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skill up-自己成長

「違い」を愛せる社会に(5)留学生が子供達と英語で遊ぶレッスンを始める

「違い」を愛せる社会に(5) 留学生が子供達と英語で遊ぶレッスンを始める
authored by 岩澤直美Culmony代表、早稲田大学3年

 何かに頑張っている人、必死に取り組んでいる人、結果を出している人、それぞれに夢中になって頑張れる理由がきっとあります。私のモチベーションの保ち方は、この数年間で大きく変わりました。今回は高校生の私と今の私が、何を理由に「頑張る」ことができていたか、私にどんな心境の変化があったのか、等身大に書いてみたいと思います。

私には、できないことがたくさんあります

 私は数学が苦手です。歴史の年号や名前の暗記も、得意ではありません。陸上での運動神経は鈍く、走るのも遅いです。第一言語は日本語で、中学校までは日本語以外話せませんでした。人見知りで、しゃべるのも上手とは言えません。そんな不得意なことを並べていくとキリがないのですが、幼いころからの「人と比べるクセ」のせいで、私の抱く劣等感にも、キリがありませんでした。

 「なんでもできる人」「完璧な人」......。こんなレッテルを貼られるほど、酷なことはありません。そんな人は存在しないからです。ですが、私の場合は自らこう思われるように努力をしていました。弱みがある、できないことがあると人に知られることが、怖かったからです。弱みが原因で、馬鹿にされたり、いじめられたりするのでは、と恐れていました。

 そこで私は、「人の前では、自分ができないことは一切認めないし、見せない。できることだけをやり続け、それを評価してもらう」ということを繰り返していました。とても、うまくいきました。結果、それが自分を苦しめることになってしまいました。

高校時代、水泳の大会にて

「できないこと」をかき消す「もがき」

 私には得意なこともありました。英文学が好きでジェーン・オースティンを読みあさって分析をしたり、料理を研究して毎日家族のご飯を作ったりすることが好きでした。水泳部の部長としてチームを率いながらメダルを取りに行ったり、授業と独学でフランス語・スペイン語・ドイツ語を学び、それぞれの言語のスピーチコンテストで表彰されたり、絵画で入賞したりと、得意なことを認めてもらえることもありました。

 このように並べてみると、苦手なところも、得意なところで補うことでバランスを取ってたかのように見えますが、私はそれができませんでした。なぜなら、どれだけ得意なことを頑張っても、どの分野にも上には上がいることに気がついてしまったからです。どれだけ頑張っても、もがき続けても劣等感は残ります。それでも、私はもがき続けていました。

 「せめて、表彰されれば」「メダルをもらえれば」。そんな目に見えやすい評価が、私にとっての救いでした。劣等感とコンプレックスの塊だけど、そう言った評価を頂くことで、私の人間的な価値を認めてもらえているように感じていました。

 特に頑張ったのは言語です。私は日本語で育てられ、中学校に入るまでは日本語以外はほとんどしゃべることができませんでした。ハーフであるがゆえに「英語ができそう」と頻繁に思われることが悔しく、中学校はインターナショナルスクールで英語を勉強しました。その時、言語を学ぶ楽しさを経験しました。人と繋がり、異なる文化を体験できる......。そこから私は高校卒業まで、ドイツ語、スペイン語、フランス語を学び、この異文化の感動をスピーチにして発信していました。

 賞をもらえる間は良かったのですが、あるタイミングで、ふと我にかえりました。それは、出場資格のあるスピーチコンテストに出尽くしてしまったが故、もう出場できるものがなかったのです。「表彰される場がない私に、価値はあるのか」。そんな不安が襲いかかります。私は自分に自信がありませんでした。誰からも必要とされなく、人に評価してもらえる価値もない、そんな私は途方に暮れて悩んでいました。もがくことに疲れてしまい、頑張る気力もなかったのかもしれません。自分の弱みに、気づいてしまったのです。

私たちの運営する、異文化理解イベントにて

「自分のため」ではない取り組みを始めて

 ちょうどその時、ある本に出会いました。私の人生を変えた本です。それは、当時早稲田の学生だった税所篤快さんの『「最高の授業」を、世界の果てまで届けよう』です。税所さんは、学生ながらにe-Educationを立ち上げ、バングラディシュの貧困層のための映像授業を行う社会活動を行っていました。その凄まじい行動力と想いに圧倒され、「私も、社会のために何か活動をしたい」という想いを抱くようになりました。

 数カ月後、私はCulmony(カルモニー)を立ち上げました。私自身が葛藤してきた「異文化理解」の課題をなくすため、多様性に寛容な社会を作りたい、そんな想いを形にしていきたいと思ったのです。当時は「無料の異文化理解教室」という名前で、小学校低学年の子供達と留学生が英語で遊ぶレッスンを、近所の児童館で毎週開催していました。高校3年生ながら、知り合いから紹介していただいた会社に企画書を持って行き、いただいた協賛金で運営をしていました。

 この取り組みを始めて、「多様性」に共感したクラスメイトが協力をしてくれたり、子供達から「楽しみにしているよ!」とお手紙をもらったり、親御さんから「お家に帰った子供から、留学生の国の話を聞くのをいつも楽しみにしています」と応援していただいたりと、心強いメッセージをいただきました。これが、「もっと拡げたい!」「努力したい!」と思う、これまでになかった強いモチベーションになりました。「自分のため」ではなく「子供達のため」「社会のため」になった活動にはやりがいがあり、自分のことを追い詰めることも少なくなりました。

スペイン語のスピーチコンテストに出場

自分だけの価値を見つけたい

 活躍している人は、「弱さも不得意なこともなく、恐怖を感じない完璧な人」だと思っていました。でも、どんな人も苦手なこともあれば、怖さを感じる瞬間はあります。そう言った弱点があるからこそ人間らしく、魅力的に感じられることもあります。自分だけの得意なこと、魅力、感性、そう言ったもので弱さや恐怖を乗り越えることができる、そう感じました。

 私は「やりたいことをやっているときが一番楽しい。幸せ」と思うと、周りと比べなくても頑張れるようになり、楽になりました。自信を持てるようになりました。みんな、完璧じゃないし、悩んでるし、弱いところがあります。だから、私は自分の弱さを隠すことに人生を使うよりも、自分だけの価値を見つけて拡げることに人生を使いたい、そう思っています。