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「トランプ旋風」余波、人種対立が激化

「トランプ旋風」余波、人種対立が激化

 7月以降、米南部ルイジアナ州バトンルージュなどで白人警官が黒人住民を射殺する事件が相次いで起きている。報復として白人警官が銃撃されるなど暴力の連鎖が止まらない。大統領選で共和党のドナルド・トランプ候補が中間層以下の白人の熱狂的支持を集める「トランプ旋風」が人種間の根深い不信の記憶を改めて呼び覚ましている。

 ちょうど2年前、いまの暴力連鎖につながる伏線となる事件が米中部ミズーリ州ファーガソン市で起きた。白人の警官による黒人青年マイケル・ブラウン氏の射殺事件だ。

 「警官を撃ち殺せ」。

マイケル・ブラウン氏が警官に射殺された現場。支柱には「警官を撃ち殺せ」のシールも(ミズーリ州ファーガソン市)

 今、射殺現場横の街灯の支柱にはこんな物騒なシールが貼られている。その隣には「警官の動きを見張れ」というシールもある。近くの通り沿いの商店の多くは最近改装され、新しさが際立つ。ブラウン氏を射殺した白人警官の起訴が見送られたことで14年11月末に黒人住民らが暴徒化し放火で炎上、その後再開発されたためだ。2年たっても不穏な空気は変わっていない。

 一周忌の昨年8月9日には、人種間の衝突の引き金になるとして、設置されていた記念碑は撤去され、代わりに平和を願うハトが刻まれたプレートが脇の歩道に埋め込まれた。

「誰も警察を信じてはいない」、射殺現場付近の住民

 射殺現場の至近距離に住む建設業者ジェシー・コーン氏(49)は「おい、信じられるか。差別主義者のトランプは、警官に刃向かったやつは死刑だと言っている」と怒りながらまくし立てた。そして「多くの住民は暴動を取り締まりにきた警察の背後に白人至上主義団体クー・クラックス・クラン(KKK)がいたと信じている。誰も警察を信じてはいない」と続けた。市内に住む自営業エリック・ホーガン氏(52)は「周囲に監視カメラが増えて、警官は増員されている」と語る。

 警察権力に刃向かった者を厳罰に処すのは万国共通だ。だが、米黒人層の間にはこうした通常の「公権力と市民」の対立とは別の文脈が存在する。

 1950~60年代の公民権運動の時に警察は各地で非暴力のデモ隊を激しく鎮圧。自治体によってはKKKと連携して、攻撃を受ける黒人の運動家を保護せずに見殺しにしていたのは事実だ。投票権を得た後も、投票所に行った黒人がKKKにリンチされ、見せしめに首つりにされていた場面もあった。

 「我々黒人にとっては警官による射殺はかつてのリンチと同じだ。警官が撃ってくるなら、我々は自衛する必要がある」。

 黒人の地域自警団「ブラックパンサー党」の支持者で、ラジオパーソナリティーのレディ・フリーダム氏(34)はこう非穏健派の黒人層の声を代弁する。同氏の活動基盤は公民権運動への弾圧が最も激しく、大規模なデモ行進があった米南部アラバマ州セルマだ。

 白人の支持者が多く、黒人層の多くからは白人層を代表する存在と捉えられているトランプ氏が警察を擁護する発言をしていることで、黒人層の間には白人の警官から攻撃を受けた過去の恐怖の記憶がよみがえっている。

 実際にファーガソン暴動の現場でKKKと分かるような姿をした人物を見たものはいないという。だが、白人の警官への不信がKKKとの連想を生み、それが都市伝説のように人づてに広がる。

相次ぐ白人警官による黒人の射殺事件に抗議する「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は重要)」運動の集会(セントルイス市)

 「革命を止めるな」。

 ファーガソン近郊のセントルイス市の中心の会議場で黒人の女性リーダーが声を張り上げる。周辺ではブラウン氏の二周忌を前に「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は重要)」運動の集会頻度が上がっている。

 こうした黒人運動との融合が大統領選予備選での民主党のバーニー・サンダース議員の躍進の大きな原動力となった。7月18日の共和党大会でルディ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長がトランプ氏を支持する演説でこの運動を名指しして批判した背景にはこうした事情がある。

