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ニュースの見方(12)日本が大活躍したリオ五輪
選手にかかる「重圧」のワケは

ニュースの見方(12) 日本が大活躍したリオ五輪選手にかかる「重圧」のワケは
authored by 戸崎肇大妻女子大学教授・経済学者

 熱戦が繰り広げられたリオデジャネイロ五輪も、8月21日をもって17日間の全日程を終了しました。寝不足になりながらも、テレビで日本選手を応援した人は多いでしょう。日本選手の活躍ぶりに、日本のスポーツ大国への道が見えてきたように感じました。今回は五輪が残した課題について考えてみましょう。

リオ五輪の閉会式で繰り広げられたパフォーマンス(2016年8月21日)

残念な不祥事

 リオ五輪の開催前には、準備が間に合うのかという不安の声が聞かれました。ドーピング問題が取り上げられ、ロシアという有力国の参加が認められずに五輪の醍醐味が薄れるという危惧もありました。結果的には準備は何とか間に合い、ロシア選手の参加も概ね認められ、平和の祭典としての五輪の意義を保つことができました。

 開催期間中もスリや窃盗など治安の不安は払しょくされませんでしたが、ブラジルの経済的格差を考えれば致し方ない面があります。残念だったのは、金メダルをとった米国の有名選手たちが、強盗被害にあったと虚偽の申告をした騒動です。ブラジルとしては、ただでさえ色々と批判にさらされる中で、とても許しがたい侮辱的な行為であったと思われます。

さまざまな思惑が渦巻く

 五輪は参加する選手たちだけではなく、開催国を含めて様々な人々の思惑が渦巻く、一種の政治的、経済的、商業的な舞台となっています。各国は選手たちの活躍を選手本人以上に望み、それを国威発揚や商業的活用など、あらゆる目的のために利用しようとしてきます。まさに、五輪は選手同士の闘い以上の、国を挙げた闘いの場となっているのです。

閉会式会場に入る吉田沙保里選手ら日本選手団(2016年8月21日)

 日本では、一世代前まで、選手は国を代表して闘うという意識が極めて強く、国のために五輪で活躍することを強く意識していたものと思われます。田中英光氏が著した『オリンポスの果実』では、ボート競技の選手が1932年に開催されたロサンゼルス五輪で惨敗し、自殺を考える場面がありました。ボートは筆者も学生時代に取り組んだ競技ということもあり、印象に残っています。

 それ以上に、筆者にとって忘れられないのは、東京五輪のマラソンで3位になった円谷(つぶらや)幸吉氏の半生です。円谷氏は日本のマラソン界にスピードの重要性を認識させました。それまでの持久力主体の闘い方から、トラックのスピードを活かした走りで世界のランナーと闘い、見事銅メダルを獲得したのです。こうした活躍を受け、国内では次の五輪での優勝を期待するムードが高まります。ところが、円谷氏は腰に障害を抱え満足に走れなくなり、プライベート面でも周囲からひどい仕打ちを受けます。ついに、円谷氏は自害して果ててしまったのです。その際に書かれた遺書の内容は、詩的情緒に満ちたもので哀愁をそそるものです。是非、一度読んでみてください。

記念撮影する日本選手ら(2016年8月21日)

選手に思い重圧

 時が過ぎ、選手たちの中では、自分のために五輪を戦う、楽しむと発言する人が増えてきました。しかし、今回の女子レスリングの吉田沙保里選手のように、負けたことで「謝る」という行為を取る人も絶えません。彼女にとっての「謝る」対象が国そのものではないにせよ、まだまだ五輪は個人の闘いではなく、国の威信をかけた戦いの中で、選手の皆さんは様々な重圧にさらされる部分が大きいのだと思います。

 実際的に選手の勝敗を決める要因について考えてみても、国の役割が直接的、間接的に非常に大きく関わってきます。選手の属する国がどのような状況にあるかによって、選手にとって大きなアドバンテージになったりディス・アドバンテージになったりするからです。

 各選手が練習に専念できるような環境にあるかどうかは、その国の経済状況に大きく左右されます。スポーツをサポートしようとする、ある種「志の高い」企業が多く存在するような国では、それだけ選手も練習を積み重ねていく上で良好な環境を得ることができます。それほど経済的に豊かでない国でも、国威発揚のための重要な手段と位置付けて、国家が全面的にサポートするような英才教育を行う国もあるでしょう。旧共産国にはこうした国が多いのです。

閉会式で消された聖火(2016年8月21日)

「感謝の気持ちを忘れない」

 国の技術力もあります。より正確には、その国の企業を含めた技術力というべきでしょう。企業は、選手が五輪などで活躍することで自社のPRをすることができます。損得なしに選手をサポートする企業もあるでしょうが、その場合でも、そうした企業が自国に存在するかどうかが、勝敗に大きく影響を及ぼします。

 たとえば、水泳であれば水着の抵抗をいかに減らすことができるかでかなりの「差」が生じてきます。そうした水着を利用できるかどうかは、大きなハンディキャップともなってくるでしょう。

 最後は、各選手のもつ身体的、精神的な能力次第であるのは間違いありませんが、各選手が本来もつ力によほどの差がない限りは、環境が大きく勝敗を左右するしょう。勝った選手がインタビューで口にする「感謝の気持ちを忘れない」という台詞は、まさに応援だけではなく、そうした周りの環境への感謝を表しているのだと思います。

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