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物価が下げても給料増える
スイスが日本化しないワケ

物価が下げても給料増えるスイスが日本化しないワケ

 スイスでは5年も物価が下がり続けている。だが経済は堅調で、今年の国内総生産(GDP)は実質で1.4~1.6%伸びる見通しだ。9月には政府やシンクタンクが相次ぎ予想を上方修正したほど。デフレ下で長期停滞に陥る「日本化」をどう回避しているのだろうか。

薬や化学、付加価値を重視

 スイスの消費者物価指数は2011年の秋から、ほぼ一貫してマイナスか横ばいで推移している。欧州債務危機で「安全資産」とされるスイスフランが上昇した影響が大きい。スイス国立銀行(中央銀行)が通貨高を抑えるための「無制限介入」をやめたことに資源安も加わって、同指数は15年に前年比1.1%低下と65年ぶりの下げ幅を記録した。

 一方で名目賃金は伸び率こそ鈍ったものの、今も上昇が続く。給料が増え、一方でモノが安くなっている。財政が健全で増税への不安もない。だから個人消費が底割れしない。

 「スイスのデフレは輸入価格の下落が原因。(国産品やサービスなどの)国内価格は安定している」。ザンクトガレン大学のレト・フォリミ教授は賃金が下がらない理由をこう説明する。輸入価格が下がっても国内価格が引きずられないのは、国産品と輸入品の競合が少ないからだと考えられる。

 とはいえスイスは日本よりも輸出依存度が高い。通貨高が続けば輸出企業は価格競争力を失い、国内の雇用に響くはずだ。ところが9月の貿易黒字は過去最高に達した。医薬品と化学品の輸出増がけん引している。

デフレが続いてもスイス経済は堅調だ(バーゼルの街並み)

 高付加価値製品を重視するスイスの製薬会社や化学大手は高い利益率を確保し、為替変動の影響を吸収しやすいという。機械産業もいったん落ち込んだ輸出が回復しつつある。各産業で価格競争よりも技術力を重視してきたことが幸いしている。

 一部の苦しい産業では労組や自治体が悪影響を抑えるのに貢献している。時計会社がそうだ。最近は中国人が旅先で高額品を大量に購入する「爆買い」の勢いが衰えた余波を受け、輸出が落ち込んでいる。

 「カルティエ」などの高級ブランド世界2位リシュモンは350人の解雇を検討していたが、労組との交渉で取引先への転職などを除く強制解雇は少数にとどめたとされる。ある中堅メーカーは70人を対象に勤務日数と給与を半分にし、残りの給与を自治体が補う制度を活用した。解雇されて失業手当を受け取るのとは大きな違いがある。

労使協調、失業率の低さに寄与

 他の欧州諸国に比べると解雇規制が緩やかで、労組も弱い。それでも良い意味での労使協調はある、というのが記者の印象だ。9月の失業率(季節調整済み)は3.3%と物価下落が始まった11年10月より0.5ポイント悪化しているが、なお低い。だから賃金も下がりにくい。

 UBSのエコノミスト、アレッサンドロ・ビー氏は「賃金を下げる代わりに、給与を増やさずに勤務時間をば延ばす事例はある」と指摘する。日本なら日ごろのサービス残業が増えるだけだが、「時間きっちり」が浸透したスイスなら応急措置にはなり得る。

 世界経済フォーラムは今年の「世界競争力報告」で、各国の中銀が同じように金融緩和をしても、基礎的な競争力が低いと効果をあまり得られないと指摘している。同報告書でスイスの競争力は8年連続で世界1位。日本は2つ順位を下げて8位だった。地道に構造転換を進めてきた国と、金融緩和や財政出動に頼ってきた国の差は、デフレへの耐性にも表れている。
(ジュネーブ支局 原克彦)[日経電子版2016年11月10日付]

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