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産学連携の橋渡しスペシャリスト
東京理科大30人衆

産学連携の橋渡しスペシャリスト東京理科大30人衆
撮影協力:東京理科大学

 産学連携の橋渡し役としてリサーチ・アドミニストレーター(University Research Administrator=URA)と呼ぶ新たな専門職の役割が注目を集めている。大学に眠る共同研究の芽を育てて実行し、その成果の事業化まで責任を持つ。マラソンのゴールまで研究者とともに走る「伴走者」に似ている。東京理科大学で活躍するアドミニストレーターの人たちに話を聞いた。

「やる価値がある研究」から「やらねばならない研究」へ

 東京理科大は2014年4月、東京・神楽坂キャンパスに研究戦略・産学連携センターを置いた。現在は約30人のリサーチ・アドミニストレーターが神楽坂と葛飾(東京都葛飾区)、野田(千葉県)の3カ所に分かれたキャンパスの間をまめに動いて、産学協同研究を育てている。

 その仕事を一言で言えば「アタマから出口まで研究活動の支援と産学連携活動の推進を一体的に担う」(福島章・東京理科大学研究戦略・産学連携センター長)という点につきる。

 日本では米国にならい、大学の研究成果を企業に移転する大学等技術移転促進法(通称、日本版バイドール法)が1998年に施行、産学連携の新時代を迎えたとされる。技術移転機関(TLO)と呼ばれる組織が主要な大学で誕生、学内で生まれた研究成果を特許にし企業にライセンスする業務を手掛けるようになった。ただ発足当初から指摘されたのは「大学の研究成果はそのまま企業で使えない」という点だ。

東京理科大が2014年4月に開設した「研究戦略・産学連携センター」(東京・新宿)

 リサーチ・アドミニストレーター制度は知的財産をライセンスするという「出口」だけでなく、産学連携のすべてのプロセスで研究者を支援し産業界の橋渡し役となる点で、TLOとは機能が大きく異なる。

 東京理科大のアドミニストレーターの一人、綿谷弘勝さん(研究・産学連携支援部門副部門長)は「まず最初は学内の研究者が何に取り組み、どこから研究資金を得て、本当は何をやりたいのかをきちんと把握することから始める」と話す。これが研究シーズの発掘だ。

リサーチ・アドミニストレーターの綿谷弘勝さん(東京理科大学研究戦略・産学連携センターの研究・産学連携支援部門副部門長)

 次に「ニーズを探す」。綿谷さんは農水省から出向で理科大に来た。理科大では重点分野とされる農林水産業・食品、生命科学分野を担当する。霞が関で長年働いた経験を生かして農水省や厚生労働省の政策の方向性をとらえ、政策からのニーズを把握する。

 シーズとニーズが重なるところで研究課題を提案、関連する研究者に声をかける。必ずしも最初はすべての研究者が積極的というわけではない。ただ「ブレーンストーミングを繰り返すうちに研究者の認識が変わる。『やる価値がある研究』から『やらねばならない研究』だととらえてもらえるようになる」と綿谷さん。

 そうやって学内のチームを編成するとともに、共同研究のパートナーとなる企業を探し出す。

 チームが固まったところで、政府の助成事業に応募、首尾よく採択されたら、今度はいよいよ産学協同のコンソーシアムを結成する。資金の分担や知的財産の帰属、守秘義務などを定めた契約を交わす。

 研究が始まると、進捗状況の管理、知財の管理、事業化のビジネスモデルづくりまで知恵を絞る。多数の大学や企業が参加するコンソーシアムだと、参加者が集まる会議を開くだけでも相当の事務量が発生する。かつてはこうした事務も研究者代表者がこなしていたが、リサーチ・アドミニストレーターが担当する。

大型プロジェクトでは20年かかわることも

 電子・電気分野を担当するアドミニストレーターの高橋勉さん(研究・産学連携支援部門副部門長)は「大きなナショナルプロジェクトになると数年から10年くらい、特許の期限切れまで考えればおよそ20年くらいはひとつの共同研究にかかわることになる」と話す。高橋さんは日立製作所グループで長く、半導体の研究開発に携わり、12年に理科大に来た。最初はTLOで働き、今はリサーチ・アドミニストレーターとして仕事をする。

リサーチ・アドミニストレーターの高橋勉さん(東京理科大学・研究戦略・産学連携センターの研究・産学連携支援部門副部門長)

