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[ career-働き方 ]

みんなの食事(3)私が就職活動をしなかった3つの理由

もちゆか authored by もちゆかMealink総代表
みんなの食事(3) 私が就職活動をしなかった3つの理由

キャリアに対するスタンスを探る

 大学2年生になって間もない頃にMealink(当時は学生団体)を立ち上げてから、あっという間に大学4年生となり、就職活動の時期を迎えました。大学入学時に、5年後のビジョンマップやキャリア計画表を書きだし、"学校では「心」について、外では「食」について学ぼう!"と、決めてからは既に3年の月日が経過していました。

 3年間の間で自分自身が大学入学当初に描いた計画表は何度も変更を繰り返しながらも、キャリアの模索は続いており、月に1、2回、お気に入りのベジタリアンカフェに入り、1人会議をしては、自分なりに今後のキャリアや働き方について考えていました。

 そもそも入学当初から書き始めたキャリア計画表は、高校時代に体調を崩し、すがるような思いで様々な本を読んでいた際に、自分がどうなりたいか、夢や目標の明確化が必要だという事を知った事がきっかけで始まったものでした。

 キャリア計画表の内容は、自分の理想の生活や働き方を5年先の分まで整理したもので、様々な本の中から夢や目標の明確化に必要な項目を寄せ集めて自分なりにアレンジしたものでした。週に何回、何の仕事をして、収入はどのくらいで、どんな言葉を周囲からかけてもらって仕事をしているのか等......、様々なことを妄想しながら書いていました。

 大学4年生になって間もない当時(就職活動時期に入ってすぐの頃)、そのキャリア計画表を眺めながら、それまでの3年間を振り返ると、自分のキャリア目標は常に変化していました。マクロビオティックの専門家、料理研究家、カフェオーナー、摂食障害専門のカウンセラー等......。

 芯にある思いは変わらずに、夢(手段)が変わりながらもつづいているだけなのですが、白黒はっきりつけたい自分としては、「これに向かって頑張る!」と決めた方がよっぽど安心する性格でしたので、自分自身の向かう先がコロコロと変化する事自体に、なんだか不安すら覚えていました。

「どうなるか」ではなく「どうあるか」を考えた

 しかしこのあたりの時期から、自分自身の意識が「どうなるか」から「どうあるか」に重きを置くように変化していました。きっかけとしては、この時期は心身がほとんど回復してきて、高校時代に死を意識していた精神状態から、本当の意味で「新しい自分の人生を再出発したい」と思えるようになってきていました。色々なことを冷静に振り返る際には自分にとって、自分が「どうあるか」がとても重要な事に気付いたためです。というのも、自分が過去に死を意識した時、最後に残る大切なものは本当に少なく、自分自身が「あの時の自分がどうあったか」について思いを巡らせていたことを改めて思い出していたのです。

 きっとこの先に"本当の最期"を迎える時も、自分が「どうなったか」は、自分にとっては大した問題ではなく、「どうあったか」を思い返すのでは......、そう思ったのです。そして自分なりに今後のキャリアを考えた時に自分の選択を支えたものは、それまでのMealink等の活動を通して肌で感じていたことでした。それは、「不安定と共存する強さを持つこと」「人に選んでもらえない時は人から選んでもらえるよう、また自分が選びに行く努力をしなければ始まらないこと」「飛躍できる話はくるけれど、実力以上の飛躍は出来ないこと、1歩ずつやるのが一番早いこと」「運をつかむ習慣・思考や言葉を大切にすること」でした。

 その中でも自分にとって特に必要だと深く考えていたのは、「不安定と共存する強さを持つこと」の大切さでした。「こんな風にありたい!」と、理想の自分をキャリア計画表に書き続けているとよく気づくのですが、人との出会いや環境でどんどん自分自身も変わっていくのです。今後のキャリアを「これに向かって頑張る!」と、白黒はっきりできない時こそ自分が柔軟な思考をもてるようになろうと意識してみました。

