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[ liberal arts-大学生の常識 ]

悩み、そして恐れよ
成人式を迎えた君たちへ

池上彰 authored by 池上彰
悩み、そして恐れよ<br />成人式を迎えた君たちへ

 成人式を迎えた皆さん、おめでとう。大人の仲間入りといわれても、なかなか実感がわいてこないかもしれませんね。そこで今回は、私自身の体験も踏まえつつ、生きるということの意味を考えてみましょう。君たちが生まれ育ったおよそ20年間に、日本と世界でどんなことが起きたのか併せて振り返ります。

「ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい」

 私が20歳の頃に読んだ文章です。いたく共感したことを覚えています。成人式を迎えた君たちに、この文章を贈ります。

 これは、フランスの作家・思想家のポール・ニザンの『アデン・アラビア』の冒頭です(篠田浩一郎訳・晶文社刊)。

人生に恐れを持てば自省的に

 「成人式おめでとう」などと他人から声をかけられても、表面的には「ありがとうございます」とお礼を言いつつ、内面では苦悩と恐れ、葛藤を抱え、どうしていいか不安に苛(さいな)まれている。青春とは、そんなものです。

記念写真に納まる福島県楢葉町の新成人。震災後、初めて町内で成人式が開かれた(2016年1月10日、楢葉町)

 この本の中で、ニザンはこうも語っています。

「世の中でおのれがどんな役割を果しているのか知るのは辛いことだ」

 社会の中で、自分の存在など、しょせん小さなもの。そう考えては、落ち込んでしまう。私もそうでした。自暴自棄になることもありました。

 しかし、いまになってわかります。それが若さというものなのだと。

 社会に出て、人間関係に揉(も)まれ、仕事の上での難題を切り抜けていくうちに、いつしか人は理想を失い、感性を摩滅させ、恐れを知らなくなっていきます。これが、年を取るということでしょう。

 これは怖いことです。恐れを知らなくなることを恐れよ。私はこう言いたいのです。

 人生への恐れを持つことは若さの特権です。

 人生への恐れを持っていれば、自分の思想や行動に自省的になり、驕(おご)り高ぶることもなく、大きな過ちをしなくなるのだと思います。

 時代と場所を超え、この認識は人々の共通認識になっています。

 1970年代後半、森田公一とトップギャランが歌った『青春時代』(阿久悠作詞)が大ヒットしました。

 私も20代で、よく口ずさんだものです。大人になって初めて気づく青春時代の迷いや懐かしさを見事に描いた歌詞は、いまも多くの日本人の心に響きます。

 成人式の帰り道、カラオケで歌詞を追ってみてはいかがでしょう。

 ここで少し君たちの人生を振り返りましょう。君たちにはすでに年表の出来事かもしれませんが、ニュースは自らの人生の記憶に重なってくるものです。

 君たちの多くが生まれた直後の1997年は、日本国内の金融機関が相次ぎ経営破綻しました。「次はどこの金融機関が破綻するのか」と、不安に怯(おび)えた人も多かったのですが、金融機関同士が合併を繰り返し、茨(いばら)の道を越えて、日本のメガバンクが誕生。2008年のリーマン・ショックが襲っても耐えられるだけの体力をつけていました。

津波で打ち上げられた漁船(2011年3月19日、宮城県気仙沼市)

 1998年は長野冬季五輪。日本男子ジャンプの劇的な金メダルは人々の心を熱くしました。

 2001年9月の米国同時多発テロ「9.11」で、世界は激変しました。

 このとき君たちはまだ小学校にも通っていませんでしたね。何が起きたかは、もはや歴史として学ぶしかありません。世の大人たちとのジェネレーションギャップを感じる一番のテーマではないでしょうか。

 ここから世界は「テロの時代」あるいは「テロとの戦い」の時代に突入します。

 2002年にはサッカーワールドカップが日韓共同開催でした。それまで険悪だった日韓関係が、このあたりから雪解けムードになるのですが、いままた関係がギクシャクしています。

 そして2011年の東日本大震災。想定外という言葉が飛び交いました。このとき君たちは中学生。さすがに鮮明な記憶があるでしょう。東京電力福島第1原子力発電所の事故の処理はいまも続き、廃炉にかかる費用は増え続けています。

「関係ない」では済まされなく

 そして去年。18歳以上に選挙権が与えられました。成人になる前に投票した人も多かったことでしょう。

 若者たちの政治意識は高まるのか。期待された投票率でした。たしかに18歳の投票率は、20代の人たちよりは高かったのですが、高齢者よりは低いままでした。

東京工業大学での講義

 わずか20年を振り返っただけでも、日本も世界も大きく変わったことがわかります。君たちの責任ではない事態によって、君たちにも大きな影響がある。これが歴史というものであり、人生なのです。

 でも、成人となった以上、今後は「知らなかった」「自分たちには関係ない」「我々の責任ではない」とは言えなくなるのです。

 そんな君たちに、もう一つ有名な詩を贈ります。いつまでも若くありたいと願う大人たちが愛してきた詩です。

「青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。(中略)年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる」(サミュエル・ウルマン 岡田義夫訳『青春』)

[日本経済新聞朝刊2017年1月9日付、「18歳プラス」面「池上彰の大岡山通信 若者たちへ」より転載]

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