 理科大の大和田勇人教授(経営工学)を中心に今年度からスタートした乳牛飼養技術の研究開発は、綿谷、高橋さんの2人が連携して育てたプロジェクトだ。

 鹿児島大学や独立行政法人家畜改良センター、酪農関連技術のデラバル(東京・新宿)、計測機器のトプコン(東京・板橋)などとコンソーシアムを組み、データに基づく乳牛の健康・出産管理を目指す。自動搾乳機でとったミルクを自動分析したり乳牛の外見を画像センサーでチェックしたりすることを通じ、集積したデータから個々の乳牛について最適な健康管理の進め方を割り出す。ビッグデータ処理技術の一種といえる。

 機器類の導入にはコストがかかるが、「酪農家の手間を省力化したうえ、よりよい健康状態を長く保ちミルクがとれる期間を長くできれば、十分ペイする」と高橋さんは話す。1つの農家で育てられる乳牛の数を増やし生産性の向上につながる。5年間で約10億円(申請ベース)の助成金を農水省から獲得した。

リサーチ・アドミニストレーターの牛窪孝さん(東京理科大学研究戦略・産学連携センターの研究・産学連携支援部門副部門長)

 牛窪孝さん(研究・産学連携支援部門副部門長)は三菱化学で触媒や化学合成の研究に携わった後、管理職として研究計画や知的財産の管理も担当した。13年に理科大に出向しそのまま転籍した。

 現在は国立研究開発法人の新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の補助事業であるクリーン・デバイス・プロジェクトなどを担当する。高性能の熱電素子を開発し、それを電源として自立して様々なデータを計測し無線送信するセンサーモジュールの実現を目指している。自動車エンジンやボイラーなどの熱源に取り付けることで、より精密でエネルギー効率が高い運転を可能にする。30社以上の企業と10を超える研究機関が参加する大所帯のため、定期的に成果報告会を開いて風通しをよくするよう配慮する。

 理科大に来てから牛窪さんは「私立大学の先生は国立に比べて指導を受け持つ学生の数が多く、研究に専心できる時間をなかなか確保できない」と思ったそうだ。理科大で教員1人あたりの学生数は約30人、東京大学は10人程度だとされる。研究力を上げるにはアドミニストレーターらによる支援が不可欠だとみる。

企業研究OBや行政経験者から転職

 ここで紹介した3人がそうであるように、リサーチ・アドミニストレーターは企業の研究者OB、あるいは行政経験のある人材が多いようだ。「研究の中身がわかり産業界との橋渡しができる人材」(福島章センター長)となれば、人材供給源がそれほど大きくないのは確かだろう。

 URA制度の導入を文部科学省も後押しし、アドミニストレーターの雇用に助成金を出してきた。実は理科大はこの助成事業に乗り遅れた。ただ「助成金が5年で切れて、どう維持し続けるか悩む大学があるなか、最初から自前で始めたので悩むことなく進めていける」と理科大の森口泰孝副学長は話す。リサーチ・アドミニストレーターをさらに増員する方向だ。

<取材を終えて>好奇心+事業化の可能性 変わる大学の研究スタイル

 理科大のURA制度の話を聞いて大学の変化を改めて実感した。大学の研究者は好奇心に従って自由に研究するというイメージが長らくあった。いまでもそうした研究者はいるだろうが、事業化を強く意識しチームを組んで課題解決にあたるようになった。大きな変化の潮流のただ中に大学はある。

 理科大では研究戦略中期計画(2015~2020年度)を作成し、(1)環境・エネルギー(2)ものづくり・計測技術(3)医療・生命科学(4)農水・食品の4つの重点課題を掲げる。学部・学科を超えた学内での連携を促すためほとんどの研究者(約300人)を「総合研究院」という組織の下に集めた。リサーチ・アドミニストレーターがプロジェクトに研究者を糾合できるのも、大学の経営層が組織的にバックアップするからだ。

 英教育専門誌タイムズ・ハイヤー・エデュケーションが発表する世界大学ランキングで、理科大は日本の私学の中では慶応義塾、早稲田大学に次いで3位につける。研究力が高い評価の要因だが、大学側としては「これをさらに伸ばす」(森口副学長)必要性を感じているのだろう。

 大学における研究の「出口志向」や、それを誘導する学術政策に対し批判的な見方はある。しかし大学はそれぞれのやり方で個性を競い生き残りの道を探る。それを否定はできないだろう。

(編集委員 滝順一)[日経電子版2016年7月18日付]

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