日本経済新聞 関連サイト

OK
[ career-働き方 ]

シューカツ都市伝説を斬る!入社までに
資格、語学? いや古典を読もう

authored by 曽和利光
シューカツ都市伝説を斬る! 入社までに資格、語学? いや古典を読もう
撮影協力:大東文化大学

 リクルート、ライフネット生命などの人事責任者として20年以上、累計で2万人を超える就活生を面接してきた「プロ人事」、曽和利光さん。学生と若手社会人の双方をよく知る立場から、学生からは見えにくいカイシャの実情を解説します。今回は「入社への備え、語学や資格が優先ですか?」です。

世の中の「原理原則」が隠れている

 秋だからではありませんが、今回のテーマは読書です。入社までの間、「何か勉強して自分を磨いておきたい」と考えている人もいるでしょう。英語を身につける、資格を取得する――。そんなアドバイスを受けることもあるでしょう。しかし、語学など仕事にすぐ役立ちそうな勉強よりも、古典とされる古今東西の名著に親しむことのほうが、社会に出る準備として重要です。

 もちろん、語学や資格の勉強も有益です。外資系の会社では一定の英語力が必要でしょうし、来春からの仕事の内容次第では、普通運転免許や簿記、宅建などを「入社前に取得しておけ」と会社からいわれるケースもあるでしょう。

 古典というと岩波文庫に収められているような、昔の学者や思想家の著作をイメージする人が多いと思います。プラトン、デカルト、ハイデガー。いかにもとっつきにくくて、何に役立つのかよくわからないというのが、皆さんの感覚ではないでしょうか。そんな古典にいま触れておくことがなぜ重要なのか、2つほど理由を挙げてみます。

 まず、古典を読むことで世の中の動きを読み解くための「原理原則」を身につけられることです。人間はどんな場合にどんな振る舞いをするものなのか。その振る舞いの積み重ねでどんな歴史が形作られているのか。原理原則とはつまり、「人間観」「歴史観」あるいは「世界観」とでも呼べるような、認識や思考の基盤です。古典にはそんな原理原則、あるいは不変の真理が詰まっているからこそ、時を経て残っているのです。

ニュースの把握にも、国際交流にも

曽和利光(そわ・としみつ) 1971年生まれ。 京都大学教育学部卒。リクルート人事部ゼネラルマネージャー、ライフネット生命総務部長などを経て2011年、主に新卒採用を対象にしたコンサルタント事業の人材研究所を設立。著書に「就活『後ろ倒し』の衝撃」(東洋経済新報社)、「『できる人事』と『ダメ人事』の習慣」(明日香出版社)などがある(撮影協力=東海大学高輪校舎)

 昔の人間の考え方をいまさら把握しても意味がない? そう決めつけるのは早計です。ある会社がグローバル展開に乗り出したとき、企画担当者が「ローマ帝国と同様の戦略を採ります」と説明したと聞いたことがあります。要は、強権的な征服より融和的な勢力拡大という意味ですが、歴史観に基づいた説得力のあるプレゼンテーションだと思います。

 私が専門とする人事の世界でも、異動や研修などの制度は、組織の最小単位である人間がどんな場合に何を感じるかという原理原則の積み重ねで成り立っています。はやりの制度論を聞きかじり、原理原則を踏まえずに自社に当てはめて失敗するケースもあります。原理原則がビジネスの成果に結びつく可能性があるのは、マーケティングや営業など他の分野でも同様でしょう。

 日々のニュースの意味や全体像の把握にも役立ちます。例えば日経新聞を読んで、1つ1つの記事の背景がよくわからずに放り出してしまう学生は少なからずいます。そこで、「今のアジアの緊張は、太平洋戦争前夜の状況に似ている部分があるな」「あの会社の倒産は、江戸幕府の瓦解に通じるものがあるな」といった感覚を持てれば、ニュースの洪水の中で溺れずにすみます。

 グローバル化が進み、ビジネスで外国人と付き合う機会は今後ますます拡大するでしょう。同僚に外国人がいる例はざらにあります。そこで、例えば聖書に記された原理原則を知っていれば、欧米人と思考の基盤を共有でき、コミュニケーションが円滑に進むかもしれません。逆に、しっかりした思考の基盤を持っていなければ、いくら英語がペラペラでも相手にされなくなってしまいます。

時間に余裕のある今だからこそ

 古典が役立つのはわかったけれど、社会人になってからじっくり味わえばよいのでは。そう感じる人もいるでしょう。いま学ぶべき2つ目の理由は、時間の余裕です。社会人と学生では、日々頭にたたき込まなければならない情報の量が違います。今も講義の課題図書を読み込むのに忙しいかもしれません。しかし、皆さんの多くは来春から、そんな次元では語れないほど大量の情報と戦うことになります。仕事の資料はもちろん、ビジネス書も、もしかすると日経新聞も、読んで当然ということになるでしょう。

 あふれる情報を日々詰め込んでどうかみ砕くか。ビジネスではまずそこが問われます。時間や体力も考えると、腰を据えて古典に取り組む余裕はない。一方、語学や資格はお金さえ払えば、効率的に身につける方法があります。だからこそ、学生のうちに古典に時間を費やすべきなのです。身近な社会人に尋ねれば、ほぼ例外なく「もっと本を読んでおけばよかった」と答えるはずですよ。

 プラトンやデカルトに限らずとも、ある程度の時間を経てなお多くの人に受け入れられている作品ならば、何らかの原理原則を含むものです。源氏物語でもよいですし、村上春樹の著作を全巻読み通して得るものがあるかもしれません。学術的には時代の役目を終えた作品でも、例えばマルクスの「資本論」を金融機関に就職する人が読むことには、価値があると思います。心理学でも会計学でも、それぞれの分野でスタンダードとされる教科書に取り組むのもよいでしょう。

 この場合、「簡単にわかる」と銘打った、いわゆるダイジェスト本や解説本はあまり意味がありません。私のライフネット生命時代、当時の出口治明社長は、「まず厚い本から読み、わからない部分の整理にダイジェスト本を使う」という読書法を教えてくれました。まず簡略版から入ると、本質の理解に役立たないというわけです。先人たちが構築したさまざまな原理原則に触れることで、物事を客観的に把握する冷静な視点を培うことができます。入社までの間、社会人としての知的な足腰の鍛錬に、ぜひチャレンジしてみてほしいと思います。
[日経電子版2016年10月26日付]

「日経College Cafe」のお勧め記事はこちら>>