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「違い」を愛せる社会に(1)「多様性は、誰のため?」
~私がCulmonyを設立した理由

岩澤直美 authored by 岩澤直美Culmony代表、早稲田大学3年
「違い」を愛せる社会に(1) 「多様性は、誰のため?」~私がCulmonyを設立した理由

 はじめまして、岩澤直美です。日本とチェコのハーフという境遇で生まれた私は、「人と違う」ことが嫌いでした。日本人なのに周りとは違う細くて絡まりやすい茶色の髪の毛も、クマの出来やすい彫りの深い顔も、ヒョロっと一人だけ身長が高かったことも、全部嫌いでした。どこに行っても外国人扱いで、「よそ者」で、故郷のない私にアイデンティティーなんてありませんでした。

 そんな私が、なぜ子どもの多文化理解教育を行う「Culmony(カルモニー)」を立ち上げたのか。この連載では、私がどんな経験、想いからCulmonyを高校生の間に設立したのかご説明します。お付き合いください。

 "Variety is the spice of life"(多様性は人生のスパイスである)

 William Cowperという詩人の作品の一節に、こんな有名な言葉があります。人々の生活の中のありとあらゆるものに変化や多様性があったほうが、人生は刺激的で豊かになるということを意味しています。食事でも、仕事でも、出会う人でも、たくさんの「違い」があるからこそ、世界はこんなに魅力的に輝くということです。

 "Variety is the Mother of Enjoyment"(多様性は楽しみの母である)

 これも、多様性を謳うことわざの一つです。多様であるほど、楽しめることもたくさんあるということを意味しています。同じ人間ばかりいるよりも、外見や性格、得意なことがそれぞれに異なる人たちがいる――。そんな違いがあるからこそこの世界は「楽しい」と、私も思います。

社会からはみ出た魅力を押し殺すのは、もったいない

 多様性の魅力を謳う言葉がいくつもある一方、日本では多様性を尊重することについて対義的なことわざや慣用句も、頻繁に使われています。「出る杭は打たれる」と言ったことわざのように、それぞれの個性や意見よりも、「空気をよむ」と言った、協調性を重んじることが大切にされている文化が日本にはあります。これには、「和」の精神を表す良い部分もありますが、新たな価値観や多様性を避けることで秩序を守ることに繋がる場合もあります。

 私の母はチェコ人で、父は日本人です。半分日本人の血が入っている私ですが、日本でもよく外国人扱いされます。小学校低学年のときに、海外の国際学校から日本の公立小学校へ転校し、外見や価値観、考え方の違いなどの理由でいじめを経験しました。今でも、な「外国人」であることが理由で相手にしてもらえなかったり、不動産屋さんに相談できなかったりすることがあります。

 私は幼いころから、日本と海外を行き来しながら、多様な文化に触れる経験をさせてもらうことができました。その中で、異文化の衝突を乗り越えることができたのは、異なる背景を持つ相手への興味と尊敬でした。無論、日本には「和」を大切にし、組織やコミュニティの連体感を強めた方がいい時代もありました。これからの時代、多様性を尊重し、あらゆる個性や文化、価値観、能力などが対等に共生できれば、社会はより豊かになると思います。それぞれ個人に魅力的なところがあり、「違い」に敬意を示した上で協働していくことで初めて、多様性の素晴らしさが私たちの人生をより楽しく、より平和に、より生きやすくなるのではないでしょうか。

想いを実現するためにCulmonyを設立

 日本をより多様性のある社会にしたいという想いで、Culmony(カルモニー)を設立しました。「多様性に寛容で、違いを愛せる社会を作る」をビジョンに置き、英会話を切り口とした多文化理解教育を子どもたちに向けに展開する組織です。Culmony(カルモニー)は、Culture(カルチャー)とHarmony(ハーモニー)を掛け合わせた造語で、多様な文化がハーモニーのように調和する社会をつくっていきたいという想いが込められています。

 Culmonyでは、多様な文化に対する「慣れ」と、異なる価値観への「興味」を膨らませるような、多文化理解教育を多用な手段で行っています。ビジョンの実現のために、私たちはこの「違い」という多様性に慣れ親しみ、わくわくできる場をつくりだします。子どもたちの多様な価値観への興味関心を引き出し、「違い」を魅力と思える体験を増やすことをミッションとして活動をしています。

 国際的な視野を持った人材を育成する「グローバル教育」が注目されるようになっていますが、日本の「グローバル教育」は「英語教育」に止まっています。日本の学校教育では、言語学習自体が目的化しがちで、実際に学習したことを活用する機会も少なく、多文化に触れる機会も多くはありません。私は、自分のことをよく理解した上で、相手のことも受け入れるという多様性の尊重が、「グローバル人材」としてもっとも大切なことだと考えています。そのため、Culmonyでは、多文化理解教育を英語で行う家庭教師サービスと塾の運営の他に、児童館や病院での国際交流イベントや、公教育での多文化理解プログラムの提供など、様々なかたちで真のグローバル教育を追求しています。

多様性社会は、私たちみんなのため

 日本にも、「社会的マイノリティ」とされる外国人や、LGBTの人、障害者など多様な方たちがいます。そして、私たちはみんな、一人一人違う人間として、多様な性格や外見、特徴を持ち合わせていて、環境や見方が変われば、だれしもが「マイノリティ」になりうると思います。今はマジョリティとして居心地よく過ごしていても、海外に行ったり、自分の子どもがLGBTだったり、事故にあって障害を持ってしまったり、いつどのようにこれまでの「当たり前」が変わるかはわかりません。多様性社会を実現することは、結果的に多くの人たちの居場所を確保することにつながると思っています。

 今の日本のように、空気を読んで、マジョリティである周りと合わせることを個人が強く求められてしまう文化の中では、貴重な価値観を押さえつけられてしまうこともあります。生まれた境遇によって、生きやすさや社会の居心地の良さ、輝ける場、そして価値観をありのままに出せる場所がなくなってしまうのは、社会にとっても大きな損失です。

 私は、日本が好きです。より素敵な日本になることを願いながら、Culmonyを通して多様性に理解を示し、より寛容な人を増やしていきたいと思います。多様な人たちにとって居心地の良い社会になり、一人一人が自分らしく輝ける豊かな社会は、きっと実現できると信じています。