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[ skill up-自己成長 ]

未来の妻が
『海賊とよばれた男』の監督を生んだ
映画監督 山崎貴氏(上)

未来の妻が『海賊とよばれた男』の監督を生んだ映画監督 山崎貴氏(上)
(C)2016「海賊とよばれた男」製作委員会 (C)百田尚樹/講談社

 公開中の映画『海賊とよばれた男』の山崎貴監督に、師匠はいない。実写とCG(コンピューターグラフィックス)を組み合わせたVFX(視覚効果)の黎明(れいめい)期からその第一人者として活躍し、監督になってからは数多くヒット作を世に送り出してきた。頼れるのは本から得られた知識だけという状況のなか、どのようにしてVFXの表現を身につけ、映画監督になったのか。自らの立身出世物語を「裏口入学」「横入り」などの言葉で語る表情とは裏腹の、泥臭い格闘について聞いた。

◇   ◇   ◇

 子供のころ、雨で野球中継がなくなると、よくテレビで怪獣映画を放送していたんです。たしか、漫画の口絵か何かだったと思うんですけれども、その舞台裏を紹介する記事を読んだことがありました。それを見て、「あっ、中に人が入っているんだ!」と思った瞬間があったんです。そうか、ビルもミニチュアなんだ、と。

 うすうすは感づいていましたよ(笑)。でも、その時にはっきり認識したんです。「この仕事に就けば一生、怪獣ごっこができるんだ」って。「こりゃ、いいことを知ったぞ」という感じでした。

アルバイトから、制作会社に"裏口入社"

映画監督 山崎貴氏

 多作......そうですね、日本映画の監督としては多い方ですね。共同監督の作品もありますから、数え方にもよるんですが、今度の『海賊とよばれた男』で13本目かなぁ。最初のうちは2年に1本でしたが、途中からは年に1本のペースで撮っています。

 1つの作品を完成させるのに1年じゃとても足りないので、だいたい、複数の作品をオーバーラップしながらつくっています。そうせざるを得ない側面と、あえてそうしている側面の両方ありますね。映画って、興行成績が次の作品にものすごく影響するんです。善きにつけあしきにつけサイズ感が変わってしまうので、あまりそれに左右されずに撮りたいなというのがありまして。そうすれば監督寿命も少しは延びるんじゃないか、と。

 監督って、なるのはもちろんですけれど、続けるのも難しい。よく、どうすれば映画監督になれるんですかと聞かれますが、僕の場合、会社に入った経緯も「裏口入学」みたいなものだし、監督になったのもいわば「横入り」。助監督から下積みして監督になるという正規のルートをたどってはいないんです。だから、いつも答えに窮します。

 本格的に特撮の道に進もうと思ったのは13歳の時、『スター・ウォーズ』と『未知との遭遇』に出合ってからです。役者さんはリアルでも、その背景にCGや模型を使って現実にはない世界を作り出す。CGだけでつくったものは「フルCG作品」と呼ばれますが、VFXと言った場合、CGはその技法の一つになります。

 当時、日本ではまだVFXの第一人者みたいな人はいなくて、いわゆるピアノ線をつって戦闘機を飛ばしたり、着ぐるみを着たりするような昔ながらの特撮が中心の世界でした。僕の場合、たまたま通っていた専門学校にVFXに詳しい先生がいて、最初はその人から教えてもらって基礎の基礎を学びました。

 制作会社の白組(東京・渋谷)に入るきっかけは、アルバイトです。その頃、映画でVFXを使う機会はほとんどなかったのですが、CMでは、けっこうおもしろいことをやっていたんです。白組は当時、CMで使うアニメや映像をたくさん手がけていました。

 1年間は、バイトとしてミニチュア作りをやっていました。青山のオフィスで作業しているとその辺に接着剤はつけるし、シンナー臭いし、でみんなに迷惑がられながら。そうやってアルバイトをしていたら、島村(達雄)社長が「こいつは面白い」と思ってくれたみたいで、そのまま試験も受けずに入社できちゃった。その頃、CM業界はものすごく人気が高かったんです。倍率70倍くらいと聞きましたから、僕は完全に"裏口入社"です。

調布に建ったVFXの総合スタジオを任される

「すごく恵まれていましたけれど、その分、辛いこともたくさん経験しました」

 入社したのと同じ頃、調布に新しいVFXの総合スタジオが建ち、そこへ行ってくれと言われました。行ってみたら、巨大なおもちゃ箱のようでした。CGはもちろん、(コンピューターでカメラの動きを制御する)モーションコントロール撮影などもできる機材がずらりそろっていた。

 すでに活躍している人を連れてきてスタジオを運営させる手もあっただろう、と思います。でも、「お前、やってみろ」となった。すごく恵まれていましたけれど、その分、辛いこともたくさん経験しました。

 一番辛かったのは、本で得た知識がいかに使えないか、を日々、痛感させられたことです。当時は若気の至りで、機会さえ与えられれば俺はものすごい映像がつくれるんだぞ、と思っていました。でも、実際にやってみたら、全然、頭の中で思い描いたような映像にならないわけです。

