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liberal arts-大学生の常識

平和のかけら(2)私がNGOで働く理由
~きっかけは心臓手術

栗田佳典 authored by 栗田佳典認定NPO法人テラ・ルネッサンス 啓発チームマネージャー
平和のかけら(2) 私がNGOで働く理由~きっかけは心臓手術

 「NGOで働くって大変ではないのですか?」

 これは職員になって何度も問われた質問です。この問いを聞くたび、私はこう答えます。

 「大変と感じたことはなく、人々の心と社会の仕組みを変えていく、やりがいのある仕事です」

 今、私はこの仕事、この業界に関わることができて良かったと日々実感しています。第1回目では、私が働く認定NPO法人テラ・ルネッサンスの活動紹介を行いました。第2回目では、そんなテラ・ルネッサンスで「なぜ働くことになったのか」「学生時代に何をしていたのか」など、私自身のことをお伝えしていきたいと思います。

きっかけは心臓病。命の大切さと支えられることの大切さを知る

 私は生まれつきの心臓病(先天性心室中隔欠損症)です。心臓の左心室と右心室の間にある壁に穴が開いている病気で、血が逆流し、命を落とす危険性もあります。穴の大きさや場所によって、手術するかしないかが決まるのですが、私の場合、穴の開いている場所が悪いということで、2000年8月、13歳の時に手術をしました。

 中学2年生だった私は見栄をはり、まわりには手術なんて大丈夫だと自信を持って話していましたが、内心は怖く、失敗した場合のために、家族や友人への手紙も用意していたほどでした。そして、手術当日。いざ、手術室に向かうストレッチャーの上では涙が止まりませんでした。

 手術は無事、成功。麻酔が切れ、目が覚めるとまず、痛いと感じました。そして次に、「よかった。生きている」と実感しました。手術の経験を通して、私はこれまでたくさんの人の支えの中で、「生かされて」きたのだと実感しました。この経験を通して、「自分はこれまでたくさんの人たちに支えられて生きてくることができた。今度は自分が誰かを支える人生を歩みたい」そう考えるようになりました。

英語を学ぶ元子ども兵たち(2008年インターンシップ時に撮影)

誰かのためになる仕事をしたい。福祉を学びに大学へ

 高校は地元の高校へと進学し、その先の未来を考えるときに、手術を経験した時の思いが蘇ってきました。誰かの役に立ちたい、支える仕事をしたい、そんな思いから大学で福祉を学ぶために進学しました。そして、私は先進国の福祉の勉強をしていく中で、福祉もままならない途上国の貧困問題に関心を持つようになりました。

 ストリートチルドレン、児童売買、あらゆる勉強をする中で、特に衝撃を受けたのが、子ども兵の問題です。自分が生まれた1986年に内戦がはじまったウガンダ共和国。自分と同世代の人たちが紛争に巻き込まれている。紛争は過去のことというイメージだった私にとって、あまりに大きな衝撃でした。

 子ども時代、ゲームで銃を撃って、遊んでいた、まさしく同じ時間、同じ空の下で、同世代の子どもたちは誘拐され、銃をもたされ、人を殺し、物を略奪していました。子ども兵の存在を知らなかった自分が恥ずかしく、そして悔しくなり、もっと詳しく知りたい、そして多くの人にこの現状を伝えたいと思うようになりました。そこで出会ったのが、元子ども兵の社会復帰に取り組む、国際協力NPOテラ・ルネッサンスです。

ウガンダ元子ども兵の子どものダンス、後ろに虹(2008年インターンシップ時に撮影)

インターンシップを通して可能性が広がった学生時代

 大学生時代は自分の関心を持ったことにはとことん追求し、その第一線で関わる方に話を聞いたりしながら、たくさんの価値観にふれるように心がけていました。その中で、私の可能性を大いに広げてくれたのが、インターンシップでした。

 大学3年になる前の春休み。周りでは「インターンシップ」の言葉が聞かれるようになり、私も学内の説明会などに参加する中で、目に留まったのが、NPOでのインターンシップ。しかも、自分が関心を持っていた子ども兵の課題に取り組むテラ・ルネッサンスが募集をしていたのです。これはチャンスだと思って応募し、2007年8月(大学3年の夏休み)からテラ・ルネッサンスでのインターンシップがスタートしました。

