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豊作なのにコメ値上がりの不思議

豊作なのにコメ値上がりの不思議

 農林水産省が9月末に発表した今年産のコメの作況指数(9月15日時点)は15年ぶりの豊作を見込んでいます。日本を代表する産地、新潟県は天候に恵まれ、実に39年ぶりの豊作になりそうだといいます。ただ、不思議なことに今年のコメは値上がりが見込まれています。豊作のコメがなぜ値上がりするのでしょうか。今回は日本の食卓に欠かせないコメの話をしましょう。

コメ需要、年間8万トン減少

 読者のみなさんは「コメを食べる頻度や量が昔に比べて減った」と感じることはあるでしょうか。長い目でみれば、日本人の食べるコメの量は大幅に減少しています。国民1人あたりの消費量は、ピークだった1962年度の118キログラム台から2015年度の54キログラム台へと半分以下に減りました。少子高齢化に加え、日本人の食生活が多彩になったことが理由です。

 60年代からの消費量の変化をみると、コメが大きく落ち込む一方で、パンや麺類に使う小麦の消費量は14%増え、肉類は3.3倍、牛乳や乳製品の消費量も2.4倍に増えています。肉などを食べる機会が増えたことで油脂類の消費も伸びました。みなさんの家庭でも、朝食は時間のかからないパン食という方が多いのでないでしょうか。

 日本の総人口は減少に転じていますから、コメの需要減少は加速しています。60年代のピークに1300万トンを超えていた主食用米の需要は800万トンを下回り、年間8万トン前後のペースで減少しています。

日本を代表する産地、新潟県は天候に恵まれ、実に39年ぶりの豊作になりそう

 話は遡って江戸時代。日本のコメの需要量はほぼ安定していたとみられます。人口の増加率は低く、コメを食べられる階層も限られていたからです。18世紀前半に世界初の先物市場として大阪に誕生した堂島市場のコメの取引記録をみても価格が上昇したのは凶作で生産量が減った時期のようです。ところが、明治に入ると様相は変わります。人口が急速に増えるとともに、工業化が進んで所得が増え、コメをたくさん食べるようになったからです。そこで起きたのが1918年の米騒動です。

 これを契機にコメは「統制の時代」に入りました。21年には米穀法が、戦時中の42年には食糧管理法(食管法)が施行され、生産や流通、価格は政府の管理下に置かれました。食管法は1995年に廃止され、食糧法に引き継がれるまで半世紀も存続しました。

 ただ、60年代以前と、それ以降で政府による市場管理の意味合いは大きく違います。60年代以前は食糧不足に対応するための統制であり、農業政策も一貫して「もっとコメを作れ」という方向で進められました。増産を後押しするために米価も引き上げられました。ところが、60年代あたりから日本人の食生活は西洋化し始め、生産の伸びが需要の伸びを上回るようになったのです。どこか中国の鉄鋼産業などが過剰に陥る過程と似たものがありますが、モノの需給の変化には共通するものがあります。

ここ2年は供給不足

 1970年代に入るとコメの作付面積を削る「減反政策」が本格的に実施され、供給過剰を調整し、価格下落を食い止めて農家を守る保護へと内容が180度転換したのです。減反政策は現在、政府が年間の生産目標を決め、それを都道府県に割り振る格好に変わっています。生産も表向きは自由になっていますが、作付けを抑えて供給を絞り、価格下落を食い止めるコメ政策の基軸はぶれていません。

 ここ2年、むしろ供給の抑制策は強化されています。コメ農家に高い補助金を提示して鶏などのえさに使う飼料米の増産を誘導し、それによって人が食べるコメの量を減らそうとしています。実際、今年とれるコメの作付面積は需要想定よりも少なく、2年連続での供給不足になる見通しです。政府は民間在庫の量を減らし、市場に逼迫感を出してコメを値上がりさせることを狙っています。

 すでに農業協同組合が集荷の際に農家に払う仮払金は引き上げられています。コメ卸の間で取引する価格も1割ほど高くなっており、仕入れ価格の上がるスーパーなどが店頭価格を上げる可能性はあります。ただ、消費者の間では生活防衛意識が高まっているので、新米の値段をどう設定するか、小売り各社は頭の痛いところでしょう。

