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liberal arts-大学生の常識

ロボットが人に近づく日
石黒浩・阪大教授に聞く
究極の「平等社会」は
訪れるか

ロボットが人に近づく日石黒浩・阪大教授に聞く究極の「平等社会」は訪れるか

 セミの鳴き声が降り注ぐ大阪大学の豊中キャンパス(大阪府豊中市)に、基礎工学研究科の石黒浩教授を訪ねた。石黒教授は生命を感じさせるアンドロイドの開発に心血を注いでおり、女性アンドロイド「ERICA(エリカ)」、自分そっくりの「ジェミノイド」などを次々と登場させてきた。ロボットが人に近づく日、人とロボットの境界は曖昧になり、人々は「人間とは何か」という問いに向き合わざるを得なくなる。石黒教授が考える未来とは、どんな社会なのだろうか。(聞き手は編集委員 瀬川奈都子)

 ――先生は「外見」「動き」「対話能力」など、様々な角度から「人間らしさ」を備えたロボットを開発してきました。なかでも人間らしさを最も表現しやすい要素は何でしょうか。

 「対話でしょう。外見は変わっても、きちんと対話できれば、多くの人はそれを会話の相手として受け入れることができます」

対話能力が演出する「人間らしさ」

 ――「エリカ」も自然な対話ができるロボットを目指して開発されたのでしょうか。

 「プログラムを通じた自然な対話を目指しています。普通に会話が続くようにするには、まだまだ開発を続ける必要がありますが」

 ――遠隔操作ロボット「テレノイド」のように、必ずしも人に似ておらず、人の最小限の要素を抽出したような外見のロボットも作っていますね。

人間の外見の基本的要素だけを抽出したロボット「テレノイド」を通じて孫が話すと、高齢者は目の前に孫がいるように感じる(提供=大阪大学・ATR石黒浩特別研究所)

 「人間そっくりのアンドロイドは僕にとってはテストベッド(試験台)。実用的な場面で使うには、もっと人間のエッセンスだけを抽出した方がいい。例えば、高齢者がロボットを対話相手にする場合は、人に近い外見のアンドロイドよりもテレノイドの方が、関わりやすいことが分かっています」

 「情報が足りない方が、自分の想像で補いやすいですよね。人は想像で補うときには、必ずポジティブに補う。そのため、話しやすくなるのです」

 ――究極的にロボットが人間に近づくと、人がロボットに恋愛感情を抱くこともあり得ると思います。ロボットとの恋愛は禁じるべきでしょうか。

 「では、アニメのキャラクターを好きになることを全部禁じますか。恋愛の対象って、どこまで制約すべきなのでしょうか。犯罪や社会的な問題が生じていれば禁じた方がいいかもしれませんが、別に問題にはならないし、むしろそういうものがあった方が、犯罪が少なくなる可能性が大きいですよね」

 「例えば映画なども、仮想の世界だけれども満足しているところがあります。すべてが生物の人間として自然な状態にしろというのだったら、ほとんどの技術は使うべきではないという結論になる可能性もあります。それが必ずしも健全とは思いません」

石黒教授(左)と、自分そっくりに作ったロボット「ジェミノイド」(提供=大阪大学)

 ――技術が進めば、相手が人工知能(AI)やアンドロイドだと知らずに好きになる可能性もあります。

 「気づいたときに、嫌だったらやめれば良いのではないですか。中身が何であるかということは、それほど重要でしょうか。年齢を詐称したり、化粧で素顔をごまかしたりすることと、機械であることを隠すこととの間に、それほど大きな違いはあるのでしょうか」

 「問題は、それがばれたとき、人がどれだけのダメージを受けるかということですよね。アンドロイドであることを隠すことが、人に大きな被害を与えるとは思わないです。隠して何をするかによりますね。他の問題と一緒だと思います」

将来は動物よりも保護されるべき存在に

 ――アンドロイドには将来、動物愛護法で守られる犬や猫などよりも、より人間に近い法的保護が必要になると思いますか。

 「アンドロイドはまだまだ人間に近くなる可能性がある。一方、犬や猫はそのままでいる可能性が高い。どれぐらい先かはわかりませんが、アンドロイドの権利の方が動物よりも強くなると思います」