 1つは照明技術の問題ですね。それと、模型の大きさ。ミニチュアを使う場合、大きければ大きいほどいいんですが、その分、コストもかかります。巨大な模型を撮影するには、それだけ大きなカメラシステムも必要になる。

後に妻となる佐藤嗣麻子監督の作品を手伝い、本気で「監督になるぞ」と決意した

 カツカツの予算で撮影していますから、どの部分を実写にして、何を模型にするか。模型にする場合でも、どのくらいの大きさが適切か。全体をつくると予算がかかり過ぎるから部分的でいいんじゃないかとか、既存の模型で間に合うならそれを使おうとか、VFXは事前の設計が重要なんです。与えられた条件の中で一番いい画を作るにはどうしたらいいかというのは、相当な経験を積まないとよくわからない。

 日本人は手先が器用なので、ミニチュアもだいたい小さく、細かくつくる傾向があります。そうすると、なかなか奥までフォーカスできなかったり。映像を合成するのにも、今だとデジタルを使い、パソコン上で簡単にできるんですが、当時は「オプチカル合成」といって、特殊な機材を使い、背景と実写素材のフィルムを光学的に処理しないと合成できなかったんです。

 ハリウッドのラボではそうした処理を頻繁に手がけていましたが、日本ではまだ、そうした処理はたまにある仕事にすぎない。なので、精度もなかなか上がっていかないし、こちらが出す指示に少しでもミスがあると、それをやり直してもらって戻ってくるまでに1週間くらいかかってしまう。それでも、自分がイメージしたものが100だとすると、5くらいのレベルにしかならなかったんです。

 外注に頼らず、インハウスで、しかもパソコンを使って合成できるようになったのはちょうど伊丹十三監督の『大病人』(1993年)を受けていたころで、手元で試行錯誤しながら映像の品質をコントロールできるんだとわかった瞬間は、舞い上がりました。

心から「監督になりたい!」と思った瞬間

 日本の場合、VFXメーンの映画は撮りにくかったですから、本当につくりたい映像をつくるには、自分で企画した映画を監督するしかない。監督になりたいという気持ちは、最初からありました。でも、そういうのって言いにくいし、照れるわけですよ。なれないことが大半なので。

 これはちょっと笑い話なんですけれども、本気で「監督になるぞ」と決意したのは、後に妻となる佐藤嗣麻子監督の『エコエコアザラク』を手伝った時なんです。魔女が黒魔術を使う話なのでVFXなしでは成立しないんですが、「そのための予算がない」と彼女が言う。籍は入れていませんでしたが、ほぼ結婚していたようなものでしたから、「じゃあ、ご厚意で僕がやりましょうか」ということになったんです。

 終業のタイムカードを押してから1人でコツコツ作業するような仕事だったのに、ものすごい量のオーダーが遠慮なしにふってくるわけです。こっちはボロボロになりながらやっているのに、「こんなんじゃ使えない」とか、「こんなものにクレジットが付いて、山崎君は恥ずかしくないの!」とか、厳しいこともバンバン言われて。

 それでも、仕事はメチャクチャおもしろいんですよ。散々やりたかったことだし、それまでお手伝いしていた伊丹映画では絶対に出てこないようなシーンが次々と出てくる。

 面白さと辛さがあまりにも極端だったから、その時、すっごく思ったんですね。「こんなにつらい思いをするんだったら、自分が監督になって、自分のために苦労した方が絶対にいい!」って。ホント、心の底からそう思いました。「こいつの作品を手伝うくらいだったら、絶対に監督になってやるぞ!」と。

山崎貴氏(やまざき・たかし)
 1964年、長野県生まれ。1986年、阿佐ヶ谷美術専門学校卒業と同時に白組入社。2000年、『ジュブナイル』で映画監督デビュー。CGによる高度なビジュアルを駆使した映像表現・VFXの第一人者として活躍。05年には『ALWAYS 三丁目の夕日』が日本アカデミー賞において計12部門で最優秀賞を受賞。『SPACE BATTLESHIP ヤマト』(10年)、『STAND BY ME ドラえもん』(14年/八木竜一との共同監督)など多くの大作・話題作を手がけ、『永遠の0』(13年)は14年の年間邦画興行収入1位のメガヒットとなった。最新作は『海賊とよばれた男』

(ライター 曲沼美恵)

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(C)2016「海賊とよばれた男」製作委員会 (C)百田尚樹/講談社

海賊とよばれた男 百田尚樹の400万部を超えるベストセラー小説を、やはり百田原作の大ヒット映画『永遠の0』と同じく山崎貴監督、岡田准一主演で映画化した。出光興産の創業者、出光佐三をモデルにした北九州の名もなき青年、国岡鐡造(てつぞう)は奇想天外な発想と型破りの行動力で石油元売りとして身を興す。敗戦後、欧米の国際石油資本(メジャー)と対立し、輸入ルートを封鎖されると、産油国イランへ秘密裏に巨大タンカーを派遣する賭けに出た。それはイランと石油権益を争う英国を敵に回すことを意味した。果たしてタンカーは英国艦隊の目をかいくぐり、無事に日本に帰還することができるのか......。全国東宝系で2016年12月10日(土)公開。

[日経電子版2016年12月1日付]

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