 コメ農家の保護策には生産や転作に支払われる補助金だけでなく、価格を下支えして収入を安定させる政策もあります。これを価格支持政策といいます。消費者は税金を通じて農家を支えるとともに、本来もっと安くなるはずのコメに高い値段を払う負担も強いられているのです。ふだんの生活では感じにくい負担です。

 政府は高い関税をかけて輸入米の流入をブロックしています。今の国会では輸入米の入札(SBS=売買同時入札)で輸入商社がコメ卸にリベート(調整金)を払っていたことが問題になっています。それは、リベートの分だけ輸入米が安く出回り、国産米の価格に影響しかねないとの懸念からです。輸入米を国内市場から隔離しておけば、政府は国内の生産を絞ることで価格をコントロールできます。ただし、需要は右肩下がりで、生産量は天候に左右されますから、絞り具合はきわめて難しいものになります。

効率化と抑制 矛盾する政策

 では、なぜ、歴代の政権はこんなにコメ農家を守ろうとするのでしょうか。それは離農が加速しているとはいえ、現在でも200万人近い農業人口があり、その大部分が小規模なコメの兼業農家だからです。農協の組織力にもかつての強さはありませんが、政治家には「農業票」の行方が気になるのです。

 日本に小規模なコメ農家が多い原因は、戦後の農地解放にあります。それまで小作人として働いていた人に幅広く農地を分配し、農地法によって再び大規模化しないように規制したのです。現在の農業改革は農地法をはじめ、農業を縛るさまざまな制約を解消する作業です。

 日本のコメ政策が抱える問題は少子高齢化や食生活の変化で総需要が減少に転じたにもかかわらず、制度や生産者が市場の変化に対応できていないことにあります。安倍政権は農協改革を進め、農地の集約・拡大にも力を入れています。2018年にはコメの生産調整も撤廃する方針です。しかし、足元では飼料米の増産を誘導し、それによって主食米の値上がりを狙っています。農地の集約・拡大は農業の生産効率を高めることが目的のはずで、コメの生産を抑制する政策はそれと矛盾しています。コメ価格が高止まりすれば輸出競争力も強くなりません。

 日本のコメの生産性は減反政策が本格的に実施された70年代から伸び悩んでいます。日本の農業は、世界の市場を視野に成長した米国やオランダなどの農業先進国から大きく後れを取ることになったのです。

 さらに、コメが値上がりすれば需要の減少は加速し、一段の生産調整が必要になる悪循環が続きます。

 コメの消費には家庭で調理して食べる形態から外食、総菜などを買ってきて食べる「中食」への変化もあります。コンビニのおにぎりや外食の牛丼など食品、外食企業を通じた需要が300万トン程度まで拡大してきたこともコメ需要の大きな変化です。こうした企業は価格を上げられないと判断すれば、東日本大震災後の値上がり時のようにコンビニのおにぎりなどを少しだけ小さくする「実質値上げ」に動く可能性もあります。おにぎりや回転ずしなど、個々にみればごくわずかな減量なのですが、震災後の企業のコメ需要は30万トンも減少したとみられています。

自由化で需給の均衡点探れ

 さまざまな矛盾を解消するには、コメの生産を本当に自由化するしかありません。一時的にコメの値段は下がり、コメの生産をやめる人は増えるでしょう。それでも価格が下がり続けることはありません。輸入米が増えても国産米が食べたい人は多いはずですから、どこかで需要と供給の均衡点が出てくるはずです。結果としてコメをやめ、野菜など他の作物に切り替える人もいるかもしれません。コメで勝負したいと思う農家は規模を大きくし、生産コストを下げて競争力をつけると思います。消費地との距離や土壌、規模など自分の農地の適性と消費者の嗜好変化などを勘案して作物を選ぶ、それこそが経営感覚ではないでしょうか。

 日本ではコメの品種改良もさかんで、さまざまな新品種が登場しました。しかし、一貫して主食米で収量を増やす「多収品種」の開発はタブーとされてきたのです。生産量を抑える政府管理が難しくなるからです。民間企業が多収米を開発しても、それを植えてくれる農家はなかなか増えませんでした。周囲の農家や農協の目が気になるからです。こうした束縛をなくすことが本当の農業改革です。
(編集委員 志田富雄)[日経電子版2016年10月23日付]

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