2001年9月11日の米同時テロの、実行犯の中心人物とみられるムハンマド・アッタは、エジプトの弁護士の息子で、本人はカイロ大学工学部建築学科を卒業した後、ドイツのハンブルク工科大学に留学していました。

 欧州の移民社会の出身者にも、02年にパキスタンのカラチで米ウォール・ストリート・ジャーナル紙のダニエル・パール記者を誘拐、殺害した事件で死刑判決を受けたオマル・シェイク被告のような例があります。父親は英国で最も成功したパキスタン移民の実業家といわれ、本人は上流階級の子弟が通う私立学校で学費免除の特待生となり、ロンドン大学政治経済学院(LSE)に進学して数学・統計学を専攻していました。

 絵に描いたような優等生に「世界でイスラム教徒が抑圧されている。自分が立ち上がらなければ」というスイッチが入り、父の母国パキスタンに渡って過激な行動に突き進むきっかけになったのは、多くのイスラム教徒が犠牲になったボスニア・ヘルツェゴビナ内戦のドキュメンタリー映画だったともいわれています。

 近年、英国から中東に渡航してISに加わった者の中にも、複数の大学の医学部への進学が決まっていた人物や、父親の経営する会社の後を継ぐ予定だった人物など、将来の生活の展望が開けていた若者が少なくありません。

「イスラム教徒の屈辱感や痛みは消えない」

 今回のバングラデシュのテロの実行犯グループでも、政権与党の地区幹部の息子でダッカの名門進学校を卒業したとか、英語で授業を行うダッカの名門進学校からマレーシアの私立大学に留学したといった経歴が目に付きます。イスラム諸国でも欧州の移民社会でも、比較的恵まれた生活環境にいるエリート層の若者が、なぜ過激な行動に走るようになるのでしょうか。

 米国の著名な心理学者、エイリー・クルグランスキ教授は「個人の未来は開けていても、彼らが感じるイスラム教徒コミュニティーの屈辱感や痛みが消えるわけではない」「理解のカギは、神学ではなく心理学」と指摘しています。先に宗教イデオロギーがあるわけではなく、若者を過激な行動にいざなうのは、不条理を感じることの多い現実を拒否したい心理や感情だということでしょう。

1995年の地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教にも高学歴の幹部がいた。写真は防護服をまとい地下鉄駅構内に向かう化学機動中隊

 1960~70年代に広がった新左翼過激派でも、高校までは、まじめでノンポリ、大学に入った後に一気に過激派の幹部になったという例がたくさんありました。比較的裕福な家の子弟で、大学の専攻は理工系や医学系が目立ったのも、特徴の一つです。冷戦が終結し、反帝国主義とか階級闘争といった左翼的なイデオロギーの影響力が弱まった後、東京で地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教の幹部にも、似たような特徴がありました。

「不条理を打破する解」求める理系エリート

 ウサマ・ビンラディンの大学の専攻は理工系ではありませんが、アイマン・ザワヒリ、ムハンマド・アッタ、オマル・シェイクのように、理系のエリートが目立つのはイスラム過激派にも共通する現象です。あえて理屈を言えば、世の中は不条理なものだと割り切りがちな文系の人間と違って、理系のエリートには「不条理を打破する解」を求めたがる傾向があるのかもしれません。

 裕福な家庭の子弟や理系の高学歴者が自ら過激派の運動に飛び込むようになる一方で、最近、欧州やオーストラリアなどで目立つのは、窃盗や暴力行為などで有罪になり、刑務所に入っていた若者を、過激派が戦闘員としてリクルートする例です。

 昨年11月のパリでの同時テロの首謀者で、事件後に潜伏先で特殊部隊に射殺されたアブデルハミド・アバウド容疑者は、シリアに渡ってISの中堅幹部になった人物です。もともとブリュッセルでモロッコ系の中流家庭に生まれ、非行で退学になるまで進学校とみなされる中学に通っていた経歴があります。同容疑者も、刑務所に入っていたときに、過激派との接点ができたといわれています。

 アバウド容疑者が生まれ育ったブリュッセルの移民街では、若者の4割が職に就いていない状況です。自分の育った社会に自分の居場所がないように思う疎外感が、日常から逃避したい願望を強め、過激派にひきつけられるという見方もできるでしょう。

 イスラム過激派はテロを「殉教行為」だと若者に思い込ませ、死ぬことの動機づけをします。今回のバングラデシュのテロの容疑者の1人は、失恋して生きるのが嫌になったと語っていたという報道もありました。

 かつての新左翼の活動家の多くは、マルクス主義に傾倒してから反体制運動に加わったのではなく、非日常的な運動に飛び込んでからマルクスをかじり、自分の行動を正当化するイデオロギーの衣を帯びるようになったように見えました。

 04年にアルカイダのメンバーの前歴を調べた米国の調査では、ほとんどの場合、過激な活動を始める前は政治への関心が薄く、宗教的でもなかったと結論づけています。イスラム過激派でも、先に若者の屈折した心理があり、インターネットを通じて過激な行動を正当化する言説にひき付けられ、結果としてテロに走る者も出てくるというプロセスに見えます。
(本社コラムニスト 脇祐三)[日経電子版2016年7月10日付]

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