試験や就活で「不運」なときにすべきこと
やる気スイッチを入れよう(21)
「塞翁(さいおう)が馬」という有名な話があります。中国の古い書物に載っている話です。異国の大昔の話にも、やる気スイッチを入れるヒントがあります。
「サイオーさん」ちの馬の話
塞翁が馬は、「人間万事塞翁が馬」というタイトルの話です。人間はじんかんと読み、世間や社会を意味し、塞翁は城砦に住んでいる老人を意味します。「世間のものごとは老人の家の馬の(話の)ようなものだ」ということでしょう。簡単に、あらすじを紹介します。
中国の辺境の砦の近くに老人(塞翁)が住んでいました。ここでは「サイオーさん」と呼びましょう。
あるとき、サイオーさんの家の馬が、北方の他の国のほうに逃げていってしまいました。それを聞いた近所の人たちが、「大変でしたね」となぐさめにやって来ます。ところがサイオーさんは、「これが幸いに転じるかもしれないよ」と、残念がる様子がありません。
しばらくすると、その馬が別の良い馬をつれて帰ってきました。近所の人たちがお祝いを言いに来ましたが、サイオーさんは、「これが禍(わざわい)に転じるかもしれないよ」と、喜ぶ様子もなく言います。
サイオーさんの家では良い馬が増え、息子が乗馬をするようになりました。ある時、息子が馬から落ちて足に大けがをします。近所の人たちがお見舞いに来ると、サイオーさんは例によって、「これが幸いに転じるかもしれないよ」と言います。
その後、北方の国が砦に攻め入ってきました。若者たちが戦いましたが、多くが戦死してしまいました。しかし、サイオーさんの息子は、足のけがにより戦にいくことができず、無事でした。
なんとも予測のつかない物語です。サイオーさんの言う通り、禍が幸いに転じ、幸いが禍に転じ、二転、三転、四転します。
しかし、私たちの人生も、実は同じように二転三転しています。
成績低下で、彼ができる!?
香織さん(仮名、大学2年生)は、大学受験のために塾に通っていたときのことを話してくれました。塾では成績別にクラスが編成されていたのですが、あるとき香織さんは、成績が下がり、クラスも一つ下に落ちてしまいました。
香織さん自身はもちろんショックを受けましたし、教育熱心だった両親も心配するし、かなり"ワザワイ"感がありました。しかし、下のクラスは雰囲気が良く、先生の教え方が香織さんに合っていて、香織さんは勉強に集中できるようになりました。良い成績が取れるようになり、同じクラスの彼氏もできました。状況は"サイワイ"に転じたのです。
しかし、入試の本番直前に彼氏と破局、その動揺により、最初に受けた2つの入試では、まったく力が出せずに大失敗。不合格の知らせを受け取り、ひどく落ち込みました。彼氏とは別れるわ、受験には失敗するわ、散々な"ワザワイ"に見舞われたのです。
しかしその後、塾の先生の励ましを受け、気持ちを立て直して試験にのぞんだ結果、志望していた大学の1つに合格しました。その大学は、不合格だった大学よりも通いやすい立地で、毎日の時間に余裕があり、勉強も部活動もアルバイトも楽しむことができるそうです。1年の時には成績優秀者に選ばれて表彰されました。再び、状況は"サイワイ"に転じたのです。
社会に出ても二転三転
皆さんにも多かれ少なかれ、香織さんと同じようなことが起こっていると思います。
こうした予測不能のできごとに対し、私たちはどのような心がまえを持てばいいのでしょう。
サイオーさんは、禍が起こった時にも幸いが起こった時にも、近所の人が思うほど悲しんだり喜んだりしませんでした。確かに後になってみると、それほど一喜一憂しなくてもよかったのだ、とわかります。香織さんの話にも、同じことが言えます。
社会に出てキャリアを積んでいくときにも、様々なできごとに遭遇します。第一志望の会社に入社できた、と喜んでいたら、まったく希望していなかった遠方の部門に配属になり、合わない土地と仕事に苦労したり、しかし、そこで何年かがんばったことが認められて、他の人よりも早く昇進した、という人もいます。入社した会社が、他の会社と合併して、待遇も職場の雰囲気も変わってしまった、ということもあります。本当に予測のつかないことが起こるのです。
私たちは、今の状況だけを見て、「大変だ」、「よかった」と、できごとの良し悪しを評価しがちです。しかし、そのできごとがこれからどう転じるかは、わかりません。
大切なのは、自分のペースで今できることをやり続けることです。サイオーさんは、大事な馬が逃げても、投げやりになったりせず、馬以外の家畜を世話したり、そのほかの仕事を着実にこなしたりしたのでしょう。だからこそ馬が帰ってきた後、良い馬を増やすことに成功したのです。香織さんは、クラスが格下げになってもふてくされたりせず、入試で大失敗をしても気持ちを立て直して、成果を挙げました。
同級生の変化に学ぶ
皆さんは、中学や高校の同級生と会う機会がありますか? 同級会や同窓会があったら、参加することをお勧めします。サイオーさんちの馬の話を実感できる機会です。
私も、数年に一度、同窓会に出席していますが、毎回、同級生がそれぞれ変化していることに気づきます。
「この人、高校の時はかっこよかったのに、なんだか元気ないなあ」と思うこともあります。クラスで輝いていた人が、しょぼんとして見え、話すことも仕事のグチばかりだったりするのです。
しかし、その数年後の同級会では、同じ人がパリッとよみがえっていたりします。ファッションも表情も明るくなり、話のしかたも相手への思いやりが感じられ、学生の時とはまた違う輝きを放つようになっています。しょぼんとした暗い時代が、その人をひとまわり成長させたのかもしれません。
人生のよしあしは、その時だけでは判断できないのです。その後何十年も続いていくのですから。
今できることをやり続ける
読者の中には、就活で思うような結果が出ず、がっかりして悲しくなっていたり、勉強や部活のことで悩み、なにもかもイヤになっている人がいるかもしれません。
サイオーさんちの馬を思い出し、「これがどう転じるかわからないよ」とつぶやいてみてください。悩んでいる自分と、そういう自分を取り巻くまわりの状況を、少し離れたところから、長い目で見てみるのです。何ヶ月か前はサイワイだったことが、転じて今の状況になったのかもしれません。だとすれば、これからサイワイに転じるかもしれません。自分のペースで、できることをやりましょう。
少し離れた視点で今の状況を見ること、できることをきちんと続けることが、モチベーションを安定させ、自分を自分らしく保ってくれます。
明星大学経済学部特任教授、JTBモチベーションズ ワーク・モチベーション研究所長。筑波大学の博士課程で、組織におけるモチベーションの伝染について研究中。大学ではキャリアや就職支援の講義を担当、企業とのコラボレーションによる講義も実施。JTBモチベーションズでは企業で働く人への研修やコーチング、経営層へのコンサルティングを行う。著書は「やる気が出なくて仕事が嫌になった時読む本」「職場でモテる社会学」「できる人の口ぐせ」等多数。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。