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ジュリアード@NYからの手紙(2)ジャパン・ソサエティー理事長に聞く(上)
日米のビジネスと文化を見つめた24年間

廣津留すみれ authored by 廣津留すみれ米ジュリアード音楽院2年生
ジュリアード@NYからの手紙(2) ジャパン・ソサエティー理事長に聞く(上)日米のビジネスと文化を見つめた24年間

年200回以上のイベント開催

 今回は、ニューヨークにあるジャパン・ソサエティー(以下JS、※)の理事長、櫻井本篤さんにお話を伺いました。1907年に創立された歴史あるJSは、日本の芸術を米国に紹介するためのイベントを年に200回以上主催しています。日本人初の理事長として、それらイベントのいわば「プロデューサー」の顔を持つ櫻井さんに、ニューヨークにおける日本のエンタメ事情について語っていただきました。同時に、「民間出身初の在ニューヨーク総領事」「日本人初のJS理事長」という2度の大きな「初めて」を経験された人生の先輩として、チャレンジ精神について語ってくださいました。

※JSは米ニューヨークで日本文化の発信を行うNPO団体で、2007年に創立100周年を迎えた。政治・経済や文化講演会、舞台公演、映画上映、美術展、教育プログラム、語学教室を開催し、様々な切り口からニューヨーカーに日本を紹介している。

廣津留 パフォーミング・アーツ(舞台芸術)はどんなプログラムを主催されてるんですか。

櫻井本篤(さくらい・もとあつ) 東京大学を卒業後、昭和43年より三菱商事株式会社に勤務、25年以上に及ぶ海外生活の中で、24年を米国にて過ごす。平成15年より米国三菱商事社長を務め18年に同職を離れた後、民間出身初の在ニューヨーク総領事に就任。平成21年に日本人初のジャパン・ソサエティー理事長に就任

櫻井 踊りやお芝居、音楽のイベントを開催しています。例えば野田秀樹さんの創作芝居に、すごく人気のある野村万作・萬斎親子の公演、歌舞伎は舞台装置が大きいから他の場所でやることになりますが、文楽もやります。音楽では、矢野顕子さんや坂本龍一さん。日本の笙よりもどちらかというと、三味線でジャズに近いような現代音楽とかもやりますね。あとは地方や東北を元気づけるために神楽や東北座をやったりしている。

廣津留 どういう基準で出演者を選ばれているんですか?

櫻井 これはカーネギーホールでもどこでもそうですけど、やっぱりお客が入らないと話になりません。私がJSに来たのは2009年ですが、ここの劇場で当時あるイベントをやっていて、お客さんが8割くらい入っていました。しかしよく聞いてみれば、そのうちお金を払って来てるのはお客さんの40%くらい。ということは、友達とかに無料券を出していたわけです。

 とすると、タダで観にくる人の中で、その催し物はどれくらい価値があるんですか、ということになる。例えばチケット代を$15取ると、「あれ、これ本当に15ドルの価値があるかな」と考える。すると次は、「これは15ドルの価値がないと思うから行かない」という判断をされる。

 単にお金を儲けるとかそういう話じゃなくて、本当に来たい人、価値を認めてくれる人に来てもらうことが必要ですし、またそういう人に来てもらえるようなものをやらなくちゃいけない。というわけで催し物の中身がどんどん変わってきて、総座席数のうち、お金を払ってチケットを買う割合が、当初の35%から今では軒並み80%くらいになりました。

廣津留 それは価値を認めてくれている人が増えたのでしょうか。

櫻井 もちろんそういう部分もあります。でも、私はお金を払っている人が全体の椅子の数に対して何割かという稼働率をみて、基準を作ったわけです。稼働率が40%だった当初は、JSの舞台芸術担当の人も、私の方針に対して「櫻井さんはビジネスから来て、金勘定ばかり気にしたいかもしれませんが、我々はアメリカ人の教育のためにやっているんだから、お客の数は関係ありません」という反応でした。

 でも私は、そんなことありませんと。「例えば、300人の席に30人しかいないのはどう思いますか」と聞いたら、「いいじゃないですか。その30人がこの街の音楽のリーダーであれば、影響力があるわけだから」と言う。「では3人だったらどうなんですか」と聞くと、うーん......と。「極端な話、誰もいなくてもやるつもりですか?」「1人でもいいのですか?」と。そういうのを繰り返している間に、彼らの考え方もだんだん変わってきました。お客さんが来るものにどんどんプログラムを変えていくと、評判がとてもよくなりました。

 ですから、教育的な価値は必要ですが、同時に日本の紹介をするという原点に帰って、その中でやっぱりいいもの、皆が来てくれるものをやりましょう、というのがこのパフォーミングアーツのプログラムです。お客さんは平均して8割がアメリカ人です。

廣津留 エンターテインメントの分野でアメリカ人から反響はありますか?

