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オンライン教育市場
「日本は20年に爆発」
内田洋行社長に聞く

オンライン教育市場「日本は20年に爆発」 内田洋行社長に聞く

 教室へのタブレット端末の配備やオンライン講座の普及などICT(情報通信技術)が学びを大きく変えつつある。ICTを活用した教育の大きな特徴は、ひとりひとりの学習履歴や成績など「教育ビッグデータ」が集まることだ。米欧では教育機関のほか企業も参入し、データを分析して効果の高い指導法や教材を開発する動きが本格化している。組織の垣根を越えてビッグデータを利用できるように国際標準づくりも進む。教育分野でのICT活用に積極的に取り組み、国内の標準化組織づくりを主導した内田洋行の大久保昇社長にICT活用の将来像や課題を聞いた。

ICT活用し「主体的な学び」へ

 ――大学の授業をネットで提供する大規模公開オンライン講座(MOOC=ムーク)が世界で5000万人近い受講者を集め、教育ビッグデータの活用へ号砲が鳴ったといえます。

 「当社(内田洋行)がいま積極的に提案しているのが『未来の教室(フューチャークラスルーム)』だ。児童・生徒が1人1台ずつタブレット端末をもち、教師は子どもの端末の情報を無線LANで自分の端末に集めながら、電子黒板を駆使して授業を進める。このシステムでは教師が電子黒板に書いた文字数やマイクで話した時間などがログ(履歴)として記録される。児童・生徒の側もタブレットに書いた文字数やページを切り替えたタイミングなどがログに残る。両者を突き合わせると、教師の行動に対して、子どもがどう反応したか、どこでつまずいたかなど、教育効果を測定できる。それを手掛かりに効果の高い教材の開発にも道を開く。未来の教室をそうした実証実験の場として活用している」

「未来の教室」はタブレットやスクリーンなど最新のICT機器を導入(東京・中央の内田洋行本社)

 「ビッグデータを分析して新たな指導法や教材を開発する手法はラーニングアナリティクス(学習解析)と呼ばれ、ICT活用教育の最大の特徴だ。教育界ではいま、知識を習得するだけでなく、自ら課題を発見して主体的、協働的に学ぶアクティブラーニングが注目されており、ICTはそれを実現する有力な手段になる。米国のICT活用教育はムークなどに資金が集まり、世界をリードしている。それを欧州が追いかけている。日本は出遅れ感が否めないが、ICTでアクティブラーニングを目指そうという共通認識は生まれつつある」

 「ICT活用教育では学校だけでなく、企業も重要な役割を担う。たとえばビッグデータを集めるプラットフォームづくりやセキュリティー対策、サーバーの負荷を減らす技術の開発などは、ICTを提供する企業の役割だ。教育法や教材の開発、個人情報の取り扱いルールをどうするかなども、教育機関と企業が協働で取り組む余地が大きい」

カギ握る標準づくり

内田洋行 大久保昇社長

 ――学びのビッグデータの活用にむけ、技術の標準化が重要になっています。

 「学校や企業ごとに異なるプラットフォームを使い、データの規格や仕様がバラバラではICTの活用は進まない。学習解析に役立てるためにも、組織の垣根を越えて相互利用できるようにする必要がある。とはいえ標準は公的機関などが最初から決めるものではなく、競争によって『事実上の標準(デファクトスタンダード)』として決まるものだ。現在、規格づくりで世界をリードしているのがIMSグローバル・ラーニング・コンソーシアムという組織だ。もともと教材(コースウエア)の標準化に携わってきた人たちがつくった組織で、いまは約350の企業や大学が参加している。中心になっているのは米国のIT・教育・出版系の企業で、IBMやオラクル、マグロウヒルなどが参加している」

 「IMSグローバルがいま力を入れているのは、学習管理システム(LMS)関連の標準づくりだ。LMSはオンラインで提供する講義や教材、受講者の履歴などを管理するシステムで、eラーニングを支える中核的な技術といえる。さまざまな学習プログラムやツール、電子教材に対応できるように標準化をめざしている」

 ――その関連団体として「日本IMS協会」を6月に設立しました。

 「当社のほか遠隔教育サービス大手のネットラーニングホールディングス(東京・新宿)、デジタル・ナレッジ(同・台東)、法政大学など6社・大学が加わり立ち上げた。理事長に放送大学学園の白井克彦理事長が就任し、私は副理事長に就いた。欧州にも標準化をめざす動きがあり、IMSの標準がそのまま最終形になるとは断言できないが、いまの時点でIMSが最も力をもっていることは間違いない。その動向を知らないと日本の産業界にとって不利益になりかねないと考え、ICTにかかわる産学の関係者が設立準備を進めてきた」

