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マジシャン大学生(18)夢の舞台、4Fへ向けて
~これが最後のパフォーマンス

森屋志政 authored by 森屋志政早稲田大学大学院
マジシャン大学生(18) 夢の舞台、4Fへ向けて~これが最後のパフォーマンス

帰国後、メールのやり取りの中でかつての赤と黒の演技の話が持ち上がる

 ある日、Obieさんから、事前に演技の動画を撮影して送ってほしいと言われたので、私はアジア大会で演じた車とカードの演技と、昔マジックの舞台、MAGIC LOVERで演じた時の赤と黒の手品の動画を送りました。

 すると、Obieさんはメールで、どちらの演技も素晴らしい! これは提案なのだが、ぜひ2つの演技両方を演じてはくれないか? と言ってくださいました。その結果、Obieさんが企画してくださった、ショーの中で赤と黒の演技と車とカードの演技の2演目を演じる運びとなりました。

初めてのアメリカ。夢にまでみた4F*の舞台

 *F.F.F.F(フォーエフ、4F)は、推薦権を持った各国の推薦者が2人推薦しない限り立ち入りが許されない、完全招待制の舞台。

 2015年4月27日。私は初めて米国ニューヨークの地へ1人で旅立ちました。会場までのピックアップをしてくれるバスに乗り過ごしそうになりながらも無事会場に到着し、手続きを済ませました。そして演技をする予定の舞台を見た時、興奮がこみ上げてきました。ついに、ここに立って演技を披露できる。ようやくここに来ることができた。演技前からワクワク感が止まりませんでした。

 さらに嬉しいことがもう1つ。2年前、挫折を味わう結果となったJAPAN CUPで出会って以来仲良くなった世界大会カードマジックチャンピオンに輝いたドイツのJan Logemannさんとなんと4Fの会場で再会することができたのです。「あの時に見てくれた演技を2年間かけてブラッシュアップして持ってきたから楽しみにしてほしい」。そう伝えると、「ドイツのマジシャン全員で楽しみにしてるよ!」と言ってくれました。

夢にまで見た4Fの会場

Janさんを含めた7人でお昼ご飯を食べた時の写真。なお、この写真に写っているマジシャンは知る人ぞ知る凄腕マジシャンばかりです

 実はその年の4Fから、例えば1日目はジャーマンマジシャンショー、2日目はスパニッシュマジシャンショーとフレンチマジシャンショーというように、国ごとのショーで構成するようになっていたのです。そしてこの各国のショーが非常にレベルが高いものでした。世界大会のタイトルホルダーから、世界大会への出場権を獲得したヨーロッパ予選を勝ち抜いたマジシャン、アメリカ予選を勝ち抜いたマジシャンといったメンツがぞろぞろ登場してきたからです。コミカルな演技から、マジシャンから見ても不思議な演技まで、とにかくもうお腹いっぱいだと言ってしまうくらいマジック漬けの日々を過ごすことができました。まるでマジックを始めたばかりの頃のような純粋なあの楽しさが蘇ってきたかのような毎日でした。

2012年カードマジック世界チャンピオンのJan Logemannさん。2013年のJAPAN CUP以来2年ぶりの再会でした

4Fでのパフォーマンス。夢にまで見たスタンディングオベーション

 4Fも終盤。アジアンマジシャンショー本番の日。リハーサルを経てついに憧れのマジックの舞台での本番を迎えました。MCから名前をコールされ、舞台袖から登場し、客席へ礼をしたのち、私の演技はスタートしました。

 この日のために、昔作った、あの赤と黒の演技を磨き上げてきました。4Fを相手に自分の演技がどこまで通用するのか、ワクワク感と不安とが入り混じる中、大きな失敗もなく演技を終えることができました。演技の最中、客席から拍手がきたり、声が漏れるのを聞いて、確かな手応えを感じつつ、最後の最後まで油断をせず演じきって客席へ礼をした時でした。

 客席からあふれんばかりの拍手が沸き起こり、なんとスタンディングオベーション(観客が総立ちで拍手をすること)を受けることができたのです。海外では、素晴らしいと感じたパフォーマンスに対し、敬意を評してスタンディングオベーションをするという文化はありますが、日本ではそういった慣習がなく、そこまで観客を惚れ惚れさせる演技をするのは並大抵のことではなく、いつか見て見たい光景の1つでした。

 夢にまで見た舞台で、夢にまで見た景色を今自分は見ている。その景色を見て、今まで積もりに積もった様々な思いがこみ上げ、涙が出そうになることをこらえながら、ただ笑顔で礼をしました。

