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東大・早慶は「敗者復活戦」
殺到する中国留学生
インバウンド裏街道を行く

東大・早慶は「敗者復活戦」 殺到する中国留学生インバウンド裏街道を行く

 東京大学や早稲田大学など、日本の難関大学に中国人留学生が押し寄せている。「グローバル化」を進めたい大学当局にとって歓迎すべき存在だが、喜んでばかりもいられない。国際的な地位が低下する日本の一流大学が、中国でのすさまじい受験戦争に敗れた学生たちの「敗者復活の場」と化している実態もあるからだ。

「このままではダメになる」 日本へ

 「あのまま中国の大学に残っていたら自分の将来は閉ざされていたでしょう」。4月から早稲田大学の人間科学部に通う中国人留学生の女性(22)は静かな笑みを浮かべながら話し始めた。インタビューしたのは彼女が昨年まで通っていた都内にある「予備校」の教室。かつて祖国での失意のときとは違い、自信を取り戻した姿がそこにあった。

 中国・遼寧省出身の彼女が来日したのは2014年7月。本国ではそれまでは2年間、「レベルが低くて卒業しても就職できるかどうかわからないような大学に在籍していた」と自嘲気味に話す。高校時代の3年間は大学入試に備えて猛勉強に励んだ。朝7時から夜9時まで学校の教室と自習室で過ごし、自宅では夜12時まで勉強した。有名な大学に入らないと就職できないかもしれないという恐怖感。そのストレスは半端ではなかったという。

中国人留学生向けの予備校「行知学園」(東京都新宿区)の授業風景。授業はすべて中国語だ

 だが試験結果は惨敗。「これで人生が終わった」と思ったという。自分の成績から行ける大学は希望とはほど遠かったが、やむなく入学した。周囲は勉強しない学生ばかりで、このままでは自分もだめになると感じたとき、留学の話を聞いた。「もう一度がんばって、いい大学に入ればいい会社、いい生活が手に入る」。日本でやり直すことを決意した。

 いま、中国で大学受験に失敗した学生の「脱中国」が加速している。行き先の一つが日本だ。

中国人が中国人に教える予備校

 東京大学5名、京都大学9名、早稲田大学60名......。ビルの1階入り口には進学実績を誇るようにポスターが貼られている。JR新大久保駅から徒歩5分。エスニック料理店や日本語学校が集まる繁華街から少し離れたところに予備校「行知学園」(東京・新宿)がある。ここは日本の大学や大学院を目指す中国人留学生向けの学校だ。授業はすべて中国語。2008年に開校し、難関大学に多くの学生を送り込む予備校の存在はすぐに留学生の間で知られるようになった。現在の学生数は1200人に上る。

 学生たちはこの予備校とは別に、東京や神奈川、千葉などの日本語学校に在籍している。午前中に各学校で日本語を勉強し、その後は行知学園で夜9時まで受験対策の授業を受ける。週末も休みはない。スパルタ教育で1年から1年半で合格レベルまで鍛え上げるという。

壁には日本の有名大学合格者の名前が貼り出される(東京都新宿区の行知学園)

 8月22日、関東に大型台風が直撃したこの日も中国人学生が次々と建物に入っていった。

 1階の壁には合格者の名前が貼り出されている。学生に人気なのは東京大学や早稲田大学だ。同学園の楊舸社長によると、「中国でもその知名度はずばぬけている。中国人はメンツを気にする。見栄えのいい学歴を手に入れるためなら海外留学でもためらわない」のだという。

早稲田は「ルイ・ヴィトン級」

 とくに早稲田大学は中国国内でブランド力が圧倒的に強く、慶応大や一橋大学を上回る。楊社長は「ルイ・ヴィトンのバッグと同じようにブランド好きの中国人を引き付けている」と説明する。実際に早稲田大学に在籍する中国人は2016年5月時点で2550人と5年前に比べて4割増え、留学生全体の半分を占めるまでになった。「早稲田の試験会場で周りを見たら中国人ばかりだった」という受験生の話もある。東京大学も中国人学生数は5年前に比べ4割増で、中国人比率は44.6%と10ポイント高まった。

 どんな学生が日本を目指すのか。「半分程度は大学や大学院の受験に失敗した学生」と楊社長は語る。7月に早稲田大学大学院の経済研究科に合格した張●(たまへんに月)さん(21)もその一人。昨年10月に来日し、行知学園の大学院コースに通った。中国の大学入試では、経済学を学ぼうと思っていた志望校に落ちた。別の大学の日本語学科に入り、大学院で経済学を専攻しようと考えていたが、それもかなわなかった。もともと日本に関心はあったという彼女だが、「大学院の競争が中国ほど厳しくないと聞いていた」という理由もあった。

 中国の大卒者数は約700万人。大学院に進む学生も増えている。大学院を出たほうが就職は有利になり、入社後の待遇が良くなるからだ。だが、それ以上に大きな目的は学歴をよく見せたいという動機にある。

