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数学×音楽=創造!(2)文系少女が数学に目覚めた日

中島さち子 authored by 中島さち子ジャズピアニスト・数学者・人材育成コンサルタント
数学×音楽=創造!(2) 文系少女が数学に目覚めた日

 <前回から読む>

 今回は、私が数学に急激に惹かれるようになったきっかけとなる一つの体験をご紹介したいと思います。数学では、実は無数のプロセスや視点があり得ます。中学時代、私が気づいたのは、そんな数学の「自由性」でした。

1カ月間、考え続けた

 中学3年の秋、私は『高校への数学』(東京出版)と並んで置いてあった『大学への数学』をたまたま手に取りました。そこで1カ月に1題公開される「今月の宿題」に、同学年の男の子たちの名前があるのを発見しました。『大学への数学』といえば主たる読者は高校生。でも、このコーナーは一番難しそうな問題がのっているにも関わらず、中学生がいる! と、私は親しみを感じ、挑戦を始めました。挑戦を始めて2か月目、以下の難問に出会いました。当時の本コーナーの出題者はテレビなどでもおなじみの大道芸人で数学者のピーター・フランクル先生でした。

それはこんな問題でした。

と表したとき、どのような自然数nに対しても、cn≠0であることを示せ。

 一見複雑そうですが、示すべきは cn が0ではないことだけ。でも、0 ではないとは一体どういうこと?と、1カ月間、明けても暮れても考え続ける毎日が始まりました。・・・寝ていても電車の中でも学校でも食事中もお風呂でも、頭の中はこの問いでいっぱい。でも、解けない。その頃の私は、よくこんな言葉を頭の中で何度も何度も繰り返していました。「この問題の本質は何だろう?」

フェリス女学院中学・高校時代に友人と

 その1カ月で数限りない失敗を繰り返した私は、ついに本問題の提出締切日(消印有効)を迎えました。たまたまその日、39度の高熱を出して学校を休むことになった朝方6時。ベッドの中で最後のあがきと脳だけを動かしはじめた私のもとに、ふと、あるアイデアが訪れました!「cn が2で何回割れるのかに注目すればよい」。それまでに失敗を繰り返していた私にとって、このアイデアは最後の鍵でした。たったこれだけの鍵が謎の正体を一瞬のうちに照らし出し、ただそれだけのアイデアが、一瞬のうちに、その謎の正体を照らし出し、私は無事解答を期限までに提出することができました。

 数学は時にシャーロックホームズの謎解きのようです。驚いたワトソンに、ホームズがなぜそれを思いついたかの鍵を伝えると、なぁんだ!と言われる。むしろ、良い気づきであればあるほど、見えてしまえば「自然」「当然」と感じるものが多いのです。しかし、そこに至るまでの道のりは大抵平坦ではありません。この試行錯誤の大変さと醍醐味は、体験しなくてはわからない。しかも失敗の数が多いだけ本質への感性も育まれ、その背後に潜む、さらに深い世界も強く感じることができるようになります。

 この問題そのものは小さな問いなのですが、私は、この体験を通して小さな自信を得ることができました。最終的に解けたこと以上に、1カ月間、たった1つの問いにまるで研究者の卵のように悪戦苦闘し続けることができたことへの自信でした。学校の勉強の先にある、深淵なる学問研究の世界にほんの一歩近づけたように思いました。

 さらにそうした試行錯誤の中で徐々に物事の本質が見えてくる、というプロセスを体験したことにより、その後の自分の人生の中で、マニュアル通りに解けない人生の難問に立ち向かう力・自信を育めたように思います。

フランクルさんと数学仲間たち

仲間との出会い

 私は実は、基本的には、音楽や国語、社会が大好きな文系少女でした。が、そんな私にとって、国語や社会や芸術のように、「一つの問いを長い時間をかけて色々な角度から眺めると多彩な姿を見せてくれる」<数学>の世界はとても魅力的に思えました。数学は、答えがたとえ一つであっても、そこに至る道は無数にあり、道次第で見えてくる景色は大きく変わるのです。特段高等数学の知識など一切なかった私ですが、なんだか面白そうだ...と感じたときに、思い切って一歩踏み出し、「わからない、無理だ、無謀だ」と思ってからもうちょっとだけ長く粘ることで、私の世界は少しずつ広がっていきました。

 悩み続けた『大学への数学』の「宿題」の解答を出版社に送って1カ月ほどして、出題者のピーター・フランクル先生から突然お電話をいただき、家族一同びっくり。その後、フランクルさんにご自身の事務所に招待いただき遊びに行くと、そこには「宿題」コーナーで名前を見ていた個性豊かな数学仲間たちがいました! フランクルさんは当時、そうした数学に情熱を持つ若者を繋げる「場」や「珠玉の問題」を提供して下さっていたのです。一つの問題でも発想・アプローチは本当に色々。まるで絵画のようです。仲間の存在は、私の数学への視点をさらに広げてくれました。

 さらに、数学の本や雑誌『数学セミナー』(日本評論社)の最後のページに紹介されていたさまざまな大学公開講座などにも少しずつ挑みはじめ、徐々に数学仲間や素敵な数学者の方々との輪が広がっていきました。こうした出会いを通して、あれほど遠かった数学オリンピックや学問としての数学が、身近な、体温を感じられるものへと変わっていきました。

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