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career-働き方

インドネシアのお菓子屋さん(1)2人のビジネスパートナーと
会社を立ち上げるまで

インドネシアのお菓子屋さん(1) 2人のビジネスパートナーと会社を立ち上げるまで
authored by 河越信太朗PT. Omiyage Inc Indonesia COO

 はじめまして。2015年3月に早稲田大学を卒業したのち単身移住、現在はインドネシア・ジャカルタにてお菓子屋さんをやっています、河越信太朗と申します。本連載では、帰国子女でもなく長期留学経験もない僕がどのような悩みや経験を経て、インドネシアで製造業を起業するという決意に至ったのかを、大学1年~4年生までの生活を中心に書かせていただきます。

 初回では今回の連載にあたり、現在僕が何をしていて、これから何をしていきたいのかをお話しさせていただきます。

インドネシア発(初)のプレミアムなギフトを作りたい!

 私たちの会社の名前は「PT. Omiyage Inc Indonesia」といいます。僕が移住して早1年半、2人のビジネスパートナーと共に3人4脚で立ち上げた「DORE by LeTAO」というブランドは、現在5つの店舗と50人の仲間たちを抱えるまでになりました。

 さて、なぜOmiyageという会社名にしたかというと、ひとことで言えば最高のインドネシア発のギフト商品を作りたいという思いで作った会社だからです。歴史的にインドネシアはカカオやコーヒー、ココナッツやコショウなどの原材料が豊富で、あの世界初の株式会社として有名なオランダ東インド会社のアジア拠点もジャカルタに作られたほどです。

 しかし、加工して付加価値を付ける技術が国内にないため、数百年もの間、原材料のまま海外へ輸出するという構図が変わらず残っていました。そのため、インドネシアの人々は今でも国産と聞くと、クオリティが低いもののように感じてしまうという悲しい現実があります。そこに目を付けた2人の若いインドネシア人が現在の僕のビジネスパートナーとなり、「インドネシアの原材料×日本の技術→インドネシア発のプレミアムなギフトを作る」というコンセプトのもと共同で会社を経営しています。僕たちのなれ初め(笑)についてはまたのちほどお話しします。

北海道のチーズケーキ、LeTAOの姉妹ブランド

 当時大学4年生だった僕は毎週のようにビジネスパートナー達とSkypeやLineでミーティングをし、上記のビジョンを達成するために何をしようかと考え抜いた結果、企画第1弾として"DORE by LeTAO"というブランドを立ち上げることにしました。お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、このブランドは北海道のチーズケーキで有名なLeTAOの姉妹ブランドです。

 インドネシアには多くの食品会社が出店しているのですが、多くの企業が日本で製造した商品をインドネシアへ輸入するという形をとっています。その理由としては、原材料の仕入れ含め、商品のクオリティ管理がとても難しいためなのですが、僕たちは会社を通して達成したいビジョンがあったため、あくまでも現地で製造までするということにこだわりました。

 実はLeTAOは当時僕の父親が経営していたのですが、特に商品のクオリティ管理は食品ブランドにとって最重要なので、海外で製造ましてや一般の大学を卒業したばかりの若造がその名を語ることは簡単には認めてもらえませんでした。何度も何度も説得し、結局ブランド使用権と技術指導を受ける代わりに、僕たちの会社からロイヤリティーを払う、いわばお客さんとしての関係性なら、とのことでGOサインをもらい、卒業と共にインドネシアへ向かうことができるようになったのです。

 ちなみにDOREとはフランス語で「黄金の」という意味で、僕たちの作るチーズケーキが金色に輝いて見えるというとこから名付けました。裏の意味としては音階のドレミの最初の2文字のように、自分たちの描くビジョンに対しての第一歩だという意味も込められています。

 このようにして、インドネシアでDORE by LeTAOの名のもとに、チーズケーキを中心にクッキーやその他の焼き菓子等を製造・販売する会社を立ち上げました。大学の卒業式を待たずにインドネシアへ移住し、2015年2月末に会社登記を開始してから5カ月は研究開発や仕入先の確定、一緒にやっていくためのチーム作りに奔走し、7月末に晴れて販売を開始することができました。その後しばらくはオンラインやイベント出店のみで商品を販売し、2016年2月にジャカルタで一番高級なPlaza Indonesiaというモールに出店し、現在に至ります。

日本の技術に無限の可能性

 現在のインドネシアは、高度経済成長期の日本と重ねて語られることが多いように、事業の可能性は無限に広がっています。その中で、僕たちは自身の強みである"日本×インドネシア"を最大限に生かせる事業に集中した事業展開を目標に、日々がんばっています。これは仕事を始めてみて改めて感じるのですが、関係する様々な会社が上手く協力して初めて大きな仕事はできるものです。

 例えば、私たちは食品の製造・販売の会社なので、お客様に上質な商品を提供しようと思うと、上質な材料の仕入れと洗練されたパッケージの仕入れの2つが大切になります。しかし、インドネシア政府が敷く輸入規制やそもそも高級なものを買うことができる層が日本ほど厚くないなどの理由で、一筋縄ではいかないのが現状です。

 これらの現状を改善し、なるべくインドネシアの原材料を使いながらクオリティの高い商品を作るために、僕たちは原材料の製造にも踏み出そうとしています。具体的には、日本の乳業メーカーさんにお願いして、インドネシアにて一緒に生クリームを製造する道を模索したり、印刷会社さんと一緒に日本のパッケージの技術をこちらで展開する可能性を探ったりしています。

 次は僕の幼少期についてのお話です!