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深層学習の威力、
衛星画像で最適な出店地域探る

深層学習の威力、衛星画像で最適な出店地域探る

 人工知能(AI)によって、これから数え切れないビジネスが生みだされていく。核になるのは、画像の特徴を自分で見つける深層学習のテクノロジーだ。世界が、宇宙やサイバー空間といったフロンティアで応用を競い始めた。

 2022年。東京五輪が終わって2年たつこのころ、50基の小さな人工衛星が、地球をまるく取り囲んでいる。ひとつひとつの衛星がつねに地上を撮影し、AIが変化をよみとっている。

 これは、宇宙ベンチャーのアクセルスペース(東京・千代田、中村友哉社長)が実際に計画しているプロジェクトだ。企業への画像提供サービス「アクセルグローブ」のことで、17年後半から、サービス用の超小型衛星グルースを順次打ち上げていく。

 17年は、旧ソビエト連邦が人類初の人工衛星であるスプートニク1号を打ち上げて60年目となる。当時はAIという言葉が生まれたばかりで、衛星と結びつくことはなかった。中村社長は、いま衛星を打ち上げるならAIが欠かせないと確信している。「深層学習によって宇宙のビッグデータを活用する時代だ」

 同社はこれまで小型で安い衛星のメーカーとして注目されてきたが、有力なデジタル企業になろうとしている。社員21人のうちデータサイエンティストが10人近くいる。

気候情報と併せ

 衛星から撮影した画像というだけでは、地図サービスのグーグルアースと変わらない。何をどのように読み取るのか。

 同社の深層学習システムは地上にある。衛星から毎日、大量のデータが送られてくる。衛星がとらえる範囲は全球にわたっており、北極から南極、ヒマラヤからアマゾン、ニューヨークからシリア・アレッポまで。地上をとらえるスコープの大きさは2.5メートルで、自動車を識別できる。プライバシーを考え、人間までは認識できない精度だ。

 50基打ち上げられると、システムが1年間に受け取る画像は8ペタ(ペタは1千兆)バイトにおよぶ。取り込んだデジタル画像のどれが山で、どれが海なのか。ビル、農地、森林、店舗、自動車は――。人間がそれらの特徴をシステムに設定しておかなくても、山を山として、農地を農地として認識するようになる。

 地上の画像を十分に学んだあとは、画像のわずかな変化をとらえ、蓄積していく。

 アクセルグローブの利用者としてはまず小売りや商社、農家が有望。小売店が出店するかどうか迷っている地域があるとしよう。もしその地域に他社の店があれば、アクセルグローブの出番だ。

 店舗周辺の駐車場の自動車台数データから、来店者数が読める。小売り会社は、寒暖など地域の気候データと組み合わせれば「この地域では、気温がここまで上がると客足がぐっと減る」などと地域ごとの消費動向を推定できる。

 農業のケースでは農地が広大だったり、遠く離れていたりしても、宇宙から見れば作物の成長度合いをリアルタイムに把握できる。商社は成長のデータを売買の材料に使える。世界の穀物価格の指標になるシカゴ・マーカンタイル取引所の先物取引にも影響を与える。気候データも合わせて使えば肥料やり、収穫時期を見極める材料になる。

パートナー募る

 同社は宇宙ビッグデータの有効活用のため、パートナー企業を募っている。将来、パートナー企業が画像データシステムを自由に使い、ビジネスを開発できるプラットフォームをつくる。すでに電通がマーケティングでの活用をみすえ、協業を決めた。

 「我々が目指すのは宇宙のアップル」。中村社長は、iPhone(アイフォーン)などを生み出して様々な他社のサービスを誘発したアップルに、自社の将来像を重ねている。

 アクセルスペースは世界の有力企業と戦う必要がある。米グーグルは14年、衛星開発のスカイボックス・イメージング(現テラベラ)を買収。画像の提供にとどまらず、分析に力を入れる方針を示している。

 宇宙利用分野は国家プロジェクトだった。日本は米航空宇宙局(NASA)を追って予算を投じてきた。野村総合研究所の佐藤将史上級コンサルタントは「世界の宇宙利用は国主導から民間主導へシフトしつつある」と語る。通信や放送を目的とした従来の衛星に加え、宇宙ビッグデータを狙った打ち上げ企業が出てくると見込まれる。

 日本はインターネット分野で米国に圧倒された。だが、AI分野はまだそれほどではない。深層学習が注目されたのはここ数年の話だ。佐藤氏は、日本勢は「AIなどを利用してデータビジネスからアプローチする必要がある」と指摘する。