 今まで大きな挫折を3度経験して、その度にマジックを辞めてしまいたいと思いました。時間もお金も、大切な相棒も失ってまでもマジックを続け、時には身体を壊したり、プレッシャーに押しつぶされてしまうこともありました。それでも続けてきて、今自分はこの景色を見ている。"感無量"。その言葉がこのときほど当てはまったことはなかったと思います。マジックの大会へチャレンジし続けてから5年間をかけて掴みとった夢がそこには広がっていたのでした。

スペインのプロマジシャンMiguel Pugaさん。世界中でプロマジシャンとして活動している一流のプロマジシャンで、舞台で見せるマジックから至近距離で見せるものまで、幅広くこなす素晴らしいマジシャンです

Woody Aragonさん。陽気で非常に気さくな方であると同時に、世界の誰もが知るほどの凄腕カードマジシャンです。私の演技を非常に気に入ってくださいました

 パフォーマンスを経て嬉しかったことはスタンディングオベーションを得たことだけではありませんでした。なんと観客席の最前列にはアジア大会で審査員を務めたカードマジックの世界王者の方が見ており、演技が終わるなや否や、「素晴らしい! なんてことだ! 俺はもうカードマジックを辞めるよ!」と興奮を露わにしてお褒めの言葉をかけてくださったのです。他の世界大会の受賞者も賞賛してくださり、さらにはアジア大会で1位・2位に輝いた香港と台湾のマジシャンからも「信じられない!! 一体お前は何者なんだ?!」と驚きと共に、「お前がアジア大会で敗北したなんて信じられない! 今すぐもう一度掛け合うべきだ!」とまで言ってもらうことができました。

ドイツのプロマジシャンPit Hartlingさん。頭脳派カードマジシャンという異名を持つほど、非常に作り込まれた不思議なカードマジックを演じる方で、世界大会でも準優勝の成績を納めた方です

私の左側に写っているのが、2000年カードマジック世界王者のHenry Evansさん。アジア大会でも審査員を担当された方で、4Fで演技を披露してから興奮を露わにして褒めてくださった方です

 赤と黒という、自分のマジックの演技のルーツとなる、最も大切にしてきたマジックでこんなにも多くの人が感動してくれている。その事実にただただ嬉しさを感じました。以前、とある有名な手品師の方の言葉で、「その人が最初に作った演技がその人のマジシャン人生そのものを変える」と仰っていたことを思い出し、「こういう意味だったんだろうな」と噛みしめていました。

 かつてJAPAN CUPで赤と黒の演技で負けたことも、それを機に赤と黒の演技を作り直したこと。アジア大会で赤と黒の演技を披露せずに違う演技を作って臨み、結果的にアジア大会で負けてしまったこと。今まで起こったありとあらゆる事象には意味があったことがそのとき分かりました。頭の中で一つ一つが繋がり、4Fという夢の舞台で最も大切にしてきた演目で夢だったスタンディングオベーションをとることができたのだと思えました。

フランスのプロマジシャン、Boris Wildさん。ロマンティックでかつ繊細な演技を披露される方です。国際大会での受賞歴が数多くあり、演技スタイルが私と同じ音楽のみで見せるスタイルだったこともあり、君の演技が見れて幸せだと仰ってくださいました

私が先生として慕っている、プロマジシャンの桂川新平さん。いつか共演したいという夢が、4Fの舞台で初めて叶いました


 スティーブジョブズがスタンフォード大学の卒業式で話した際のスピーチの内容でも話題となった"Connecting Dots"そのものだと私は思いました。その日の夜はいろんなマジシャンから引っ張りだこになり、夜通しマジック談義に花が咲いたのはいうまでもありません。伝説とまで言われているカードマジシャンとの貴重なセッションもありました。とても私が作ったカードマジックの作品を気に入ってくれ、お互いにもう何もでないというまでセッションし続けました。19時頃にショーを終えたものの、気がつけば時計の針は午前5時を回っていました。



朝までずっとセッションしていた、フランスのプロマジシャンBebelさん。マジシャンの中でこの方を知らない人はいない、伝説のカードマジシャンです。ストリートでのパフォーマンススタイルや、シビれるようなカード捌きは世界中のマジシャンに多大な影響を与えました。お互いのネタの引き出しが尽きるまでひたすら話し続けました



4Fを主催している、オーナーのObie O'brienさん、その奥様のJoan Caesarさんと3人で。お二人から賛辞のお言葉を頂いた時は、色々思い起こしてしまい、思わず泣いてしまいそうになりました



 結果を出した人間のみが評価をされる。

 皮肉にも、自分が残酷だと感じていたシンプルな原理が、まさにそれでした日本以外の国では、良い意味でも悪い意味でもはっきりしているものなんだな、と感じましたが、この時私はこの言葉を次のように直しました。

 結果という形で実るまで、とにかく食らいつき、がむしゃらに努力をして、そして実らせた人間のみが、結果とそこに至るまでの過程を評価されるのだ、と。



アジアンガラショーのメンバー全員での写真。私の宝物です