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デザインの力で日本一奪還へ
早大ラグビー部

デザインの力で日本一奪還へ早大ラグビー部

 2009年1月以来、全国大学選手権大会優勝から遠ざかっている早稲田大学ラグビー蹴球部。今年(2016年)2月に同部監督に任命された山下大悟氏がチーム強化のために重視した点の1つが、デザインを活用したチームのブランディングだった。ブランドデザインを担当するのは、著名デザイナーの佐藤オオキ氏が率いるnendo(東京・港)。早大ラグビー部にとって、デザインの役割は選手の士気を高めてチームを強化するためだけではない。ファンやスポンサーとの関係作りのためにもデザインの力を活用し始めている。その重要な施策の1つが、チームへの寄付の仕組みを再構築することだった。

ソフトパワーで外部からチームを盛り上げる

 2018年に創部100周年を迎える早大ラグビー部。そこまでには必ず日本一に返り咲きたいというチームと関係者の思いは強い。そうしたなかで今年2月、2002年に同部の主将として日本一を経験した山下氏を新監督に迎え、新しい方針の下でチームの再生へと動き始めた。

 新チームの方針や戦い方を策定し、スタッフを編成するのと並行して、山下監督がまず着手したのが「ソフトパワーを活用して外部からチームを盛り上げること」。つまり、チームのブランディングだった。そのブランディングのパートナーとして、就任前の昨年12月に山下監督が協力を仰いだのが同じ早大出身の佐藤氏が代表兼チーフデザイナーを務めるnendoだったのである。

 早大ラグビー部の予算は年間数千万円ほど。かたや全国大学選手権大会で7連覇中のライバル、帝京大学のラグビー部は数倍の予算を持つと言われている。コーチを始めとするスタッフがチーム専属で働くための費用やトレーニング用の設備投資など、アマチュアチームとはいえ今の大学スポーツで勝利を得るためには潤沢な資金が欠かせない。

今年5月、韓国の高麗大学との試合でnendoデザインのユニフォームが初めて実戦で使用された。山下監督の初戦となるこの試合は、36対17と快勝。試合用ユニフォームは写真上(写真:名児耶洋)

 そこで必要なのは、OBを始めとするファンやスポンサーにこれまで以上の関心とチーム愛を抱いてもらい、寄付をはじめとする支援体制を強固にすることだ。チームの魅力作りは、そのままチーム強化に直結する重要なテーマなのである。

 nendoの仕事は、そんな早大ラグビー部をデザイン面からサポートすること。ユニフォームや練習場、応援グッズなどのハード面のデザインだけではない。チームスローガンやウェブサイトを始めとするコミュニケーションまでをもデザイン。これにより、ファンの気持ちを盛り上げる。そしてチームが注目されることは選手の士気向上にもつながり、それは今後の新戦力の獲得にも大きく影響してくるはずだ。

 ブランディングのために最初に着手したのが、ユニフォームの見直しである。ユニフォームをデザインするにあたって、山下監督とnendoが共有したコンセプトは「伝統は尊重するが、勝つために必要なことは徹底的に取り入れる」ことだった。ラグビー部設立当時から変わらないえんじ色と黒のボーダー柄。その意匠を踏襲しつつも、それすらも勝利に向けて必要であれば変えることも辞さない。そんな覚悟でデザインに望んだ。

クラウドファンディングを「新チャンネル」に

 選手たちの栄養管理やコンディションの調整、遠征のための費用、そして練習設備など......。早大ラグビー部が日本一の座を奪還するためには、トレーニングの環境を充実させることも重要だ。しかし前述のように、早大ラグビー部の予算はライバル校である帝京大学の数分の1しかなかった。

 早大ラグビー部のこれまでの予算体制は、部員からの部費と早稲田大学の運動部全体に対する寄付金からの分配が中心。その仕組みを、山下監督は大きく変えだした。トレーニング環境を充実するための支援を多くの企業に依頼したのだ。スポンサーウエアはアシックス、選手寮の食堂運営は共立メンテナンス、栄養補助食品は江崎グリコ、主食の白米「新之助」は新潟県から、それぞれ提供を受けている。

nendo代表の佐藤氏(左)と早大ラグビー部の山下監督(右)。なお、nendoが最近手掛けた案件には、タイ・バンコクの大型商業施設「サイアムディスカバリー」やソフトバンクのIoT商品開発プラットフォーム「DoT. 」などがある。また乃村工芸社と提携して空間デザインを手掛けたり、日経BPと提携して企業向けデザインコンサルティングサービス「bondo」を提供(写真:名児耶洋)

 そこへさらに新たな仕組みを持ち込んだのがnendoだった。大学ラグビーは幅広いファンの多いコンテンツだ。このコンテンツをもっと楽しむためなら、お金を払ってもいいと思う人は一般にもたくさんいるはず。そう考え、同部OBやスポンサーだけに頼るのではない資金調達手法として、クラウドファンディングの活用を早稲田ラグビー部に提案したのだ。

 nendoは、クラウドファンディングを運営するミュージックセキュリティーズと共同で、金融とデザインの力で事業者支援を行う「finan=sense.(ファイナンセンス)」というサービスをすでに運営している。nendoの発想力とデザイン力を生かして、ほかにはない独自の技術を持つ企業と商品を開発。その商品開発・販売のための資金をクラウドファンディングで調達しようとする試みだ。

 nendoは今回の事例にもこのサービスを活用できると考えた。援助に対してリターンを用意できるクラウドファンディングの仕組みを使えば、単なる寄付とは違って幅広い層から援助を求められる。さらに、支援してくれたファンに楽しんでもらう仕掛けをデザインすることができれば、資金を無理なく集めやすい。