 日本では16年11月9日、宇宙開発への民間企業の参入をうながすため、人工衛星の打ち上げを一定の基準を満たした企業にも認めることを柱とした宇宙活動法など、宇宙関連の2法案が成立した。衛星を載せるロケットも含め、宇宙ビジネスの素地は整った。

生命の探索 効率アップ

 英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのインゴ・ワルトマン研究員は、生命のいる惑星や、地球外生命体を探している。ワルトマン氏は、人類がAIによって、宇宙や生命の謎により近づけると確信している。

 ワルトマン氏は、地上600キロメートルを周回しているハッブル宇宙望遠鏡の画像から、生命のサインをみつけようとしている。生物が住みつく最低条件である水はないか。生命活動の存在を示す二酸化炭素、メタンなどの気体はないか。

ワルトマン研究員はAIによって宇宙や生命の謎に近づけると確信する

 研究の手がかりは、スペクトルと呼ぶ光の波長にある。

 惑星のまわりには、さまざまな気体がとりまいている。惑星から望遠鏡へ光がのびていくとき、気体を通り抜けていく。すると、気体の種類によって、通り抜けたあとの光の波長が違ってくる。ワルトマン氏はこの光の波長を分析している。

 「深層学習によって、気体をひとつ見つける作業は20秒になった」。ワルトマン氏はAIの効果を説明している。研究メンバーがデータとにらめっこしていたこれまで、数週間かかっていた作業だった。

 1年前から8人の大学チームを率い、深層学習システム「ロバート」を開発した。8万6千件におよぶ光データを学習させ、自ら精度を高められるよう設計した。システムは自動で宇宙のノイズを取り除き、途切れたスペクトルでもパターンを推定してくれる。

 「今の精度は98%ある」。ワルトマン氏は満足げだ。今後、データを読み込めば、能力はもっと上がっていく。

 ロバートの本格稼働は、NASAが18年にも打ち上げるジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡からデータが得られるようになってからだ。ハッブルの後継となる。ワルトマン氏のチームは現在、30を超す惑星を対象にデータ分析を進めているが、最大100ほどの惑星を分析できるようになる。

 「ほかの惑星がどのように生まれたかわかれば、私たちの太陽系の誕生や、さらには生命の誕生について知ることができる」。人類のフロンティアに深層学習が欠かせないというわけだ。

 では、深層学習によってその根源的な謎に、私たちはいつ、どれくらいまで近づけるのだろう。

 ワルトマン氏はこう答えている。「20年後には、生命のいる惑星を見つけられるだろう」

 あらゆるモノがネットにつながる「IoT」、ビッグデータ、AIによるデジタル革命の影響の大きさは産業革命にたとえられる。私たちの暮らし、ビジネス、価値観を大きく変えると見込まれるからだ。

 宇宙は人類にとって大きなフロンティア。そこに深層学習で挑もうとするアクセルスペースのビッグデータビジネス、ワルトマン氏による地球外生命体の研究といった取り組みは、新しい時代のうねりを作っていく。

奇跡は創れる

 イノベーションは偶然から生まれることがある。ノーベル賞を取る研究でもそうだ。

 英国のアレクサンダー・フレミングは1928年、ブドウ球菌を培養中、誤って落ちたカビの周囲だけ菌が繁殖していないと気づき、抗生物質ペニシリンの開発につなげた。田中耕一島津製作所シニアフェローによる質量分析法の開発では、試料調合に本来関係のないグリセリンを使った。

 この偶然で幸運な発見はセレンディピティと呼ばれ、科学界ではよく知られている。運との出合い、奇跡ともいえる。

 日本で、セレンディピティを計画的に創り出してしまおうという国家プロジェクトが進んでいる。人工知能(AI)のディープラーニング(深層学習)が使われている。

希少な細胞、1日で発見

 16年10月、東京都文京区の東京大学本郷キャンパス。理学部棟の研究室の中で、細胞を映すモニター、つまみがついた計器、多くの機械が配線でつながれていた。「セレンディピターという細胞検索エンジンの開発中です」。プロジェクト責任者、同大大学院理学系研究科の合田圭介教授が言った。

 プロジェクトの目標は「数年かかる希少な細胞の発見を24時間でおこなう」こと。血中濃度が100億分の1以下とされるがんの親玉、がん幹細胞を効率よくさがす。

 がん細胞を次々つくりだすとされるがん幹細胞は、97年に白血病で初めて見つかったばかり。見つけるのが難しく、発見すれば著名論文誌に掲載されることもある。

 セレンディピターの中で深層学習は、1個ずつ流れてくる血液中の細胞が、がん幹細胞かどうか見極める。細胞はどれも少しずつかたちが違うため、自分で類推して「これはがん幹細胞」と判別する。そして、がん幹細胞だけ取り分ける。