 そうでないと、高校時代の自分のように「自分自身の絶対」がかなわないたびに、途中で折れてしまい心身を保てない事にようやく気づいたからです。だからこそ、今できることを精一杯着実に進めて、そして変化をおそれずに人とは比べずに前に進んでいこうと、そんなことを自分に言い聞かせていたのもこの時期でした。

 最終的に「私は就職活動をしない」という選択肢をとりました。理由はたくさんあったのですが、特に3つの理由がありました。

私が就職活動をしなかった3つの理由

 1つ目は、大学入学当初より書いてきたキャリア計画表の中に「就職」という概念がなかったからです。そのように言うとかっこよく聞こえるかもしれませんが、正直なところ、キャリア計画表を書き始めた大学1年生当時は、大学に入学できたことで精一杯で、就職活動という言葉を恐らく聞いたことすらありませんでした。意識しはじめたのは大学2年生中盤くらいになって友人との話題になってからで、入学当初の自分は、大学4年生になったら皆が就職活動をすること自体知らなかったのです。

 そのため、自分の中ではものすごくシンプルに、週に何回どんな仕事をしているという自分の理想(妄想)を考えてきてしまっていました。だからこそ、大学4年生になり、「就職」という言葉を周囲の友人から頻繁に聞くようになってからは、なんだか皆が突然大人になってしまい、置いて行かれているような気もしていました(笑)。しかし、人と比べても仕方ないと自分に言い聞かせ、そのまま自分の理想を追いかけてみようと考えました。

 2つ目の理由は、自分にしかできないことをもっと深堀したかったからです。Mealinkの立ち上げに際し、また活動を通して、たくさんの食に関わる方にお会いする中で、自分にしかできない事を探していました。大学時代は本当に多くの食に関わる仕事をされている方とご縁を頂きました。飲食店を経営する方、フリーランスで食について発信をされている方、農業に携わる方、管理栄養士として働いている方、食に関するメディアを作っている方、食品の輸出入をされている方......。そのような中で自分は何を強みにできるのか。食に関わっている方がこれだけたくさんいるなかで、自分にしかできないことはなんだろう。

 そこで自分がもっと深めたいと思ったのが「食と心」でした。自分自身が高校時代に「食と心」のバランスを崩したこともあり、大学入学時より学校では「心」について、外では「食」について学ぼうと決めてきたのですが、ここにきて自分はもっと「心」について学ぶべきだと考えたのです。そして、卒業後もこの分野を深める場所を探すことにしました。

 3つ目の理由が一番大きな理由になりますが、就職活動をしないほうが目の前のMealinkの活動に時間を使う事ができたからです。私と同年代のメンバーが就職活動に取り組み始める中で、既に次の代の子も翌年に就職活動を控えていました。大学生にとって就職活動をする時期は、とても大切な時期であることは私自身も感じていました。だからこそ、仲間のその時期は就職活動に集中してほしいと心から思っていました(今でもMealinkは毎年、就職活動時期には、一度Mealinkでの活動を休止して就職活動に専念してもらう文化があります)。

 しかしそこで、引継ぎの準備をしていない代表である私が、就職活動をしてしまったらMealinkの活動はきっと止まってしまう。そのような焦りもありました。「自分の進路については、後からでも決められる。自分が今やるべきことはMealinkの今後を考えることだ。そしてみんなが戻ってくるまで、細くでも活動を止めないことだ」。まずは自分自身がMealinkを最優先にする、そんなことを自分の中で決めたのもこの時期でした。

自分で仕事を作っていこう

 こうした理由により就職活動をするのは辞め、自分が大学卒業後にやるべきことを3つに絞りました。

①個人事業主として自分の生活を成り立たせること
②心のことやその現場をもう少し深堀して勉強するため、精神保健福祉士(精神障害を抱える方に対する相談援助などの社会福祉業務に携わる人)という国家資格を取るための専門学校に通うこと
③Mealinkに社会人も参加できるフィールドをつくること

大学4年生になってすぐ周囲の友人が就職活動をしている時期に、「私も頑張らなくてはいけない!」と、卒業前の1年間を使い、自分との約束を始めてみました。個人事業主として生活できるようにすること、精神保健福祉士の専門学校の受験の準備、そしてMealink社会人部の立ち上げです。