わずかな意識の差が大きな誤解を生む

クラウドファンディングの参加者に対するお礼グッズ。バリエーションは、木彫りの熊をモチーフにしたぬいぐるみやマグカップ、チームユニフォームのレプリカなど。デザインはnendoが担当

 実はミュージックセキュリティーズでは、過去にもクラウドファンディングを使ってスポーツチームを支援した例がいくつかある。その1例が、プロサッカークラブ「東京ヴェルディ1969」の「ヴェルディドリームス2010」だ。

 同ファンドでは、2010年に243人の出資者を集めた。出資者への特典は配当などの金銭的なリターンのほか、同クラブの専用フラッグへのクレジット記載や、試合の特別招待券の贈呈など。また、同クラブがホームで勝利するごとに、抽選で6人をロイヤルシートに招待するなどの特典を付けたコースも用意した。

 しかし、反省すべき点もあったという。ミュージックセキュリティーズが前面に出てプロモーション活動を行ってしまったことだった。純粋に運営資金を集め、出資者も出資を受ける側も両方が得をしようという取り組みだったにもかかわらず、チームと関係のない第三者の営利活動にチームが利用されている、という誤解を一部のファンに与えてしまったのだと言う。その反省点を踏まえ、今回のファンドでミュージックセキュリティーズはあくまで黒子に徹し、早大ラクビー部の意志を前面に打ち出した。

 さらにイメージ作りには特に気を配った。「日本では寄付は身近なものでなかったり、ネガティブな印象すらある。また、アマチュアの活動にお金が絡むこと自体を嫌がる人もいる。そこで一番気を使ったのが、できるだけ多くの人が応援の延長で前向きに受けとめられる言葉の使い方だった」(nendoの佐藤代表)。

 例えば公式サイトから同ファンドへ誘導するリンクに使う文言も寄付と言う言葉を使わず、「BE THE CHAIN PARTNER FUND プロジェクトに参加する」などの言葉で表現した。同ファンドが"ファンやOBが早大ラグビー部を資金面で応援し、一緒に盛り上がるためのファンクラブ"という印象を強めるためだ。

 この言葉の代わりに「サポートする」という言葉を使う案もあったと言う。しかし直接資金援助することと結びつかないあいまいな表現から資金調達ページに飛ぶことに違和感を覚える人もいるのではなど、細部にわたって慎重な議論が行われた。

一緒に楽しめる体験をデザイン

 同ファンドの目標金額は1000万円で、募集期間は今年4月から7月までの約3カ月だった。コースは5000円から50万円までと幅広く、リターングッズのデザインはnendoが担当した。

CG(コンピューターグラフィックス)で表現した木彫りの熊のプロトタイプ。フォルムや表情にもブラッシュアップを重ねた

 グッズはマグカップや木彫りの熊をモチーフにしたぬいぐるみ、チームユニフォームのレプリカなど幅広いバリエーションを用意した。

 グッズデザインにもファンとメンバーが一緒になって盛り上がれる仕掛けを盛り込んだ。同大学の創設者、大隈重信の名前から「くま」としたぬいぐるみはえんじと黒の縞模様。その名も「ハングリー・ベア」。ライバル大学のジャージの模様の鮭をくわえ、「勝利への餓え」と「対戦相手を喰う」ことを表現している。観戦時にライバルチームの魚を食べさせたぬいぐるみを持参すれば、ファン同士できっと大いに盛り上がるはず、という目論見だ。

 レプリカユニフォームの背番号は「24」で統一した。これは、補欠選手を含めたラグビー部のユニフォームの背番号が23番まである、という所からナンバリングした。サッカーでいう「12番目の選手」に倣い、「応援してくれる皆が24人目の選手である」という気持ちを込めた。

 カードやマグカップを試合観戦時に持ってきたファンには、カイロやドリンクをサービスすることなども検討中。ファンドに参加してくれたファンに対しては、試合の場で少しでも特別な体験を、とnendoと山下監督は早大ラグビー部発のサービスデザインにまで踏み込む。

 山下監督は、「お金を払って応援してもらうことも重要だが、一番の目的は実際にその目でチームの試合を見てもらうこと。同ファンドがファンやOBとのつながりをより深くするきっかけになれば」と話す。

 これらを通して早大ラグビー部とnendoが狙うのは、大学スポーツを文化として根付かせることだ。「スポーツにお金が必要なのか」「寄付金も、どうせOBのサロン費になるのだろう」と言う人もいるという。そのため、勝つチームを作るにはある程度の資金が必要であること、そしてその資金使途をロジカルに説明してお金を集めるのはチームにとって必要なことを伝えてゆく。一方的に寄付をしてもらうのではなく、クラウドファンディングを通じて、チームとファンが一緒に盛り上がることが重要だと考えたのだ。

ラグビー部の活動資金を集めるため、新規のチャンネルを作った

 早大ラグビー部が勝つチームになるための下準備として、デザインでできることは一通り揃った。これらの取組みがどのように今後のプレーに反映されるのか。それは今年9月から来年1月に開催される関東大学対抗戦、全国大学選手権を待つことになる。早大ラグビー部は、もう一度日本一に返り咲くことができるのだろうか。強豪復活の取り組みから目を離せない。
(ライター 近藤彩音)[日経デザインの記事を再構成、日経電子版2016年10月17日付]

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