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宇宙の歩き方(6)イプシロン打ち上げ!
「世界一シンプル」実現する技術

林公代 authored by 林公代宇宙ライター
宇宙の歩き方(6) イプシロン打ち上げ!「世界一シンプル」実現する技術
提供:JAXA

 12月20日午後8時、これまでのロケットの概念を変え、未来の宇宙開発を大きく変えうるロケットが鹿児島県JAXA宇宙空間観測所から打ち上げられた。その名はイプシロン。2013年9月14日に試験機を打ち上げ、今回が2号機だ。打ち上げたのはジオスペース探査衛星「あらせ」。地球を取りまく放射線帯を観測し、その謎を解く。

打ち上げを待つイプシロンロケット2号機。12月14日の報道公開で。(提供:nvs-live.com)

 ロケット打ち上げと言えば、発射場に何百人もの作業員が何カ月もかけて作業を行い、打ち上げ時の管制室には大人数が集まって、固唾を呑んで見守るというイメージがあるだろう。アポロ時代から基本的に変わらない「お祭り騒ぎのような打ち上げ方式」とイプシロンロケットのプロジェクトマネージャーである森田泰弘さんはJAXAウェブサイトに記している。

イプシロンは世界一シンプルで簡単なロケット打ち上げ実現を目指す。写真は2013年9月14日の試験機打ち上げ(提供:JAXA)

 一方、イプシロン試験機打ち上げ時の管制室はパソコン2台、8人と従来の約十分の一の「コンパクトさ」を実現した。将来は、パソコン1台で世界のどこにいてもロケットの発射管制をできるようにするのが目標。つまり「世界一シンプルで簡単な打ち上げ」でたくさんの人が宇宙を使えるようにすることが目標だという。

 それを可能にするのが、人工知能による自動・自律点検。ロケット自身が発射前に点検、異常を検知する。管制のための計算機も移動可能なように小型化しコンパクトなシステムに切り替え「モバイル管制」を世界に先駆けて実現した。

「未来へ向かって飛んでいけ! イプシロン」。打ち上げ前日に意気込みを語る森田泰弘プロジェクトマネージャー

 ロケットは機体はもちろん、発射時の運用・設備も含めた打ち上げシステム全体を改革しなければ未来を拓くことにつながらない、というのが森田プロマネの持論だ。「自動・自律化」「モバイル管制」によって運用や設備の改革を試験機で実現。そして2号機では機体の改革に取り組んだ。ロケットの第二段を改良し、大型化。それらによって、より重く(3割増し)大きな衛星を打ち上げられるようになった。また「衛星の乗り心地」も世界最高レベル。打ち上げ時の振動や音を抑えることに成功している。また、機体の部品や構造も見直し、高性能にすると同時に組み立てを簡単にした。「将来はプラモデルを作るようにロケットを造れたら」と。プラモデル?! 森田プロマネの話を聞いているだけでロケットが身近に感じられてくる。

 ロケットは信頼性が高いレベルで求められ失敗できないため、意外にもITやAIなどの先端技術を採り入れるのが簡単ではなかった。しかしそんな常識を打ち破り、未来の扉を拓く、それがイプシロンロケットだ。

日本のロケット、2つの発射場

 ところでロケットといえば、種子島から打ち上げられるH-2Aロケットが有名だ。日本は大きく分けて2種類のロケットを持っている。

内之浦宇宙空間観測所には「日本の宇宙開発の父」糸川英夫博士の銅像が立つ

 そもそも日本初のロケットは、長さわずか23㎝のペンシルロケットから始まった。ペンシルロケットは日本の「宇宙開発の父」と呼ばれる糸川英夫博士が1955年に発射したもので、燃料には固体ロケットが使われた。今回打ち上げられるイプシロンロケットもその流れをくむロケットだ。発射されるのは糸川博士が「ここだ!」と決めた鹿児島県の大隅半島東部、肝付町の「内之浦宇宙空間観測所」。同観測所には糸川博士の銅像が立ち、ロケット打ち上げを今も見守っている。

 一方、アメリカの技術を導入して開発され液体燃料を使うのがH2A、H2Bロケット。その後国産化され、最近ではH2Aが気象衛星「ひまわり」9号を、H2Bが国際宇宙ステーションへの無人貨物便「こうのとり」6号機を、JAXA種子島宇宙センターから打ち上げている。

 数トンの荷物を打ち上げるH2AやH2Bロケットと比べて、イプシロンロケットは590㎏(太陽同期軌道)の小型衛星を打ち上げる。現在、世界の人工衛星は超大型の衛星と小型の衛星に二極化している。イプシロンは2020年以降、ロケットを持たない主新興国の小型衛星などの打ち上げ市場を狙っている。小さな荷物を大型トラックで運ぶ必要はない。小型衛星は開発のスピードも速い。そのニーズに合わせてロケットも機動性高く、簡単に安く、タイムリーに打ち上げられるようにするのが、イプシロンロケットの目的なのだ。

内之浦の発射場を望む

 ロケットを打ち上げる発射場も注目してほしい。H2AやH2Bを打ち上げる種子島は「世界一美しい発射場」、内之浦は「世界一愛される発射場」と呼ばれている。内之浦では1962年に発射場が作られる前から婦人会が作業員におはぎを差し入れ、土木工事が遅れると自らシャベルを持ち作業を手伝ったそう。1970年、日本初の人工衛星「おおすみ」が打ち上げられるまで失敗が続いた時は、打ち上げ成功を祈願した千羽鶴が送られた。

 この千羽鶴贈呈は今も続いている。町ぐるみでロケット打ち上げや、それに関わる人々を温かく応援しているのだ。「内之浦の方たちは、一緒につるはしとシャベルで(発射場を)作った。自分の故郷でありホームグラウンドです」と森田プロマネも地元への感謝を語る。

ロケット見学に集う「宙ガール」

2016年11月2日に打ち上げられた気象衛星「ひまわり9号」を種子島の長谷公園で見る人たち。約1000人が島内外から集まった。日本旅行のロケット打ち上げツアーは完売し、急きょ増席したそう(提供:日本旅行)

 ロケット打ち上げは感動的だ。まばゆい光、遅れてくる音、そして全身に伝わる振動。夜の打ち上げながら一瞬で夜空が昼になり、その場にいる皆が空の一点を見上げる。音は人類が作り出すことができる一番大きい音だという。最近ではロケット打ち上げ延期や失敗が少なくなったことから、ロケット打ち上げを見るツアーが人気を呼んでいる。

 イプシロンロケット打ち上げでは「宙ガール宇宙教室コース」という女性専用ツアーが組まれたほどだ(「宙ガール」は株式会社ビクセンの登録商標)。ツアーを実施する日本旅行sola旅クラブによると、打ち上げを見たいとひとりで参加する女性参加者も近年多いそう。今回、筆者はこのツアーに合流し、宙ガールの皆さんと宇宙のお話をして、打ち上げ成功を目の当たりにすることができた。参加者たちは「満天の星空の中を突き抜けていき星になっていくロケットを見たのは最高の体験」と大満足だった。

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