「移動するこども」が安心できる環境とは
「違い」を愛せる社会に(4)
希望を胸に、日本からドイツへと引っ越しました。父の転勤でまた海外に住めることを、とても楽しみにしていました。ハンガリーで経験したような、国際色豊かな環境の居心地良さを知っているからこそ、「日本人」として認められないと馴染めない環境から脱出することは、自分にとって希望のように思えていました。
再び海外を経験 私は本当は何人?
ドイツに住み始めたタイミングでは、英語はすっかり忘れてしまっていました。自信はなかったものの、直前に自己紹介ができるまで準備し、英語で全ての授業を行う国際学校に入りました。「外人のくせに英語ができない」と、日本でバカにされていたことの悔しさをバネに、英語はもちろん、ドイツ語も身につけて帰ろうと気合が入っていました。
はじめは英語がわからないため授業についていくことができず、夜中に泣きながら予習と復習を繰り返す毎日を送っていましたが、幸い、英語が苦手な人たちのためのクラスがあったおかげで少しずつ自信がついてきました。肩身の狭い、不安な気持ちで投稿しなければいけなかった小学校とは違い、学校生活はとても充実していました。多国籍のクラスメイトたちのお家に呼んでもらって文化の違いを体験したり、授業での議論の中で「違い」を面白いと思える体験がたくさんありました。また、現地のスイミングクラブにも入り、片言ながらドイツ語も使えるようになったことで、言語を覚える楽しさを実感しました。
学年に数人いた日本人とも、仲良くしていました。気合をいれて話さないといけない英語と比べて、日本語での会話には少ながらず安心感と居心地良さも感じていました。同時に、日本人コミュニティーに所属することで、周りから「日本人」としてのステレオタイプを持たれることにも違和感を感じていました。「日本人は内向きで、日本人以外とは付き合いたがらない」と思われる傾向があり、私は必死に「日本人じゃないふり」をしていました。堂々としても良かったはずなのに、臆病な私は不安だったんだろと思います。
また、仲間外れにされることを過剰に恐れていました。できるだけ日本人の友達から離れ、髪の毛を明るく染め、英語で話せる人の中に紛れようとした。自分のアイデンティティーを無視してでも、その集団に馴染まないといけない、という焦りと不安が心のどこかにありました。ありのままの自分が受け入れられるという自信は、どうしたらつくのだろう。そんなモヤモヤした気持ちを抱きながら、日本に帰国する時期が近づいてきました。
アイデンティティーとは-帰国後の変化
中学校3年生の夏、日本に帰国しました。帰国後の学校は、自分で調べて、一番いいと思った学校を受験しなさいと任されていたため、「多様性のある、違いを尊重しているような学校」を条件に情報収集していました。その中で、「ここだ」と感じた学校、関西学院千里国際中等部・高等部に入学することにしました。
先生も生徒も個性豊かで、海外経験の多い人もたくさんいました。これまで経験した悩み、葛藤、不安、一人で乗り越えてきたものを全てさらけ出すことのできる環境でした。それらに共感してくれる友達がたくさんでき、心底から「自分はこれでいい」と思えるような気持ちにさせてくれる素敵な学校でした。ここで、はじめて「自分の持っている違いを、好きになってあげてもいいんだ」と素直に思えるようになりました。
大学に入学してから、じっくりと自分のアイデンティティーと向き合ってみる中で、私はこれまで周りに受け入れてもらうことを優先しすぎて、自分のアイデンティティーを大切にしていなかったことに気がつきました。この頃から、私は自分のことを一人の人間として受け入れ、バックグラウンドや育ってきた環境全てを踏まえて、「自分らしさ」がアイデンティティーなのだと思えるようになりました。そして、「日本が好き」という気持ちが、よりはっきりしました。日本には悔しい思いをしてきた環境がありますが、とても好きな国だからこそ、そのような内向きな社会が多様性に寛容になるにはどうしたらいいのだろう、と思考を巡らせるようにもなりました。
「違いを愛せる社会」を創造したい
このような経験と思いから、私は多文化理解教育を行うCulmony (カルモニー)を高校生の時に設立しました。自己肯定感は、「ありのままの自分でいい」と、自分自身の存在の価値を認めてあげられることです。これには、自分ができないことも、弱いところも、人と違うところをも否定しないで受け入れてあげる不思議な力があるように思います。
私のように、「移動するこども」としてアイデンティティーに大きな揺さぶりをかけられると、自分の存在自体に疑問を抱いてしまうことも少なくありません。周りとは違った個性や特技を持っていた時、それを否定してくる環境の中でも、自分を肯定し続けることは、とても難しいです。
せっかくの素敵な「違い」。私たち一人ひとりがありのままで「誰かに受け入れられる」「肯定される」という安心を持てる環境であれば、どれだけ多くの人にとって居心地良い社会になるでしょうか。悩みと葛藤の末に、ようやく言語化できた「違いを愛する」というのは、この社会にいる多様な人たちの個性を尊重し、「違い」がある魅力的な社会に感謝をすることです。このような寛容な社会を目指して、活動を続けていきたいと思います。
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