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海を渡る日本語(7)休学して向かったタイ
~最後の授業でもらった言葉とは

海を渡る日本語(7) 休学して向かったタイ~最後の授業でもらった言葉とは
authored by "日本語パートナーズ"

 サワディーカップ(こんにちは)! 東洋大学国際地域学部国際地域学科4年の佐藤侑大です。私は4年次に大学を1年休学し、2015年8月から約8カ月間、"日本語パートナーズ"としてタイのブリラム県にある中高一貫校で日本語授業のアシスタントとして活動をしてきました。私はタイでの多くの出会いを通じて、自身を大きく変えることができました。そんな私が大学を休学しタイへ行くことを決意した経緯と、現地での活動、そして帰国し現在に至るまでについて書かせていただきます。

 私はこれまで自分が嫌いでした。何事も中途半端に終えてしまうところ、周囲に合わせてばかりいるところ、そして何より他人を羨むばかりで何も行動を起こさない自分が大嫌いでした。しかし、何となく入学した大学で、私は心から尊敬する多くの友達、先生に出会うことができました。皆のようになりたい、こんな自分を変えたい、と思いながらも結局は一歩踏み出すことができず、大学生活も日々悶々と過ごしてきました。

フィリピンの子供達との出会い。でも、動けず......

 そんな私に、ある転機が訪れました。研究でフィリピンを訪れた際、現地の子供達から日本語を教えてほしいと頼まれたときのことです。子供達の期待に応えるため、私は日本語の先生として簡単な日本語を子供達に教えました。私が教えた日本語を楽しそうに覚え、話してくれる子供達を見て「これが自分のやりたいことかもしれない」、そう直感しました。

訪れたコミュニティの住民達。元々土地や家を持っていなかった人達が一つの建物に住み、助け合いながら毎日笑顔で生活しています

 帰国後すぐに"日本語パートナーズ"について知り、その時ちょうどフィリピン派遣の募集を見つけました。しかし、パートナーズに参加するには大学を休学しなければなりません。家族に負担をかけること、就職活動に支障が出ること、同期の友達と一緒に卒業できないこと、そして何より「自分は選考に受かるはずがない」と自分に自信を持つことができず、その時は応募を見送りました。

 そして時が過ぎ4年生になり、周りの友達と一緒に就職活動を始めました。様々な企業を回り、自分は今まで何をしてきたか、将来何をしたいか、自分について日々問い考えました。そこで私はいかに自分が空っぽの人間であるかを痛感しました。これまで私は―つでも何かに情熱を注いだことはありませんでしたし、これからやりたいと思うことすら何一つなかったのです。

休学を決意、そしてタイへ

 そんなある時、フィリピンでの思い出が蘇りました。子供達に日本語を教えた時に芽生えたあの感情は、今まで周りに合わせるばかりで自分の意志がなかった私が、人生で初めて心からやりたいと思うことができた本物の想いであることに気付きました。

フィリピンで日本語を教えた子供達。「Maestro!(先生)」と呼んでくれた私の初めての生徒達です

 ここで応募することすら諦めたら、一生自分を嫌いであり続けるかもしれない。そう思い私は家族や友達に相談することなく、その時の募集国であったタイ派遣の選考を受けることを決意しました。結果ご縁があり、"日本語パートナーズ"タイ3期として派遣内定を頂いた時は本当に嬉しかったです。

 私が大学を休学してタイに行くことを家族や友達に打ち明けた時にはとても驚かれましたが、みんなが私の背中を押してくれました。支えてくれた方々に恥じることのないよう、多くのタイ人に日本を好きになってもらうこと、そして活動をやり遂げ胸を張って帰国することを決意し、私は派遣国タイへ行きました。

“日本語パートナーズ”タイ3期とカウンターパートのタイ人の先生達。8カ月間それぞれの地域で苦楽を共にし助け合ったパートナーズの皆は本当に個性的で楽しく、そして心から尊敬する大切な仲間達です

科学校での活動と寮生活

 派遣学校は科学系の学校で、生徒達は科学の勉強に日々勤しんでいました。タイには「テクノロジー=日本」というイメージが大変強くありました。私はいずれ科学者や医者として羽ばたき、日本とタイの交流を担う生徒達に、日本により親しんでもらうため派遣校でさまざまな活動を行いました。

科学実験中の生徒達。放課後もよく学校に居残って実験や勉強をしています

 授業では日本語を教えるというより、日本を好きになってもらえるようゲームや劇、持ってきた写真や文化備品を使い、生徒達に日本を身近に感じ、体験してもらえるよう工夫しました。

 派遣校は全寮制で生徒達は全員が学校寮で生活しており、私も生徒達と一緒に寮に住んでいました。そのため朝起きてから夜寝るまで、四六時中生徒達と一緒に過ごします。楽しくないわけがありません。

 生徒達は中学生から高校生のため、私と年齢が非常に近く、私にとって生徒達は生徒というより可愛い弟や妹のようでした。生徒達にとっても私は先生というよりお兄ちゃんのような存在であったと思います。一緒にお菓子を食べたり、スポーツをしたり、恋話に花を咲かせたり、時には生徒達と夢を語り合ったりなど、身体的、精神的に一番の成長期である生徒達と過ごす充実した日々は、私にたくさんのことを教えてくれました。

みんなで日本の学生服を着ました。想像していた以上にみんな大興奮!

