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プログラミング、大人も熱
職種超え習得圧力

プログラミング、大人も熱<br />職種超え習得圧力

 IT(情報技術)を直接必要としない営業マンなどでプログラミングを学ぶ人が増えている。最低限の知識がないと情報化社会を生き残れないとの危機感が背景にある。

 「プログラミングを学び、エンジニアのつらさや楽しさが分かるようになった」と話すのは人材大手インテリジェンスの小沢宏美さん(33)。昨年6月、オンラインの学習サービスでプログラミング言語「Ruby」を学んだ。

営業や経営層も

 小沢さんの職場は、同社が昨夏に渋谷に立ち上げたエンジニア向けのイベントスペース「dots.」。エンジニアの人脈を広げ、イベントの需要を開拓するのが仕事だ。大学の専攻は社会学で、仕事でプログラミングを使う機会もない。ただ「エンジニアと同じ目線で会話するには知識が不可欠」と、一念発起して自ら学ぶことを決めた。

 小沢さんが利用したサービス「テックキャンプ」の運営会社div(東京・渋谷)によると、2014年11月の開始以来3千人以上が受講した。7割が社会人で、職種別にみると営業や経営層、マーケティング、企画が上位を占める。受講動機は「今後必須のスキルになるため備えて」(30%)、「転職を見据えて」(19%)などが多かった。

 あらゆるモノがネットにつながるIoTや人工知能(AI)などへの関心の高まりとともに、こうした講座は近年続々と登場している。

 コードキャンプ(東京・新宿)は、13年10月からサービスを始めた。オンラインの学習サービスや、教室で指導を受ける「プログラミング道場」などを手掛ける。

 7月までの累計で受講者は約1万1500人。最高経営責任者(CEO)の池田洋宣さんは「商社や小売業などIT以外の業種の受講者も多い。自分がプログラミングをするわけではなくても、新規事業の立ち上げなどでエンジニアと議論をする際に必要になってきている」とみる。

 国内のIT人材の不足は、学習ブームを今後いっそう過熱させそうだ。経済産業省が6月にまとめた推計では15年時点で約17万人が不足している。IT市場の拡大と人口減少が進み、30年には41万~79万人が足りなくなるという。

 人材がIT企業に偏在しているのも課題だ。情報処理推進機構の「IT人材白書」(16年)によると、日本ではIT人材の75.3%がIT企業に所属する。欧州ではIT企業で働くのは47.6%にとどまり、半数以上はユーザーである企業にいる。日本は欧米に比べ、転職が少なく雇用の流動性が低いという事情もあるが、同機構は「日本企業は競争力を高める『攻めのIT活用』が足りない」とみる。

企業の研修拡大

 現状を打破しようと、会社として社員教育に乗り出すケースもある。出版大手KADOKAWAは1月、編集や営業・企画など全職種から希望者を募りプログラミング講習会を始めた。年1度の資格試験を実施して給料に反映するほか、新入社員にも一週間の研修を受けさせている。

 同社は動画サイトのドワンゴと14年に経営統合。持ち株会社カドカワ傘下にドワンゴとKADOKAWAを収める体制になった。もともとドワンゴは社員のプログラミング学習を推奨していたが、対象をKADOKAWAや持ち株会社に広げることにした。

 同社は「職種にかかわらず技術的に何が可能なのか理解していないと、ネットを使ったビジネスが展開できない」と理由を説明する。宣伝やクリエーターの発掘、電子媒体の開発などで、ネットがあらゆる業務に直結するようになってきているというわけだ。

 AIやネットに詳しい東京大学の松尾豊・特任准教授は「ITの知識がいろいろな業種で必要になることが、ようやく社会全体で認識されるようになってきた」と前向きに評価する。自分は文系だから、と無関心のままでは済まされない時代が近づいているのかもしれない。

 ◇   ◇

小学校で20年度から必修化「暗記科目なら意味がない」

 文部科学省は2020年度から小学校でプログラミング教育を必修化する。独立した教科ではなく、理科や音楽などの科目の中に採り入れていく方針だ。ただ、教員の養成や情報端末の整備など、課題は多い。

 東京大学の萩谷昌己教授(コンピューター科学)は「表現力や創造力、協調性を伸ばすのに最適」と評価するが「暗記科目になっては意味がない」とも指摘する。野村総合研究所の推計では、日本の労働人口の49%は今後10~20年でAIやロボットに代替可能になる。同総研の上田恵陶奈・上級コンサルタントは「コードを書くだけの能力はいずれ自動化されて不要になる」とみる。ITを使いこなし、新たなビジネスを生み出す総合力を育成する必要がある。

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■関連インタビュー■「10年先を読んだ情報教育を」 野村総研の上田恵陶奈氏

 野村総合研究所は2015年12月、日本の労働人口の49%が10~20年後には人工知能(AI)やロボットなどによって代替可能になるという英オックスフォード大学との共同研究成果を公表した。同総研の上田恵陶奈(えとな)上級コンサルタントに、未来のビジネスマンに必要となるIT(情報技術)スキルの展望を聞いた。

野村総合研究所の上田恵陶奈・上級コンサルタント

 ――文部科学省が2020年度からプログラミング教育を小学校で必修化する方針を打ち出しています。

 「遅きに失した感もあるが、コンピューターのことをきちんと分かるように教育をすること自体は良いことだ。ただ20年度からプログラミング教育を始めても、その子どもたちが実際に社会に出ていくのは30年ごろになる。その時代にはただプログラムのコードを書くだけの能力は自動化されて不要になっているだろう。だから10年先を読んだ教育をしなければならない。発注者から言われるがままにコードを書くだけの能力を持った人材を育てても仕方がない。コンピューターやシステムの全体像を理解させる教育が重要だ」

 「いま日本に1番足りないのは、こうした全体像を理解した上で、デジタル時代の新しいビジネスモデルを考案していける人だ。今あるものを使いこなすのではなく、今は存在しないものを作り出せる人。たとえば米ウーバーテクノロジーズが提供する配車サービスのようなビジネスが日本からは生まれてこなかったことを深刻に受け止めなければならない。ただ、そういった革新的な人材は、ものすごく多くの人々がいても、その中からせいぜい1~2人しか生まれてこないだろう」

 ――そうした一部の革新的な人材になれない人々はどうなるのでしょうか。

 「AIによる自動化が進んだときに最も仕事が代替されやすいのはいわゆる『中間層』だ。現在ほどほどの賃金をもらっているオフィスワーカー、ホワイトカラーの仕事がAIに取って代わられてしまう。だから、AIが普及した未来では経済的な格差も非常に大きくなっていくと考えられる」

 「そのような時代を迎えたとき、AIとの戦いに勝ち残るにはどうしたらよいか。非常に革新的なビジネスを考案する立場ではなくても、たとえば機械工学の知識を持ち合わせたうえで、ITとハードウエアと結びつけていけるような人材は引き続き必要だろう。あるいは医学とIT、デザインとITといった具合に、それぞれの分野でITをうまく使いこなして生き残っていける人々を少しでも多く育てていかなければならない」

(本田幸久)[日経電子版2016年7月24日付]

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