早稲田大学は中国国内でブランド力が圧倒的に強いという

 早稲田大で留学生入試を担当する国際アドミッションズ・オフィスの玉田正樹課長は、「早稲田の大学院の最終学歴がほしいという中国人留学生はいる」と認める。中国の大学で満足できなかった学歴を上書きしたい――。「東大や早稲田大の大学院を狙う学生には『学歴ロンダリング(洗浄)』のような傾向もある」(楊社長)という。

大学のブランドで就職先が決まる

 日本で「敗者復活」を目指す学生たち。中国の大学入試はそれほど厳しいのか。6月に実施される全国統一試験「高考」は一発勝負。日本のように大学ごとに試験日がいくつもあって選べるものではない。

 中国の入試に詳しい京都大大学院の南部広孝准教授は「年1回の試験を受け、その成績次第で入る大学が決まる」と強調する。900万人以上が一斉に受験する試験は、プレッシャーから受験会場で失神者も出るほどだ。毎年のようにカンニングの不正行為が摘発され、その過熱ぶりが社会現象となっている。

 それほどまでに過熱するのは、大学のブランドが就職先と密接に結びついているからだ。南部氏は、「大学の序列がはっきりしており、大学ごとに就職先も決まっている」と指摘する。

 中国の大学は一流大学を意味する「一本大学」、続いて二本大学、三本大学と明確にランク付けされている。たとえば、一本は北京大学と清華大学、二本は上海理工大学、三本は四川大学錦江学院や上海工商外国語学院といった具合だ。いい企業に就職したいと考える学生が「一本大学」に集中する。

 「それに比べると、日本はチャンスがたくさんあることが魅力的に映る」。こう話すのは、年間2500人の中国学生に日本留学をあっせんしている楽商ジャパン(東京・豊島)の袁列社長だ。たとえば、受験回数も大学や学部ごとにあり、留学生向け試験も種類が多い。「日本の留学生向け試験は筆記や面接、日本語能力などを総合的にみるため、どれかが低くても他で頑張れば合格できる可能性がある」と指摘する。欧米に比べて留学費用が安くすむことも人気の一つだ。

 こうした動きを受けて予備校業界も活気づく。資格取得スクールを運営するアビタス(東京・渋谷)は、昨年1月に中国人向け予備校「思得学園」を開校した。グループで日本語学校を経営している同社は「今がビジネスチャンス」(三輪豊明社長)と判断した。講師は東大や一橋、東工大などに在籍する中国人をずらりとそろえ、資格取得スクール運営で培ったノウハウを活用する。

 今年3月に第1期生40人が卒業し、9割近くがマーチ(MARCH=明治、青山学院、立教、中央、法政)に合格。早稲田、慶応、京都大の合格者も出た。

 「二流大学を出るより、日本のマーチクラスを出た方が就職活動で評価が高いこともある」。思得学園の徐枢捷アシスタントマネジャーはこう話す。

東大はアジア7位に転落

 こうしたブームとは裏腹に、日本の有名大学の地位は、国際的には長期低落傾向にある。大学ランキングの老舗、英誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」が6月に発表した最新のアジア大学ランキングは大学関係者に衝撃を与えた。2015年に1位だった東大は7位に転落し、京都大は9位から11位に下げた。一方、中国は北京大、清華大など2校が上位5大学に入って逆転されている。

 事実、中国でトップレベルの北京大学や清華大学などの学生が留学先として選ぶのは、日本ではなく、欧米の大学だ。日本の大学も、中国の優秀な学生に来てもらえるようアピールしているが、「欧米のトップ大学とガチンコで勝負しても勝てない」(都内の有力私大の関係者)とあきらめ顔だ。「日本好きな学生に来てもらうしかない」とぼやく。

 日本は官民を挙げて、留学生獲得による大学のグローバル化に躍起だ。大学の国際化を支援する文部科学省の「スーパーグローバル大学(SGU)」に選ばれた有力大学は10年後に現在の留学生数を数千人規模で増やす計画を掲げる。だが、足元をみると多くの大学では留学生といえば中国人に頼らざるを得ない状況だ。現場からは「これでグローバルといえるのか」という声が上がり始めている。

 SGUに採択された法政大学は、5月時点の留学生在籍数が500人。このうち中国人学生は290人に上る。同大は、2024年までに留学生を3000人に増やす計画を掲げている。そのため入試の種類を増やしたり、定員数を増やしたりした。2年前からは書類選考のみという入試も設けた。

 ところが、留学生を急ピッチで増やしたことで、現場レベルで悲鳴が上がっている。「合格者数を増やせば学生の質が落ちる」(同大関係者)からだ。日本語のサポートを手厚くしたり、授業の担任を増やしたりしなければならないため現場の負担感は増しているという。

 日本の大学の国際的な地位低下はだれもが認識している。それでも目先の就職のために、まだ色あせない日本のブランドを求める中国人留学生と、グローバル化を彼らに頼らざるを得ない大学当局。同床異夢の日中留学ブームはますます熱を帯びる。
(古山和弘)[日経電子版2016年9月20日付]

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