 「日本協会の役割は、IMSグローバルから規格に関する情報を集め、参加企業や大学に提供することだ。規格を合わせることで、日本企業が国際市場に参入しやすくなる。日本が独自の規格を提案していくことも考えている。発足後、新たに富士通など4社が参加を希望し、会員数は10になる。近い将来、少なくとも20までは増やしたい」

日本のICT教育、2020年には転機

大型スクリーンに動画を表示し、臨場感のある授業も(東京・中央の内田洋行本社)

 ――日本のICT活用教育は米欧に比べて苦戦しています。巻き返せるでしょうか?

 「私は約30年前からICTを活用した教育にかかわってきたが、一筋縄でいかないという厳しさを実感している。2013年に産学が集まり日本オープンオンライン教育推進協議会(JMOOC)が発足し、14年春に日本版ムークが開講した。私も設立にかかわり、ネットで授業を提供する大学を100まで増やす目標を掲げてきた。だが現状では50大学程度にとどまる」

 「理由のひとつが、大学の研究者は論文や研究で評価され、ICT運用のための予算や権限が限られることだ。米国のムークの代表であるコーセラやエデックスは学内ベンチャーとしてスタートし、予算や権限が与えられている」

 「日本社会が学歴主義からなかなか抜け出せないという問題も大きい。どの大学を卒業したかで人物の評価が決まり、入試結果をひきずる。一方でICTは社会が必要とする知識やスキルを、それを学びたい人に提供できる利点があるが、その努力の成果が公に評価される土壌がない」

 「だが明るい兆しもある。今年、東京で開かれた『ニュー・エデュケーション・エキスポ』という行事では、ある大学の先生がムークの反響を紹介していた。日本の大学関係者にはムークに懐疑的な見方が多かったが、ここにきて意識が変わりつつある」

 「日本では産業界にしても教育界にしても、時がくると物事が一気に動き出す。私は4年後、20年ごろに教育の大転換が起きると思っている。アクティブラーニングやICT活用教育の重要性はそのころには十分認識されているだろう。日本には大学生が300万人、専門学校生が100万人、小中高生が1300万人と、学生だけで1700万人の市場があり、生涯学習を含めるとさらに膨らむ。潜在的な市場は大きい」

 ――内田洋行は米インテルと協業するなど、その先手を打とうとしています。

 「02年に始めた教育コンテンツ配信サービス(EduMall)は現在、約4200の学校に1150種の教育コンテンツを提供している。東京都荒川区の小中学校に1万1000台のタブレット端末を導入するなど、自治体によるICT導入事業にも協力してきた」
「米インテルは自社のチップを搭載した教育用プラットフォームを普及させるという戦略のもと、ICTを活用して『21世紀型スキル』の研修プログラムを広める計画をもっている。インテルと組んで当社の『未来の教室』を実証の場に使い、ICTによる教育効果の測定や教材の開発を早く軌道に乗せたい」

 「日本のICT関連企業は、短期的な業績を求めがちだが、教育市場には中長期の視点が要る。当社は教育の『環境』を提供する企業であることを強みにしていきたい」

<取材を終えて> ICTの普及に必要な「場」づくり
 インタビューの前に東京都中央区の内田洋行本社内にある「未来の教室」を見学した。長さ5メートルを超える電子黒板を含め、壁の3面にスクリーンが張り巡らされ、さまざまな動画や静止画が表示される。生徒が座るいすも斬新なデザインで、空調や照明も心地よく管理され、未来の授業風景を感じ取れた。
 内田洋行がなぜ、ICT活用教育に力を入れるのか。同社の事業は教材販売、オフィス家具、情報が3本柱。個々の商品よりも「空間」や「場」を提供してきた。未来の教室はこうしたビジネスの延長として、自然の解であるようにとれる。裏返せば、日本でICT活用教育がなかなか進まないのは、場を提供しようという企業がほとんどなかったためともいえる。
 場づくりに、なお足りないものがある。学習者が興味を持って学べるようなコンテンツだ。すぐれたコンテンツを製作するのは、やはり大学など教育機関の役割だ。技術、空間、コンテンツの3つがそろえば日本のICT活用教育は離陸するだろうが、その日はいつになるか。

(編集委員 久保田啓介)[日経電子版2016年9月5日付]

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