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中国の駅弁はなぜまずい
需要に応えられない経済

中国の駅弁はなぜまずい需要に応えられない経済
中国・上海市を走る高速鉄道

 中国の駅弁はなぜまずいのか――。この1、2年、中国のネット上で盛り上がっている話題だ。中国のネットユーザーらが車内で売られている日本と中国の弁当を写真付きで比較し、中国の弁当の貧弱さを嘆く。中国でも海外旅行が一般的になり、中国と外国の商品やサービスが簡単に比較できるようになったせいだろう。もっとも、この問題を突き詰めていけば、中国の経済成長を阻む大きな問題が浮かび上がってくる。

 中国のネットをのぞくと、日中の駅弁を比較する写真がたくさん見つかる。日本の新幹線の弁当は上等なものは1000円前後するが、中国の高速鉄道の弁当も40元(約630円)前後で現地の所得水準を考えるとけっして安くはない。日本の弁当には様々なおかずが並べられているのに対し、中国の弁当にはおかずが3品程度しかない。幕の内弁当のようにたくさんのおかずを箱に詰める食文化が中国にはないため、単純な比較はできないが、見るからに割高な印象を受ける。

旅の友は、駅弁よりカップラーメン

 15元程度の弁当も売られているが、「まずい」という声がネット上にあふれている。この結果、長距離移動の乗客はカップラーメンを持参し、お湯を注いで列車内で食べることになる。こちらは5元前後で買える。カップラーメンの方が弁当より安くておいしいということなのだろう。ネット上では中国の駅弁がまずい理由がさまざまに議論されているが、誰もが指摘するのが「競争の不足」だ。

 筆者も中国の列車で弁当を食べた経験があるが、売られているのは同じような弁当ばかりだ。日本の車内販売なら和食、洋食、サンドイッチなど10種類程度はある。途中駅で新たな弁当が列車に積まれ、異なる中身の弁当が売られる。東京駅のような大きな駅構内では何百種類もの総菜や弁当が売られ、激しい販売競争をしている。これだけ競争をすれば安くておいしい駅弁が出てくるのは自然のことわりだ。

 中国では「中国鉄路総公司」が路線を管理しており、車内販売では関連業者が優先的に取り扱われているようだ。事実上の参入規制があるのかもしれないし、既得権保護があるのかもしれない。日本のように数え切れない数の企業が参入し、販売を競えば中国の駅弁は価格も下がり、質も向上するはずだ。そうなれば5元のカップラーメンをすすっている乗客も、もっとお金を使って15元程度のおいしくなった弁当を食べるようになるかもしれない。

 消費が中国の成長をけん引すべきだといわれて久しい。だが個人消費はいまひとつ盛り上がりに欠け、成長率は6%台後半にとどまる。中国の消費者はお金はあるのになぜ使わないのか。答えは簡単だ。代金に見合う商品の質やサービスがないと感じているからだ。ネット上に駅弁への不満がこれだけあるということは、消費者は安くて質のよい駅弁を買いたがっているのだ。潜在需要はあるにもかかわらず、供給側が対応できていない。

 中国人観光客の海外での「爆買い」も同じ観点で説明できる。中国では高い関税や間接税があるために、外国製の高級ブランド商品の価格が高く、海外旅行中に同じ物を買った方が断然安い。その結果、外国ですさまじい買い物をすることになる。爆買いについて「中国の内需拡大に寄与せず、外国の経済成長を助けている」との批判が絶えないが、本国で買い物をさせたいのならば減税や規制緩和で外国ブランド品の価格を下げればよい。

競争なき商品やサービスを敬遠、富裕層は医療も海外へ

 最近、中国の富裕層の間ではやりだしたのが医療ツーリズムだ。サービスの悪い中国の病院を嫌う富裕層が日本や東南アジアで観光のかたわら健康診断を受けるようになった。なかには手術や治療などでわざわざ外国に通う人々も現れている。中国国内の医療サービスが貧弱なため、せっかくの需要を外国に奪われてしまった。中国はもっと医療機関の規制緩和を進め、サービス向上に向けた競争を促さなくてはならない。

 豊かになった消費者を取り込み、その需要に見合った産業を育成していけば経済成長は続くはずだ。ところが、頭ではわかっていてもいざ規制緩和をするとなると、どこの国も既得権者の保護に傾く。中国は4月から海外での買い物が一定額を超えた場合、空港での課税を強化した。税率も高級腕時計が30%から60%、化粧品が50%から60%に引き上げられた。これでは外国での爆買いの抑制には効果があっても、中国内の消費拡大にはつながらない。

スマホで家族への土産を確認する中国人観光客。中国の構造改革が進まず、需要が海外に流出している(東京・中央のマツモトキヨシの店舗)

 病院も規制緩和がうたわれ、外資を導入する政策が発表されたが、コンサルティングなどを手がけるクララオンラインによると、実際に中国で開業している外資100%の病院は2つだけだという(2016年2月時点の発表)。関連法規の複雑さが外資病院の進出を拒んでいるようだ。金融も含めて成長が期待される分野は数々あるのだが、既得権でがんじがらめのために供給側の改革はなかなか前に進まない。これでは消費は動かない。景気悪化を懸念する中国政府は今年になって投資の拡大にそろりと動き出した。消費ではなく、投資の拡大でとりあえず景気を底上げしようという旧来型の発想だ。

 もっとも、中国の構造改革は進まない方が日本にはありがたいのかもしれない。豊かになった中国の消費者が日本に来て新幹線に乗っておいしい駅弁を食べながら旅行し、本国より割安な価格で商品を買って帰る。さらにはサービス抜群の病院で検査や治療を受ける――。中国で使われるはずのお金がそっくりそのまま日本で使われるのだから。
(編集委員 村山宏)[日経電子版2016年7月29日付]

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