 「判別の精度は専門家並み」。開発にたずさわるAIベンチャー、エルピクセル(東京・文京、島原佑基社長)の技術アドバイザーで、同大学大学院の朽名夏麿准教授は説明する。

 セレンディピターに学ばせた画像は、100枚しかない。従来のAIで同じ精度を出そうとしたら1万枚要る。希少な細胞の画像が集まる時を待っていては、世界の研究者がしのぎを削る分野でおくれをとる。

 プロジェクトでは「スーパーミドリムシ」の発見も計画されている。ミドリムシを燃料に生かすユーグレナが参画。燃料の原料となる脂質を豊富に生産する希少な細胞をみつける。

 セレンディピターの要素技術であるAIや細胞の高速撮影などはほぼできあがり、連動させる検証に入る。完成目標は2020年。「めどが立てばベンチャーをつくる」

 12年時点で世界で新たにがんと診断された患者は1410万人おり、増えている。がん死の9割の原因は転移によるもので、がん幹細胞が引き起こすといわれる。はたらきを解明すれば転移や再発をとめる薬、治療法の開発に役立つ。

合田教授はセレンディピターの開発リーダーを務めている

 合田氏はセレンディピターを1台数千万円程度でつくりたいという。高度な医療機器が低コストで普及すれば、がん研究に果たす役割は大きい。

 合田氏は42歳。01年に米カリフォルニア大バークレー校物理学科を出て、米マサチューセッツ工科大で物理学の博士号を取った。セレンディピター計画は14年から始まった。文部科学省が30億円の予算を設けて走りはじめ、合田氏は京都大学や理化学研究所など10を超す機関、研究者200人のトップに立つ。

 科学の世界にくらべ、私たちの暮らしはずっと偶然にあふれている。結婚相手に出会うことも、そのうちのひとつだ。

婚活も支援

 IBJは48万人の会員を抱える結婚情報サービスの大手。ウェブサイトを介して月に1万7千人が交際を始める。サイトにはプロフィルとして写真、年収、職業、居住地、自己紹介などが載っている。相手を探すときは年収や職業の項目から条件を指定して検索する。

 中本哲宏副社長は計画中の新システムについて「今までのシステムで出会わなかった2人でもAIを使えば出会えるかもしれない」と説明する。

 「年収1千万円以上の人」と検索し、もれてしまった人は婚活の検討の対象にもならない。ただ、その中からも、AIが候補を拾い上げる。サイトの閲覧履歴データから、AIが「神奈川県に住んでいる人が気になるようだね。年収は条件より低くて検索外になったけど、この人ならどう?」と教えるイメージだ。

 共同開発している東大大学院の山崎俊彦准教授は「実験ではマッチング成功率が高まった」と話し、AIの効果とみている。相手にメールを出し、返信のあった割合が、以前の5~10%から最大15%へ上がった。IBJは17年春に新システムを稼働させる。

 50歳までに結婚しない男性は5人に1人おり、女性は10人に1人(10年時点)。どちらも1995年の2倍だ。人口減少を少しでも食い止めるために、AIを使う手があるのではないか。

 AIは統計処理の技術であり、効率を高めることがとても得意だ。そのパワーは大きく、偶然を必然に変える時代がくるかもしれない。

深層学習 英語でディープラーニング。機械が画像をよみ、自ら特徴を見いだす。画像認識の確かさを競う2012年の国際大会でカナダの大学がこの技術で優勝、研究者を驚かせた。 たとえば、たくさんの猫の画像をみせると「耳が三角」「ひげがある」と容姿の特徴を見つけていく。十分に学べば、様々な物が写った画像の中から猫を見つけられる。人間が、特別に猫について教えられなくても自分でどんな存在か理解していくのと似ている。
 これまでは、人間があらかじめ「耳が三角」など特徴を設定し、機械に教えないと猫を判別できなかった。これは、親が子供に「あそこに猫がいる。猫というのは耳が...」と教えていくのとそっくり。特徴をうまく設定することが技術者の腕の見せ所だった。
 深層学習を使うには大量のデータが欠かせない。ビッグデータをすでに持つ企業にとっては、深層学習の活用の余地が大きい。

(野村和博、世瀬周一郎、千住貞保)[日経産業新聞2016年11月28日、29日付、日経電子版から転載]

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