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[ liberal arts-大学生の常識 ]

英語やプログラミングの前に
日本語力が必要

新井紀子 authored by 新井紀子国立情報学研究所教授
英語やプログラミングの前に日本語力が必要
撮影協力:東京理科大学

 まずは、次の文をお読みいただきたい。

 「仏教は東南アジア、東アジアに、キリスト教はヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアに、イスラム教は北アフリカ、西アジア、中央アジア、東南アジアにおもに広がっている」

 オセアニアに広がっているのは何か。仏教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥ教の4つのうちから選ぶとしたら、正解はなんだろう。

 もちろん「キリスト教」だ。そんなことは字が読める人なら誰でもわかる、と思うかもしれない。しかし、それは幻想である。

 私はこの春、ある市の教育委員会の協力を得て、中学生が教科書の文章を正確に読めるかどうかを調べた。冒頭の問題はその一例である。

 調査の結果、驚くべきことがわかった。正解の「キリスト教」を選べたのは全体のわずか54%。35%が仏教を、12%がイスラム教を選んだのだ。

 この結果を伝えると、誰もが一様に驚き、テストに何か不備があったのではないかと勘繰る。「成績に関係しないから、いい加減に答えたのでしょう」と言った人もいた。適当に答えた生徒が大勢いたなら、問題文に出てこない「ヒンドゥ教」を選ぶ生徒がいるだろう。しかし、それを選んだ生徒はいなかった。

 分析を進めると事態は想像以上に深刻だった。約20%の生徒が、「サイコロを転がすのと同じ程度」しか正解を選べていない。うっかりミスをしたどころではなく、たまたま正解しただけに見える生徒が20%もいたのである。さらに肝をつぶすような事実も判明した。学年が上がっても「サイコロを転がす程度」にしか正解できない生徒が減らないのだ。

 そこまで伝えると、今度は原因探しが始まる。「読書量が足りないからではないか」「塾に行けるだけの経済的余裕がないのではないか」

 読書が好きか、塾に通っているか、などはあらかじめ質問紙で尋ねてあった。だが、両者とも結果との相関はなかった。

 調査を行った市から遠くない場所にある県立の中高一貫校でも同じ調査をした。受験を経て入学した、小学校高学年のときクラスで成績が良かった生徒たちである。

 彼らのうち、「サイコロを転がす程度」にしか正解を選べていないのは、約5%だった。つまり、調査した全ての因子の中で、結果を左右するのは入試を経て中学校に入っているかどうか、だけだったのである。

 中高一貫校に入学したから読解力が上がった、と考えられなくもない。だが、たぶん因果関係は逆だろう。基本的な読解力が身に付いていれば、教科書や参考書を自力で読むことができ、成績が上がり、競争を勝ち抜きやすかったのだろう。

 子どもたちの基礎的な読む力は小学校のどこかの時点で大きな差がついてしまうらしい。読める子は予習も自習もできるが、教科書が読めない子にとっては難しい。小学校から中学、高校へと進むに連れて学力差は開く一方となるだろう。

 中央教育審議会はこのほど小中高校の学習指導要領の改訂に向けた素案を公表した。報道によれば、グローバル化や人工知能(AI)の進化が加速する時代に対応できる力を育むことをもくろんでいるようだ。

 小学校では英語教育を充実させたり、高校ではプログラミングを学ぶ新科目「情報1」を必修にしたりする。対話を通じて「深い学び」を目指すアクティブ・ラーニング(能動的学習)も導入するという。

 だが、それより優先すべきことがあるのではないか。まずは、すべての子どもが、義務教育終了時に中学校の教科書を読めるだけの読解力を身に付ける。そのようなシンプルな教育目標こそ必要だと思う。

あらい・のりこ 一橋大学法学部卒、米イリノイ大学大学院数学科修了。理学博士。2006年より国立情報学研究所教授。「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクターを兼務。

[日経産業新聞から転載、日経電子版2016年8月9日付]

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