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研究者という職業(8)論文捏造はなぜなくならない?

研究者という職業(8) 論文捏造はなぜなくならない?
authored by 中田亨産業技術総合研究所主任研究員

 研究者の論文捏造はなぜなくならないのでしょうか? 研究者の世界は競争社会です。研究者の道を歩もうとすれば、何かにつけて論文発表などの研究業績が問題となります。良い業績を挙げた研究者はポストや資金を得やすくなります。一方、業績を出せない人はいずれ淘汰されてしまいます。

研究者の「業績」はどう測る?

 とはいえ、この「業績」は非常に測りにくいものです。本来ならば、「世界を変える」ぐらいの大発見や大発明を業績としてカウントしたいところです。中途半端な業績では、結局、世の中に何の影響を与えないまま忘れ去られてしまうので、研究しようがしまいが同じだからです。

 しかし、大成果だけをカウントする方式ではうまくいきません。大きな業績はそう簡単に得られるものではないからです。特に、駆け出しの研究者は、そのような目立った業績はまだ得ていません。こういった若手が、ポストと資金を巡って争奪戦をするのですから、大発明・大発見までいかなくても、もっと小さな業績をカウントする評価制度が必要なのです。

論文本数の"マジック"

 学界では、「良い論文を数多く書くこと」が最も標準的な業績の姿として扱われます。しかし、これとてうまく行っていないのです。

 まず、分野によって論文の価値が全く違います。論文を1人で書くことが多い分野もあれば、数十人もが共著になることが普通な分野もあります。極端な場合、巨大な実験装置を使う分野は共著者数が百人を越えることすらあります。実際、ヒッグス粒子の発見を報告する論文では、共著者の名前が10ページにもわたって書かれています。

 分野の違いはまだ他にもいろいろあります。例えば、「責任著者」という言葉を使う分野があります。メインに論文を書いた人を「責任著者」と呼び、研究に協力した程度の人物とは区別するというのです。しかし、私自身が属している情報工学の分野では聞いたことがない言葉です。ならなら、論文の著者たるもの、その内容に責任を持つべきことなど言うまでもないと考えるからです。分野によって、考え方がずいぶん違うわけです。

 ここまで勝手が違うと、違う分野の研究者の業績を比較することなど、ほとんど不可能です。「自分1人で書いた論文が3本ある研究者」と、「10人の共著者がいる論文が8本ある研究者」とは、どちらか優れているかなど判定しようがありません。

 とはいえ各分野の内部だけで比較するのなら可能なので、研究資金やポストの争奪戦も分野毎に行われたものでした。ところが、これでは既存の分野が温存されるだけで、新規分野を開拓したり、異なる分野を融合するといった、技術革新が起こりにくいという欠陥があります。この欠陥を克服すべく、最近では、無理を承知で、異分野間で争奪戦をする事例も増えつつあります。

捏造論文の作り方!?

 一流の学会誌は、内容チェック(「査読」といいます)が厳しいものですが、その査読をすり抜けて、真っ赤な嘘の論文が掲載されることがあります。それも1本や2本では済まないので深刻です。科学界だけでなく、世間一般にも知れ渡るような論文捏造(ねつぞう)事件が、毎年のように起こっています。「査読」というシステムが機能不全に陥っているのです。

 ある研究者が、例えば高血圧の新薬を探す研究をしているとしましょう。ある候補の物質をネズミに与えたところ、10匹中5匹で血圧が下がったとします。五分五分では効果が認められたとはいえないので、実験は失敗です。

 この実験を成功させて論文に仕上げないと、ポストや資金が得られず、路頭に迷うことになるという研究者だとしたら、データ捏造の誘惑に負けるかもしれません。観測データをノートに書き写す時、数字をいじってしまえばよいのです。「10匹中7匹で血圧が下がった」と書けば、見た目は実験成功です。

 研究室内の同僚が、この不正に気付くかもしれませんが、バレないケースも多いはずです。忙しい研究者が他人の実験をいちいち見張る暇はないからです。また、研究室ぐるみでデータ捏造をする場合すらあります。

 こうして、捏造された論文が、学会誌の編集部へ投稿されます。編集部は、この論文の真偽を見抜いてくれそうな研究者を探して、査読を依頼します。

 しかし、査読者に対して、検証のための実験の費用を出してくれるわけではありません。論文の内容に疑いがあるなら、本来なら実験をして確かめねばなりませんが、それを査読者が自己負担でやるというのは、まずあり得ない話です。論文の文面だけ読んで真偽を判定するしかないのです。というわけで、査読は絶対ではないのです。

 「たとえ査読の目はごまかせても、捏造論文の嘘はいつかはバレる」と言いたいところですが、そうとも限りません。確かに「ガンの特効薬の発見」といった重大な論文であれば、誰もがその論文を検証する実験をするでしょう。しかし、もっとマイナーな題材で、お金になりそうもない研究であれば、誰も真似をしようとしません。誰も実験しないので嘘はバレないままで、論文を発表したという業績だけが残るというわけです。

 こうして見ると、捏造論文の横行は簡単には解決できない問題だとわかります。しかも、研究資源の争奪戦の激化によって、捏造論文が大量に作られるようになっています。もはや研究者性悪説を取らざるをえません。インチキできないように、研究者を監視し、詳細な記録を残すことが求められています。

IT技術が科学界を救う

 不正の横行によって、正直者が馬鹿を見ることがないように、最近の科学界では、その分野での研究者の「評判」によって判断するだけでなく、IT技術を用いて業績を把握しようとしています。「どこの誰が、どんな研究をしていて、それは誰の研究と似ているか」という情報を一覧できるウエブサイトが何個も出現しています。

 こうした研究者のネットワークを把握することが、不正を防ぎ、良い業績を見つけることにつながるのです。例えば、ある分野に全くの未経験の研究者が突然、効果の高い成果を発表する論文を書いたら、捏造を疑うべきだと分かります。あるいは、他の多くの研究者が追随する研究を最初に発表した研究者は優秀だと言えます。学界に飛び交う膨大な論文のどさくさに紛れて行われてきた研究不正や、雑な評価は、今後は淘汰されていくかもしれません。

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