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中国公務員の「役得」と不毛な競争

中国公務員の「役得」と不毛な競争

 揚げた魚のしょうゆ煮込み。白菜のいため煮。アヒル肉とタケノコのいため物。ふかし芋。ヤキソバならぬ、焼きライスヌードル。スープ、果物、氷粉(中華風ゼリー)。8月中旬、重慶市の両江新区という地方政府の、公務員食堂のメニューだ。

 職員は食堂入り口の読み取り機にIDカードをかざすだけ。中国ではおなじみのステンレス製のトレーに、好きなだけ盛り付ける。白米は別の大皿に山盛りになっている。中国では共働きが一般的で、夏休みということもあってか子供の姿もあった。「1日3食、勤務日数の分だけチャージされる。仕事の都合で食べ損ねた場合は売店でお米や食用油などに交換もできる」という。

重慶市のある地方政府の公務員食堂では10種類近いメニューが並ぶ

 中国の公務員のフリンジ・ベネフィット(給与以外の利益、待遇)は食堂だけではない。通勤費は日本の「Suica(スイカ)」などと同じ仕組みのICカード乗車券で支給されるが、実際にかかる額より多く入金されており、あまった分はファストフード店などで使うことができる。春節(旧正月)前には図書カードや映画券も配られることもある。通商関連など外国人と会う機会が多い部署の場合、理容やクリーニングの費用も支給されるという。

 役人天国という言葉が当てはまるような厚遇ぶりだが、実際に働いている公務員からは「それほどお気楽ではない」との声が漏れる。出世競争が言い様のないほど激しいのだという。

待ち構える「8つのステップ」、等級は「27」まで

 中国でも公務員になるには試験に合格しなければならない。願書は自分が就職したい中央官庁や地方政府に提出する。中央の財務省に行きたいなら財務省。広東省に進みたいなら広東省。重慶市に職を得たいなら重慶市という仕組みだ。地方政府の場合、首尾よく合格すれば「科員」と呼ばれるヒラの職員から「主任科員」を経て、管理職である「処長」「局長」「市長」などと上っていく。主任科員からは正副があるため、単純化すれば8つのステップが待ち構えていることになる。

 中国の公務員法では政府のトップである国務院総理の1級を筆頭に、農村部の末端職員に相当する27級まで一気通貫で等級が割り振られている。

 表にある通り、省や直轄市の長は中央政府では部長(大臣)と同じクラス、市長は中央政府の司長と同等だ。農村の郷長にいたっては、中央政府における一番下っ端の管理職にすら届かない。就職した地方政府によって出世の天井があり、かつ厳然たる階級が存在するなか、公務員は一生をかけて1つずつ階段を上っていく。

 ある直轄市の公務員OBによると、勤務年数で進むことができるのは主任科員まで。そこから管理職の末端である「副処長」に上がれるかどうかが最初のハードルで、「部署にもよるが昇進できるのは2割から5割くらい」という。小さな部署に配置されてしまうと管理職ポスト自体が少なくなり、昇進しそびれることも少なくない。もう1つ上の処長になれるのは「10人に1人いるかどうか」。副局長にいたっては「数百人に1人」のレベルという。

 昇進には暗黙のルールがもう1つある。年齢制限だ。直轄市の場合、45歳までに副処長になれなければ一生、ヒラの職員だ。処長になれるかどうかのリミットは50歳。副局長は55歳だ。1年でも早く昇進する方が有利なのは、いうまでもない。「若くして管理職につけば昇進のトラックに乗っていると皆が認識し、仕事がしやすくなる」

 イス取りゲームと事実上の年齢制限の存在は、おのずと激烈な競争を引き起こす。公務員の出世には上司との相性や血縁がモノをいう一方、もちろん任期中にどれだけの成果を上げたかも重要になる。公務員の評価は多くの場合、経済成長にどれだけ寄与したかが主な評価軸になる。

公務員の実績稼ぎで増える田舎の豪華公共施設

 とはいえ、経済成長への貢献度を公平に測定することは不可能に近い。インフラ整備などの投資プロジェクトをいかに立案し、予算を確保し、実現させたかが重要になってくる。田舎に行くほど、地方政府の立派な庁舎や公共施設の存在が目立つことがあるのは、効率を二の次にした実績稼ぎが背景にあると考えるのが自然だ。

 激烈な競争が非効率な投資やインフラ整備にまい進させる一方、敗れた大半の公務員は年齢制限に引っかかり、モチベーションを大きくそがれることになる。出世できない公務員の救済措置として、賃金などの待遇だけ引き上げる「調研員」「巡視員」といった処遇制度もあるが、やる気を引き出すことはできないだろう。

 中国の公務員制度はごく少数の勝者と、数多くの意欲を失った人々、そして実績をアピールするだけのプロジェクトが残る。習近平国家主席が汚職を厳しく取り締まるなか、嵐が過ぎ去るのを待つように身をすくめる公務員が多いのも、敗者復活がほとんどない今の仕組みではやむを得ない。

 冒頭の食堂。50代とおぼしき男性がスマートフォンを片手に1人で食事をしていた。日本でもありふれた光景だ。画面をのぞき込むと、よくあるパズルゲームだった。
(上海支局 張勇祥)[日経電子版2016年9月2日付]

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