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[ skill up-自己成長 ]

これからの女子キャリと生き方(1)内気な女子高生が踏み出した
最初の“キャリア”

新居日南恵 authored by 新居日南恵manma代表
これからの女子キャリと生き方(1) 内気な女子高生が踏み出した最初の“キャリア”

 はじめまして。私、任意団体「manma」代表の新居日南恵と申します。「manma」とは"いまの女子大生の手で安心して母になれる社会をつくる"をコンセプトに活動する団体です。働くキャリアだけでなく、結婚・出産・子育てなどライフの面も含めた"ライフキャリアプラン設計"の機会を提供すべく、学生が子育て中のご家庭を訪問する「家族留学」を運営しています。

 この度は、1人の女子大生として「これからのキャリアや生き方」をテーマに連載をさせていただくことになりました。19歳からこの活動に関わる身として等身大の目線で想いや情報を発信できればと思っています。初回は、内気な女子高生だった私が踏み出した最初の"キャリア"についてお話したいと思います。たくさんある生き方のロールモデルのひとつとして読んでいただけたら嬉しいです。

ドラマ好きの帰宅部生だった女子生徒

 当時中学生だった私は、都内の女子校に通うプロ帰宅部生。元々内気だった私は、ただでさえ学校に通うことが"しんどい"と感じていたこともあり、放課後は一目散に家に帰ってはテレビを見てばかりの生活をしていました。「HERO」や「やまとなでしこ」などのドラマの再放送を見た後はワイドショー鑑賞。そんな毎日がおよそ3年間続いていました。

 中高一貫校だったため難なく高校生になった私は、いまの環境を変えようと大学受験を見据えて受験塾を探し始めます。いくつかの塾を転々とし、いろいろな方とお話をする中で私はNPO法人カタリバを紹介されました。

 カタリバは、大学生や高校生が都内を中心とした中学や高校に訪問し、生徒さんたちと進路や日々の生活について「語る」イベントを実施している団体です。カタリバの活動は年の近いお兄さんやお姉さんに、先生や親にはなかなか話せない悩みを共有したり、等身大の先輩を身近なロールモデルとしたりすることで、自身の生き方の指針を見つけるお手伝いをすること。そんなカタリバに非常に心惹かれましたが、内気な性格のせいで私は中々一歩を踏み出せず、3カ月ほど悶々とする日々が続きました。

人生を変えるカタリバとの出会い

 ある日、いつものごとくカタリバのページを見ていた私は、高校生向けイベントの募集ページを発見しました。深夜2時過ぎだったと思います。真夜中のマジックだったのかもしれません。3カ月間一歩目も踏み出せなかった応募フォームは、その日ばかりは高校生である私にはとても開かれているように感じました。

 "ここで参加しなかったら一生一歩踏み出せないままなんじゃないのか......"。そんな想いで勇気を出してエントリーしたその夜。なんとなしに不安を抱えつつ布団に入ったのを覚えています。翌日、パソコンを確認すると担当の女子大生の方からとても暖かい返事が。踏み出した一歩が受け入れられたような気がして嬉しく、不安いっぱいだった心はイベントが楽しみで仕方なくなっていました。

 そして心待ちにしていたイベント当日、私はイベントに参加する意志と意欲にあふれる先輩たちに衝撃を受けました。自身の言葉で夢を語り、そこに向かって努力する先輩たちはぬくぬくしたところで育ってきた私にとっては初めての出会いだったからです。強烈な感動とともに彼ら彼女らに負けたくないと思った私は、高校生活の残り全てをかけて彼ら彼女らに追いつくことを決意。その日から私の生活は一変しました。

様々な活動に打ち込んだ高校生活

 私はそれから、様々な学生団体に参加し、いろんな活動に打ち込みました。カタリバでの震災復興に関する取り組みや、Googleとの企画、子ども国会や日本高校生学会......など。当時は学生団体ブームだったこともあり、ひとつのイベントが終わればまた次のイベントへと、目まぐるしい日々を送っていました。プロ帰宅部だった中学生の私には想像もつかなかった日々でした。

 高校3年生のときには、全国の高校生100人と国会議員が永田町で社会問題について議論するイベントを行う団体「僕らの一歩が日本を変える。」を友人たちとともに創設。そのころにはカタリバで出会った先輩に追いつきたいという夢がかなったような気がして、達成感でいっぱいでした。

私が選んだ次の「キャリア」

 とても内気で、自己肯定感も低かった私を変えたのは、一歩踏み出す勇気と、それを受け止めてくれた人の温かさにあったと思います。中学生の時には想像もつかなかった今の私のキャリアは、このようにたくさんの活動にチャレンジすることから始まったのでした。次回は、そんな高校時代の活動を通じて感じた「想い」から、私が現在代表を務める「manma」を立ち上げるに至るまでについてお話したいと思います。