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[ liberal arts-大学生の常識 ]

ニュースの見方(29)ソフトバンク孫社長の「英語力」は?
国際化社会を生き抜く条件

戸崎肇 authored by 戸崎肇大妻女子大学教授・経済学者
ニュースの見方(29) ソフトバンク孫社長の「英語力」は?国際化社会を生き抜く条件

 学生の皆さん、本年もよろしくお願いします。今回のテーマは英語力です。2016年12月6日、ソフトバンクグループの孫正義社長が米国の次期大統領であるトランプ氏と会談し、米国に5兆円の投資をすると発表して大きな話題となりました。誰もが予想しないような迅速さで米国に乗り込んでいってトップと直接交渉するというのは、さすが孫さんだからできることですね。

トランプ氏と面談したソフトバンクグループの孫社長(2016年12月6日、ニューヨークのトランプタワー)

ソフトバンクグループ社長の英語力は?

 大きな国際ビジネスの舞台で、自ら陣頭にたっていくつもの商談をまとめてきた孫さんの英語力とは果たしてどのようなものなのでしょう。

 これについて、『なぜあの人は中学英語で世界のトップを説得できるのか』(三木雄信、祥伝社)という本が出ています。「あの人」とは孫さんのことで、筆者は孫さんの秘書役として孫さんの海外でのスピーチなどに直接触れてきた人であり、本書の中で孫さんの英語力を分析しています。この本は、皆さんが日本語でプレゼンテーションをする際にでも大いに参考となることも紹介されていますので、是非一読をお薦めします。

 これによると、孫さんの英語はお世辞にも「うまい」英語とはいえないようです。日本語のなまりが強く、表現の幅も豊富とは言えないといいます。しかし、簡単な表現で的確に内容を抑え、非常に説得力を持っていると孫さんの英語力を高く評価しています。実際に孫さんがどのようなスピーチを行ったか、その内容も英文で掲載されていますので、その意見の妥当性は読者が実際に確かめることができます。

孫社長の英語力は?(2016年11月7日、都内で開いた決算説明会で話す孫社長)

まず大切な「伝えるべき内容」

 このことは私たち日本人にとってとても重要な示唆を与えてくれます。必要なのは、言いたいことをしっかりと正確に伝えることで、流暢に話すことではないのです。そして、何よりも「伝えるべき内容」がなければ、いくら流暢に英語が話せても、あまり意味がないのです。

 日本の英語教育に対する批判として、日本の英語教育は読み書きに偏重しているというのがあります。しかし、読み書きの能力はとても大事なのです。海外の情報をいち早く知って、ビジネスや研究に生かしていくためには、ネット上であれ、英語の文を読まなければなりません。高度専門職であればあるほど、あてはまります。

 何もネイティブ並みに、頭の中でも英語で考える必要は全くありません。頭の中では、日本語で考えればよいのです。また、英語を書くという訓練は文法の理解を深め、できるだけ正確な会話を交わすことにもつながります。ブロークンでもお互いに分かり合えばいいのですが、一定以上の地位になれば、話す内容が重視されるようになります。たとえたどたどしくても、「正しい」英語を話せる人が尊敬されることは万国共通でしょう。

英語を公用語にする功罪

 ここでいくつかの企業が社内での公用語を英語にしようとしていることについて考えてみましょう。外資系のコンサルティングファームや投資銀行のように、英語を駆使できなければ生き残っていけない業界では致し方ないことだと思います。しかし、いくら経済のグローバル化が進んでいるからといって、ほとんどの日本会社にとって、日常業務のレベルで英語での会話を強制しなければならない理由は考えられません。

 むしろ、本当に英語を社内公用語化することがその会社にとってどうしても必要かということを十分に検証することなく、英語を社内公用語化してしまえば、会話の内容の質は下がり、言いたいことは言えず、誤解が深まり、といったようにろくなことにはならないでしょう。端的に言えばコミュニケ―ションの質が低下し、その会社にとってはマイナスにしかならないと考えます。有益な情報は共有されず、隠れたところでの日本語によるインフォーマルな情報流通が促進され、社内の人間関係は分断されていくことでしょう。

講義も英語でという流れは?

 これは大学教育についても言われています。現在、グローバル化への対応として講義も英語で行うことを義務付けているところが増えています。しかし、極めて優秀な業績、才能をもちながら、たまたま英語が得意ではないために、十分な教育ができない人が実際に多数存在しています。そうした人々は教育の現場から駆逐され、学生は優れた講義を受ける機会を奪われてしまいます。その反面、ただ英語ができるからだというだけで教員に登用され、結果的に教育水準が全体的に低下するという事例が出ています。これは日本だけの話ではありません。

 逆に、過去においてある会社が、英語ができる帰国子女だけを採用した年がありました。海外に係る仕事が多いという理由からでした。この施策は見事に失敗しました。彼らは日本語がうまくできなかったからです。海外市場との関係が強いからといって、日常業務の拠点は日本にあります。クライアントのほとんどは日本人だったのです。クライアントに対して敬語も使えず、文書もまともに書けないといった惨憺たる状況になり、その会社は採用方針を見直さざるを得なくなりました。

 やはり重要なのは言葉を通して何を伝えるか、が重要なのです。中身のない会話はビジネスでは時間の浪費と見なされます。そのためには、普段から広く社会の在り方に問題意識をもち、それに対して、いわゆる「知識人」や「識者」の意見に振り回されない見解を持てるよう、自己研鑽を積むことが重要です。

 もちろん、英語を駆使できることの重要性を否定するものではありません。これまで述べてきたような内容を、「英語なんて別に一生懸命学ばなくてもいいんだ」という言い訳にはしてほしくありません。企業は英語力を自社の置かれた現況から、実際にどこまで踏み込んで社員に求めるのかをもっと実情に基づいて明確に提示すべきですし、学生の皆さんも、「表面的な語学力」というものに惑わされることなく、孫さんのような真の国際人に求められるような英語での発信力を身に着けていきましょう。

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