 反トランプ・反白人と表裏一体の黒人の権利保護運動は、トランプ人気と競うように盛り上がりをみせている。

 米紙ワシントン・ポストとルイビル大(ケンタッキー州)などとの共同調査では、昨年、丸腰の黒人が射殺された割合は丸腰の白人に比べ、地域の犯罪発生率などで補正しても少なくとも倍以上になるという。

「住民の大半は黒人、警官の大半は白人」のアンバランス

 いま射殺事件が起こっている地域は警官の人種構成が白人に偏っている黒人居住地域が多い。ファーガソンの住民3分の2は黒人だが、警官の8割以上は白人。バトンルージュは住民の55%は黒人だが、警官の白人比率は69%だ。住民に占める白人の比率は36%にすぎない。

 米国で進む都市化による人口移動によって警察と住民の人種比率に大きな差がある場所は増えている。人種グループ間の文化的な融合が進んでいない地域では、警官は黒人からの攻撃を必要以上におそれ、黒人側も警官に殺される危険性を感じている。全米で群発的に問題となる射殺事件が起こる背景にはこうした背景がある。

深夜に街灯が煌々と通りを照らすセントルイスの市街地

 ミズーリの中心都市セントルイスからファーガソンへと向かう道沿いには、築100年以上の古い重厚なれんが造りの建物が多い。ドイツ系の白人移民が建築したものだが、小学校には「売り出し中」の札が立ち、廃虚になった教会が目に付く。

 「セントルイスの中心部のスラム化が進み、ファーガソンがある北西方向に黒人コミュニティーが拡大。これを嫌った白人が郊外に移住していき、地域は黒人ばかりになった」とセントルイスに40年以上住む白人のトラック運転手のビル・シフレ氏(65)は語る。

 一方、今、セントルイスの都心部は再開発が進む。おしゃれなカフェやレストラン、雑貨屋などが増え、ミレニアル世代の若い白人層が郊外から戻ってきつつある。同時に家賃高騰によって黒人の貧困層が郊外に押し出される。他の大都市同様、セントルイスでも都市から貧困層の居場所がなくなる「ジェントリフィケーション」と呼ばれる現象が起こっている。都心の通りでは、輝度を極端に上げた街灯を増やし、深夜でも昼間のような明るさにすることで犯罪を減らしている。

観客は白人ばかりの大リーグ・セントルイス・カージナルスの本拠地ブッシュ・スタジアム(セントルイス市)

 対立の火種を生む、人種の分断状態は続いている。

 7月15日、ワールドシリーズ制覇11回の名門セントルイス・カージナルスの目の肥えたファンはメジャー通算3000安打を射程圏内に捉えたイチローが打席に立つと、立ち上がって拍手をおくった。敵チームの選手にもかかわらずイチローがヒットを放つとまた拍手が起こる。カージナルスには田口壮氏などアジア人選手も何人も所属してきており、ファンの反応は決して差別的ではない。

根強い階層構造、相互理解の試みも

 だが、客席を見回すと周囲は驚くほど白人ばかりだ。アジア系や黒人の観客はごくわずかで、逆にビールの売り子はほとんどが黒人という階層構造が横たわる。住居、生活面での接点の乏しさが人種間対立の土壌となってきたのは間違いない。

警官に射殺されたマイケル・ブラウン氏のいとこの音楽家エリック・マクスパデン氏(右から3人目)

 一方で、相互理解を促す機会も少しずつだが増えてきた。事実、全米各地で警察と黒人住民の間の地域の対話集会が数多く開かれている。前述のフリーダム氏はアラバマ州でも「地元の警察署長との対話集会をもっと増やしていきたい」と語る。

 街角から黒人の音楽としてブルースが生まれた場所の一つとして知られるセントルイスでは、カージナルスの球場の側にジャズやブルースが演奏されるナイトクラブが集まる一角がある。マイルス・デイビスなど数々の著名音楽家が演奏してきた場所にあるという老舗クラブ「BB」では、日が変わってもステージで熱のこもった演奏が続いていた。射殺されたブラウン氏のいとこの音楽家エリック・マクスパデン氏も白人ミュージシャンといっしょに流麗なハーモニカの音色を奏でていた。
(シリコンバレー支局 兼松雄一郎)[日経電子版2016年8月1日付]

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