日本経済新聞 関連サイト

OK
[ career-働き方 ]

劣化しづらいビール
新品種で商品力をアップ

劣化しづらいビール<br />新品種で商品力をアップ

 時間の経過で品質が劣化するビール。その速度を少しでも遅らせることはできないか。そんな問題意識を持ってビール原料の大麦の育種に取り組んだのがサッポロビールだ。遺伝子操作に頼らずに、交配を繰り返して狙い通りの品種を生み出した。2014年から主力ビール「黒ラベル」に使われている。その成果は新興国市場の開拓にも貢献する。

時間とともにマズくなる

 フタを開けたばかりなのになんだか紙のようなにおいがする――。缶ビールを飲もうとしたときにこんな経験をした人もいるのではないか。ビールの風味を損なうにおいの「犯人」は「T2N」と呼ばれる物質だ。

 T2Nは、ビールに含まれている脂質が「リポキシゲナーゼ」という酵素で分解されてできる。言い換えれば、リポキシゲナーゼを持たない大麦を原料にすれば劣化を防げる。今から約15年前にそんな発想をしたのがサッポロビールだ。

 最初に設定した課題は「リポキシゲナーゼを持たない大麦を探せ」だった。パートナーとなったのがサッポロと学術交流していた岡山大学(岡山市)だった。

 通常の大麦には「LOX」と呼ばれる遺伝子があり、これがリポキシゲナーゼを作り出す。岡山大には大麦の遺伝子に関する情報を蓄積した「遺伝子バンク」がある。サッポロと岡山大は遺伝子スクリーニング技術を使い、数万にも及ぶ品種の中からLOXが欠如した品種を探し出した。見つかったのは6種類で、すべてインド在来の品種だった。

交配を重ねる

 だが、話はこれで終わらない。うまみのもとになるエキスや発酵に必要な酵素を含まないので、そのままではビール醸造に使えなかったのだ。

 「探しても見つからないなら作るしかない」。サッポロは課題を設定し直した。

 遺伝子操作をすれば早くできるかもしれないが、食の安全に敏感な消費者の支持を得られなくなる可能性がある。サッポロが選んだ手法は品種改良法の発展だ。

 仕組みはこうだ。既存品種「りょうふう」と、LOXがない品種の1つの「SBOU2」を交配させる。それによって得られる株は、双方の遺伝情報を半分ずつ持つ。その中からLOXを持たない株を選び、再びりょうふうと掛け合わせる。

 年1回の交配の頻度を2回にするため、季節が逆転する北海道と南半球のニュージーランドを往復した。交配を8回繰り返した結果、得られる株の99%は「エキスや発酵に必要な酵素はあるが、LOXはない」(サッポロ購買部の保木健宏氏)という品種になった。

 サッポロはここから優れた株を選んだ。「札育2号」だ。札育2号は14年から試験的に栽培されており、収穫したものは黒ラベルにも使われている。

 効果は明確に表れた。札育2号を使った黒ラベルでは、T2Nはほとんど増えない。セ氏30度の環境で1カ月間置いた後で比べると、札育2号のエビスに含まれているT2Nの量は、そうでないエビスよりおよそ3割少なかった。風味を調べる官能検査でも劣化臭が弱かった。

将来は100%に

 現時点での札育2号の生産量は700トン程度と、サッポロが国内外から仕入れる大麦・麦芽の1%程度にすぎない。だが、カナダやオーストラリアでも栽培を始めており、将来は100%にする計画だ。実現すればサッポロの商品競争力が向上するのは確実だ。

 札育2号にはもうひとつ重要な効果がある。

 人口減少で国内ビール市場は縮小しており、ビール各社は海外に活路を求めている。とはいえ、商品を輸送するためのインフラがすべての国で日本のように整っているわけではない。

 サッポロが事業を展開しているアジアなどの新興国では、工場から消費者の手元に商品が届くまで時間がかかってしまい、風味が落ちるリスクも高くなる。高品質を売りにする日本のビールにとって足かせになりかねない。札育2号はインフラの壁を乗り越える力も秘めている。

品種活用進まず商機逃す

 サッポロがビール原料の育種の重要性を痛感した出来事がある。世界的に盛り上がるクラフトビールブームで注目を集めているホップ「ソラチエース」。これを開発して1984年に品種登録したのがサッポロだ。しかし、サッポロはソラチエースの活用を進められず、権利すら失っていたのだ。

 ソラチエースの特徴は「松やヒノキ」とも表現される独特の香りだ。多収量のうえ、苦みの強さも高く評価されていた。だが、品種登録した直後の80年代後半は純粋な風味の「ピルスナー」タイプがもてはやされていたため、使われなくなってしまった。

 ソラチエースが再び日の目を見たのは2000年代になってからだ。

サッポロビールのホップ研究圃場で新品種の生育状況を確認する鯉江上席研究員

 米国のビール界で著名なホップ農場の経営者がたまたまオレゴン州立大学に残っていたソラチエースの株を見つけた。強烈な個性に魅了され、台頭し始めていたクラフトビール各社に紹介した。今では、ベルギーのデュベルや米ブルックリン・ブルワリーといった著名メーカーがソラチエースの名を冠した製品を作っている。サッポロは大きな商機を逃した。

 その反省に基づき、ソラチエースを生み出したサッポロの北海道原料研究センター(北海道上富良野町)では、新たな品種が育成されている。

 例えば10年に登録された「フラノビューティ」。強いかんきつ香が特徴で、このホップを使って毎年限定醸造するビール「富良野シトラス」はすぐに完売するほどの人気ぶりだ。