櫻井 ありますね。7月初めには、その前年に日本でヒットした映画を、2週間毎日2本ずつ計30本くらい上映しますが、New York Times(ニューヨーク・タイムズ)が今年初めてこの一連のイベントを大きく取り上げてくれました。またWSJ(ウォール・ストリート・ジャーナル)や、New Yorker(ニューヨーカー)という人気のある雑誌、そういうのが結構取り上げてくれますね。

櫻井理事長のオフィスで話を伺う筆者

アートと寄付文化

廣津留 アメリカにいると、アートを楽しむ人の割合が高いなと感じます。

櫻井 例えばニューヨークでも、お金はないけど絵が好きな郵便局員の夫婦が、若い人たちの絵を若い時から蚤の市のような場所に何千回も出かけて集めたコレクションが、今ではバリューがものすごいことになっちゃったという有名な話があります(筆者注:このご夫婦をNY在住の日本人監督がドキュメンタリー映画にしました。ハーブアンドドロシー アートの森の小さな巨人 2008年)。

廣津留 えー! それは目がよかったんでしょうね。

櫻井 ものすごく目がよかった。その夫婦は、最終的にその絵をMoMA(ニューヨーク近代美術館)やMET Museum(メトロポリタン美術館)に寄付した。だからそういう人がでてくる素地はあるんですよね。これは日本ではない話ですね。

廣津留 子供のときから教育を通して染み込んでるんでしょうね。

櫻井 それはアメリカでは自由にやってるからです。アメリカの中でもニューヨークが一番自由ですね。キテレツなことやっててもみんな無視したりしないし、新しいことに対する好奇心が強い。新しいものを多くの人がそういう目で見て、いいものがどんどん育っていくっていう好循環はありますね。日本では「まだ若い」と言われたり、しきたりに縛られてしまう。

廣津留 クラウドファンディングなどでもアメリカだと面白いものにはお金がすぐ集まりますよね。

櫻井 寄付文化というのがあるからです。3.11の東日本大震災の時、日本と半日ずれてアメリカの金曜朝にニュースを観てJSに来たら、スタッフの皆がすごく心配してくれて、日本にお金を送るためのファンドを立ち上げましょう、となりました。土曜日のお昼頃にファンドを作ると、翌日、日曜日の夕方までに、全部オンラインで40万ドルが集まったわけです。

草間彌生さんの絵の前で

廣津留 早いですね!

櫻井 そうしたら月曜日に、ニューヨーク・タイムズの記者が、「ずいぶん寄付がたまったって噂を聞いたから、ちょっと見せてくれないか」と訪ねて来ました。私はたまたまPC画面で、寄付してくれた方のリストをずっと観てたんですよ。金額と名前とを。するとその記者が、「お、ユダヤ人が多いな」というんですよ。名前でわかるのかと聞いたら、そうではなくて金額でわかるんだ、と。17の倍数が縁起がいいってことなんです。だから17ドルとか34ドルとか170ドルとか、1万7000ドルっていうのもありましたね。

廣津留 へえ、それでわかってしまうんですね。

櫻井 そうやってみると、たしかにこのニューヨークってのはやっぱりユダヤ人の影響がものすごい街だなと。

廣津留 面白いですね。普通気がつかないですよね。

櫻井 ユダヤ人でも知らない人は結構いる。だから面白い。やっぱりユダヤ人の寄付の文化、人を助けるっていう精神はすごいなって思いますね。最終的には1,400万ドル集まった。赤十字とか専門のところは何億ドルって集めますけど、寄付することを普段は目的にしてない団体の中では、JSが一番お金を集めました。

廣津留 やはりNYという場所柄もあるんでしょうか。

櫻井 そうです。困ってる人にはすぐにお金をだそうという気持ちがすごい。ほとんど個人で約25000件きました。その中には、学校の生徒が100人集まって出してくれたとか、道路脇でジュース売りましたとか、56ドルくらいのチェックが数十枚集まったのでこれを寄付しますとか、まとめてきたものもあるので、それを1件と考えて2万5000件ですから、実際に寄付してくれた人数はその何倍にもなります。

廣津留 日本は全然かなわないですね。

 寄付の文化は、もちろん宗教から関係してきているわけだし寄付金が税額控除になることも影響あるでしょう。奨学金もそうですが、アメリカでは人を助ける精神がものすごく高いから、それについて日本はもっと勉強した方が良いですよね。

【お知らせ】
ジュリアードオーケストラのコンサートに第二バイオリンの首席奏者として出演します。
日時:2017年1月24日(火)19:30
場所:David Geffen Hall(ニューヨーク・リンカーンセンター内)
指揮:アラン・ギルバート

ニューヨークにあるジャパン・ソサエティー本部