インターンシップで来てくれた立命館アジア太平洋大学の学生との習字体験!

微笑みは他人と自分のため

 タイ人は写真が好きです。特に自撮りが好きで校内でもみんなカメラをパシャパシャ鳴らしてSNSに自分の顔写真を投稿しています。私はそれがとても不思議で、何人かの生徒達に何で自撮りをするの?と聞きました。そんな私の問いに生徒達は皆「自分が好きだから」と答えました。

カメラ向けるとこの笑顔!

 生徒達の中には裕福な家庭の子もいれば、そうでない家庭の子達もたくさんいました。また性的マイノリティーの子達も多くいました。みんな見た目も中身もこれまで生きてきた人生も違います。そんな生徒達が共通して持っていたのは「自分が好き」という気持ちでした。「先生は自分が好きではないのですか?」と生徒達に聞かれた時、私は自分のことが好きということができず、ごまかすことに精一杯でした。

 私はこれまで自分を好きになったことはありませんでしたし、常に他人と自分を比較し、引け目を感じていました。私と同じように感じている日本人も少なくないかなと思います。しかし、そんな私より身長も年齢も小さいにもかかわらず、自分を好きでいる生徒達のほうが、ずっと前を向いて日々を笑顔で過ごしているのです。

決めポーズする生徒とCP(カウンターパート)の先生

 タイは微笑みの国といわれています。子供も大人も目が合うと皆本当に微笑んでくれます。タイ人が微笑むのは、微笑むことで相手を安心させられることを知っていて、相手を思いやっているから微笑むのだと人はいいます。しかしそれと同時に自分のことが好きだから、自分が愛らしく見えるようにみんな微笑んでいるのではないかと私は思います。

 日本は経済的に裕福な国であるにも関わらず、幸福度がタイより低いといわれています。タイ人は自分のことが好きであるからこそ、他人のことを考え、尊重し、優しく、他人の幸せを喜び、そして与えることができる。微笑みは他人も、自分も幸せにしてくれるとタイ人は分かっていて微笑んでいるのかなと思います。だから自己肯定感が低いようにみえる日本人より、自分を好きで、自分らしく生きているタイ人のほうが幸せなのではないかと私は思います。

生徒達の夜遊びに混ざりました。この後みんなで花火をしました!

生徒達が私にくれた言葉

 あっという間に時は経ち、生徒達との最後の授業となりました。教えていたクラスではそれぞれ私に向け色紙をくれたり、メッセージ動画を作ってくれたり、「ありがとう」の歌を歌ってくれたり、私はどのクラスでも涙を堪えることができませんでした。もっとこの子達と一緒に過ごしたいと強く思いました。そんな中カウンターパートの先生と一緒にクラス担任として深く関わったクラスの生徒達が、こんな言葉を私にくれました。

ゆうだい先生、タイに来て良かったですか?
ゆうだい先生は、私たちに出会えて幸せですか?
私たちは先生に出会えて幸せです。
先生は私たちの初めての日本人です。
私たちにとって先生はたった一人の日本人の先生です。
8カ月間、私たちは幸せでした。
私たちは先生を一生忘れません。
先生も私たちを忘れないでください。先生のことが大好きです。

 私はこれまで家族や友達、周囲の人達に背中を押されてばかりでした。恵まれた環境にいるにも関わらず、何に対しても他人と自分を比較してばかりで、自分に自信を持つことができませんでした。全ての物事に対して自分の意志というものがなく、自分というものがありませんでした。

 しかし生徒達からこのような言葉を貰い、少なからずこんな私でも生徒達の心に残る存在になれたのだと思うことができました。「こんな自分でも誰かの心を動かすことができた」。私にとって初めての経験でした。そして初めて自分を認め、肯定することができました。

 "日本語パートナーズ"の経験、生徒達との出会いは私のこれからの人生の糧です。私の派遣校での活動は終了しましたが、これからも"日本語パートナーズ"としてタイの生徒達や世界の日本語学習者と交流し続けたいと思います。

お世話になった外国語職員室の先生達。職員室はいつも笑いが絶えなくてみんな家族のように温かったです

日本と世界とを結ぶ交流の架け橋として働く

 来年私は大学を卒業し、訪日インバウンド専門会社で働きます。就職する会社では訪日旅行から国際会議、交換留学など様々な国際交流事業を展開しています。これからは最前線で日本と世界とを結ぶ交流の架け橋となり、国際社会に貢献していきたいと思います。タイでの様々な人達との出会いを通じ、心から進みたいと思えた道です。周りの皆より遠回りになってしまいましたが、やっと自分の意志で自分の道を見つけることができました。

 これからは自分に自信を持ち、自分らしく、胸を張って生きていきます。家族や友達など身近にいてくれる人々を今まで以上に大切にし、また生徒達が教えてくれたように自分自身を好きでいること、他人と自分を思い遣り笑顔で前を向いて歩み続けたいと思います。そして私のように一歩踏み出せないでいるような誰かの背中を押してあげられるような存在になっていきたいです。

国際交流基金では現在、シンガポール3期、タイ5期、ミャンマー3期、インドネシア7期の参加者を募集しています(2016年10月13日(木)締切)。 募集要項、応募受付はこちらから