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研究者という職業(5)ノーベル賞、日本人受賞者は増えるか

研究者という職業(5) ノーベル賞、日本人受賞者は増えるか
authored by 中田亨産業技術総合研究所主任研究員

 21世紀に入って、日本人の自然科学系研究者がノーベル賞を受賞することは珍しくなくなりました。経済大国であり、高等研究機関がひしめいている日本にとって、これはごく当たり前の結果と言えます。欧米に比べて、これまで受賞者が少なすぎたのかもしれません。

ノーベル賞の受賞者はどう選ぶ

 普通、受賞者を選ぶ際には、広く研究者に推薦を出してもらい、その中から賞の選考委員会が候補を絞り込んで決めます。選考委員も同業の研究者が多いでしょう。同じ業界の中で選んでいるわけですから、派閥の影響もなくはないのかもしれませんが、あまり露骨になると賞の権威が落ちますから、それなりに公平になるように運営されていると思います。

ノーベル賞授賞式が行われるストックホルムの町並み

 ノーベル賞ともなると、独自で綿密に調査する能力を持っていますから、田中耕一さんのように、学界ではあまり目立たない企業研究者であっても、「発掘」することができます。

 日本国内ではまだ中堅の位置にいる研究者に突然ノーベル賞が与えられて、政府が押っ取り刀であわてて文化勲章を贈るという現象が起こりますが、それはノーベル賞の調査能力の高さの証拠と言えます。この点で、ノーベル賞は他の学界賞よりはかなり格上の存在です。

日本人受賞者は増えるか

 ノーベル賞に値する重大な研究は、しばしば先駆的であり、「時代が早すぎた」という場合が多いものです。発見後、数十年も経てから、ようやく重要性が認識され、人類の生活に応用されるということも珍しくありません。実際、ノーベル賞受賞者には高齢の人が多いのはこのためです。

 ノーベル賞は物故者には与えられませんから、受賞するには長生きしなければなりません。ギリギリという事例すらあります。2011年の生理学・医学賞の受賞者のスタインマン博士は、実は受賞決定の直前に死去しており、選考委員会にはその知らせが届いていませんでした。このケースではそのまま受賞となりました。

 ノーベル賞だけでなく、研究者にとって受賞は名誉ですし、将来の研究資金の調達も楽になります。賞金も出ることがありますし、文化勲章だと年金までもらえます。

 しかし、賞を目指して研究するという人はいないでしょう。科学者にとってノーベル賞は遠い将来の話ですし、「賞向きの研究」があらかじめ決まっているわけではないからです。「賞がもらえそうだから、このテーマの研究をする」という動機で研究を始める人はほとんどいません。研究テーマは自分の興味に沿って決められるものです。強いて例外を挙げれば、懸賞付きの数学の未解決問題に取り組む研究とか、工学系のコンテストやレースに挑戦するといった研究ぐらいでしょうか。私の恩師も、「賞は気にせずに、孤詣独往、我が道を行く研究をしなさい。しかし、もらえたらうれしいね」とよく言っていました。

 日本のノーベル賞受賞ペースはこの先も続くのでしょうか? 今回の大隅良典さんもそうですが、最近の日本人受賞者は受賞後のインタビューで、口をそろえて「日本の大学は自由になるお金が足りない。特定の研究分野だけでなく、若手の基礎研究に広く支援を」と訴えることが、なかば定番化しています。

 とはいえ、政府も財政難ですから、今後も科学研究予算が急激に増えることはないでしょう。ここ二十年来の政府の科学政策の方針は「選択と集中」で、有望な分野に集中して厚く予算を付けるというスタイルですから、マイナーですぐには応用が利かない基礎研究は苦しくなっています。この方針が吉と出るか凶と出るかは、数十年後までお預けですが...。

 一方、世界の大学ランキングでは中国の大学が東大を上回ったといわれます。一般の論文では、中国での研究や中国人研究者が欧米で行った研究は、すでにかなりの量を占めています。人口も日本より圧倒的に多く、将来的に中国のノーベル賞受賞は増えていくでしょう。

ノーベル賞以上の名誉とは?

 実はノーベル賞をもらうより、重要な科学的発見をして、それに自分の名前を冠することの方を名誉と考える科学者の方が多いのです。なかでも極めつけは、元素名に自分の名前を冠することです。元素の周期表は世界中の理科の教科書に必ず持っていますが、そこに名前が載るというわけです。

 ただしもちろんそれは至難の業です。新しい元素を合成できれば、それに名前を付けるチャンスが生じますが、もはや人類が合成可能な未知の元素は、ごくわずかしか残っていないでしょう。

 そんな元素にマイトネリウムというものがあります。リーゼ・マイトナーという女性の物理学者の名前を冠しています。リーゼ・マイトナーは、核分裂を発見した人物として科学史に刻まれています。核分裂は、原子力発電や原子爆弾の根本をなす現象であり、世界の政治と経済を決定づけることになりました。並のノーベル賞研究の数倍の重大性を持つ発見だったと言えます。

 マイトナーは非常に有能な科学者でした。核分裂を発見したのは、ナチスの迫害から命からがら逃げ出した亡命先という困難な状況でのことです。この他の業績でもノーベル賞を取るチャンスが複数回あったとされます。

 しかし、彼女には結局ノーベル物理学賞は与えられませんでした。その理由は不明ですが、女性の業績は男性に比べて過小評価されたからだとされることが多いようです。1997年に新元素の名前に彼女の名前が冠されました。これでノーベル賞以上の名誉を得て報われたとも言えますが、すでに彼女は世を去った後でした。

 代表作『大地』で知られ、ノーベル文学賞を受賞した女性作家パール・バックは、『神の火を制御せよ』という作品を残しています。これは原爆開発プロジェクトのマンハッタン計画を題材にしたフィクションです。マイトナーを彷彿とさせる人物も登場し、女性と科学界の関係も取り扱った問題作です。興味を持たれた方は一読をおすすめします。

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