 ――いずれ人間とアンドロイドの違いは、素材や製造過程だけということになりますか。

 「現時点でもう、それらの相違点は問題になりません。義足や義手を使っていても、その分を割り引いて、『80%の人間』、『70%の人間』などとはいいません。人間の定義から、肉体の要件はもう外れているんですよ」

 ――人工物に100%置き換わってしまっても、ですか。

石黒教授が発表した新作ロボット「機械人間オルタ」。「動き」で生命感を与えることに挑戦する(7月29日)

 「関係ないでしょう。日常生活において、対峙している相手のどこまでたんぱく質でできているか、そうでないかなんて分からないではないですか。『これは合成されたたんぱく質です』『その遺伝子って自然発生しているんですか』『何を自然っていうのですか』などということは、そもそも一般的な日常生活では知りようがないですよね」

 「何でできているかは関係ないのです。知的な対話ができれば、すべての物は人間になれる可能性があると思います」

 「人間の定義は道具を使う生き物です。人間から道具を取り除いたら、人間ではなくなるのです。人間は最初から機械(技術)と一体化しているものなのです」

 ――最新ロボットの「機械人間オルタ」は何を目指して作られたのでしょうか。

 「(これまでの人間に似せたアンドロイドとは逆に)機械的な外見にこだわりました。有機物というか、人間と同じ見かけでなくても生命感を与えられるということを証明したいのです」

 ――アンドロイドの技術開発が進んでも、ロボットにはできない、人間独自の役割は残ると思われますか。

 「残らないと駄目なのでしょうか。人間にも多様性があります。全員が世の中の役にたっているでしょうか。『すべての人間は(何かアンドロイドにできないことをして世の中で)役にたたないといけない』という前提を置くことには慎重であるべきだと思います」

ロボットが働き、富は人に平等に分配?

 ――今の人間社会は基本的に「役に立つ人」がたくさん稼げる世界です。その役割を機械が担う時代になったら、生じた富はどのように配分すべきでしょうか。

 「今の社会は、生活保護などの社会保障が昔に比べ豊かになってきました。豊かな人は稼ぐが、その分税金を納め、社会全体の底上げに貢献しています。ロボットもそうすれば良いでしょう」

 「今以上に、納得感のある配分になるのではないでしょうか。ロボットは税金を100%にしても文句を言いませんから」

 ――ロボットを所有する一部の人が、成果物の権利を強く主張するようになるのではないでしょうか。

 「国や公共的な団体がロボットを所有すれば良いのでは。もちろん、競争原理が働かなくなりますから、全部を国が所有すれば良いとは思いませんが。でも世の中は、もっと平等になっていくと思います。ロボットが働いて世の中が平等になれば、お金を稼ぐことの意味がなくなるので、いかに助け合うかとか、社会で役割を果たすかとか、より人間らしいことについて考えられるようになる気がします」

 「機械化が進むということは、人が働かなくてよくなるということですよね。ですから圧倒的な機械を作って、できるだけ平等に世界を管理してもらうということになるかもしれません。ただ僕は、人間はもう少し賢いと期待していますが。まあ、これは千年先の話ですけれどね」

インタビューを終えて
 新しい技術を開発し、人の可能性を広げることが科学者の仕事だとすれば、それが悪用されず、本来の目的に沿った使われ方をするようなルール作りを模索するのは、受け入れる社会全体の役目だろう。「人工知能が実現するのは理想の社会主義国家」と指摘する専門家もいる。豊かで差別のない社会の実現に向け、試行錯誤を繰り返してきた人類の歴史。石黒教授は技術によるユートピアを目指しているように思えた。

▼石黒浩(いしぐろ・ひろし)
 1963年生まれ。大阪大学大学院基礎工学研究科博士課程修了。工学博士。現在、同科システム創成専攻教授。国際電気通信基礎技術研究所(ATR)石黒浩特別研究所客員所長。タレントのマツコ・デラックスさんを模したアンドロイド「マツコロイド」など、人間酷似型ロボットの第一人者。

[日経電子版2016年8月8日付]

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