 主な業務は、海外で撮影してきた映像の編集、DVD化でした。趣味で行っていた映像編集がこんなところで生きるのかと嬉しくなり、多くの映像を作成し、支援者報告や広報に活用しました。また、インターンシップ開始1カ月後には、運よくウガンダへ訪問することもでき、元子ども兵の社会復帰支援の現場というものをこの目で見ることができました。

 ただ、最初からNGOで働こうと思っていたわけではありませんでした。私は「伝える」という仕事を希望し、テレビ局のディレクターや新聞記者に向けた就職活動を行っていました。国内での課題を訴える仕事に関心を持ちながらも、海外への思いも強く、就職活動は、なかなかうまく進みませんでした。その中で、インターンシップを続けることによって、NPO・NGOの世界の魅力にどんどんと引き込まれ、最終的にはインターンシップ先の代表に掛け合い、就職することができました。

 一番の魅力は、関係性でした。ある日テレビでウガンダの映像を見た時、気づいたことがありました。インターンシップで現地に行った時、元子ども兵の人たちというのは、絶望の中でも希望を持って生きている強さを見ることができました。ですが、そのテレビで放送されていた内容は、悲しく暗い現実ばかりにスポットを当てられ、私が知っている現実とは何かが違いました。現地の方々には、NGOの私たちだけに見せてくれていた表情や本音があったのです。

 「悲しいだけの現実と希望も含んだ本音の現実。私はどちらの姿を伝えたいのか?」と自問自答した時、悲しい現実だけでなく、絶望の中でも希望をもってがんばっている人を紹介したい、支えていきたいと気づきました。そしてそれができる関係性を築けるのは、このテラ・ルネッサンスだと思い至ったのです。

ウガンダにて子どもたちと

ウガンダの子どもの名付け親に

 そして、そんな決断の背中を押してくれた忘れられない出来事が起こりました。2008年大学4年の時、ウガンダの元子ども兵の現状を調査するため家庭訪問に行ったときの出来事です。お母さんにインタビューを続ける中で、一番気になったのが、お母さんが抱える小さな赤ちゃんでした。

 私は聞いてみました。「いつ生まれたのですか?」と。

 するとお母さんは「昨日ここで生まれたの」。その言葉に私はびっくり。そして、さらに驚く一言をお母さんは私にかけてくれました。

 「この子の名前をつけてください」

 今日会ったばかりの自分に......っと、その言葉に私は感激しました。何よりも、私に心を許してくれたことが嬉しかったです。

 お母さんは元子ども兵です。わずか8歳で誘拐され、戦わされてきました。命からがら助かっても、自立の道は遠く、最初は勉強についていくのもやっとでした。しかし、自立への思いを持ち続け、一生懸命に彼女は努力をした結果、自分の力で収入を得られるようになりました。

 そして、おしゃれをするようになり、今度は本当に好きな人と結婚することができました。そこに生まれた命が、この赤ちゃんでした。自分の活動は間接的ではあるけれど、こうして新しい命を繋ぐことにもなっているのだと実感した瞬間でした。

 それと同時に、こんな子どもが誘拐され、兵士として戦わされるような社会が、2度と来ないように、平和な社会をつくりたい。そう強く願った瞬間でした。私の心の中で、スイッチが入り、この子ども兵という問題の解決に向けて、一生をかけて、取り組んでいこうと決めました。

名前を付けた赤ちゃん

目指す理想の社会と夢

 近年、NPOと企業の境界も狭まり、企業でも社会的な活動をしているところが多くあります。そのような中で、私が思う、大きく違うところが1つあります。それは、企業は続くことが目標、NPOは解散が目標ということです。企業は存在し続けることで価値を見出していきますが、NPOは解散をする(掲げたビジョンを達成する)ために、いい意味で活動が縮小されていくのが理想なのだと私は思います。なぜなら、子ども兵がいなくなれば、元子ども兵の社会復帰支援というニーズもなくなり、テラ・ルネッサンスがそこで活動する必要もなくなるからです。

 私たちが持つ力は微力かもしれません。でも、平和な社会を構築していくために、できることは決して無力ではありません。その微力を多くの人とつなぎ合わせながら、私たちの支援活動はもう必要ないと言われるその日まで、私は歩みを続けていきたいと思います。

 次回はそんなテラ・ルネッサンスでの活動を通して出逢った方々とのエピソードを含め、具体的な現地や日本での活動経験について触れていきたいと思います。

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テラ・ルネッサンスでは今年で設立15周年。
2031年にすべての子どもたちが紛争に巻き込まれない社会を実現するという中期ビジョンに向けて進みだしています。
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