 海外では、大麦やホップの育種は農家や公的機関が手掛ける例が多い。サッポロの北海道源流研究センターの鯉江弘一朗上席研究員は「農家が研究すれば収量を重視しがちになる。ビール会社だからこそ、新しい風味を出そうという意志が強くなる」と語る。

課題解決、農家と共に

 企業の取り組みは良質な農産物の研究開発にとどまらない。現場で栽培を担う農家との連携も高付加価値品の生産に欠かせなくなっている。農業を取り巻く環境は厳しさを増しているが、企業はどう生産現場と向き合っているのか。カルビーとカゴメ、両社の努力からは食品メーカーと農家のあるべき連携の姿が浮かび上がる。

 16年9月上旬の北海道帯広市。内陸に広がる約4ヘクタールの畑の一画で、ジャガイモの収穫が始められていた。「今年が初収穫の品種があるんです」。ここで農業を営む広瀬貢弘さんは感慨深そうに口にする。

 収穫されたジャガイモの名は「ぽろしり」。大手菓子メーカーのカルビーが開発した新品種だ。主力製品「ポテトチップス」向けに、揚げた時に焦げる原因となる糖度を抑えた品種で、本格的に栽培を始めたのは今年からという。

 「ぽろしりは病気にも強い」。広瀬さんはこうも話す。実は同品種、加工がしやすいだけでなく、栽培を担う農家にとっても心強い強みを持つ。ジャガイモ農家が頭を悩ます問題の一つに、作物表面に大きな班が出る「そうか病」がある。ぽろしりはそうか病が発生しにくい性質も持ち、まさに農家が長年訴えていた悩みが反映された品種だという。

 「農家とは日々情報交換していますから」とは同社のジャガイモ調達子会社、カルビーポテト(同市)の白井亮一氏。カルビーは農家と寄り添う上で、「フィールドマン」と呼ぶ専門職を置く。白井氏も約40人いるフィールドマンの内の一人で、カルビーと農家をつなぐ橋渡し役を担って20年近くたつ。

 1980年に始まった同制度では、契約圃場を持つ全国の産地にフィールドマンを置き、農家を下支えしている。仕事内容は多岐にわたり、畑での栽培方法の指導から、農家向けの勉強会の開催、必要とあれば農機具のレンタルの相談にも応じる。地元の農業協同組合からのサポートも受けながら、生産現場での課題に向き合う。新品種のぽろしりも、日々の密なやり取りが役立った品種だ。

 父の代から30年以上、カルビーグループとの付き合いを持つ広瀬さんも「代替わりする農家が増えるなか、助けられている部分は大きい」と強調する。それは逆もしかりで、国内生産量の約10%の年間28.5万トンのジャガイモを使うカルビーにとって、必要量の確保は事業の生命線。「品質のいいものをしっかりと生産してくれる農家の存在はありがたい」(白井氏)

 ジャガイモは他の農作物に比べて栽培に手間がかかるため、国内全体では作付面積が減少傾向だ。ただ、カルビーグループの契約農家に限ると増えており、2015年の契約面積は約7100ヘクタールと11年比で700ヘクタール近く拡大している。互いに助け合いながら農家と歩む、この制度がカルビーの製品作りの土台となっている。

畑は第一の工場

 カゴメも長年「畑は第一の工場」との哲学を掲げ、他メーカーが敬遠しがちな原料農地に深く関わる企業の一つだ。

 トマトの品種開発に取り組むイノベーション本部の農資源開発部の山岡浩一氏は、「農家の声を聞きながら改良を続けてきた」と話す。代表的なのが、スーパーなどでみかけるトマトに付いている"ヘタ"への取り組みだ。

 一般にトマトはヘタが付いた状態で収穫されるが、この部分がジュースに含まれると味が損なわれるため、ジュースに使うにはヘタは取り除く必要があるという。ただ、この作業は同社の契約農家にとって大きな負担となっていた。

 カゴメは品種改良を進めることで、収穫時にヘタごと取れる品種を開発。90年代初頭まではヘタがついたトマトだったが、徐々にヘタごと取れる品種に置き換えていき、現在はジュースなどに使う加工用トマトは全てヘタが取れるものになっているという。

 その他にも、温暖化の影響を見越して、温暖な地域で発生しやすい病気に高い抵抗力のあるトマトも開発した。同社の品種開発の背景には常に生産者との対話があるが、「畑は第一の工場」の理念は生産現場にも浸透している。

 福島県にある同社最大の直営生鮮トマト菜園「いわき小名浜菜園」では、温室内の環境をコンピュータが自動制御する。

 トマトの原産地といわれる南米アンデス地域の環境に近づけることで周年栽培を可能にする。カゴメは広島や和歌山、福岡にもトマトの大規模菜園を持ち、全てに「生育環境制御システム」を導入している。

 機械だけではなく、人もトマトの品質を保つために活躍している。カゴメにも、フィールドマンと呼ばれる農業のプロがいる。契約農家の畑の巡回にはじまり、カゴメ独自の栽培指導やアドバイス、農薬使用の厳格なチェック体制の構築などを担う。

 全9人のフィールドマンのリーダーは、農事業本部調達部加工調達グループ課長の久保克己氏だ。久保氏は契約農家をビジネスパートナーではなく「仲間」だと話す。生産者と二人三脚で事業を拡大してきたカゴメのDNAは今後も引き継がれていく。

 担い手の高齢化や後継者不足など、農業はこれまでにない苦境に直面している。ただ、技術や資本を持つ食品メーカーとの連携が進めば、双方が変わる余地は十分に残されている。
[日経産業新聞2016年11月2日、4日付、日経電子版から転載]

「日経College Cafe」のお勧め記事はこちら>>