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[ liberal arts-大学生の常識 ]

恋愛SF、若者つかむストーリー
「時空の壁」切ない

恋愛SF、若者つかむストーリー「時空の壁」切ない

 若い恋人同士の距離感やすれ違いをSF的な設定で生み出した小説や漫画が若者の心をつかんでいる。SFと恋愛を絡めた作品は昔からあるが、なぜ今、多くの支持を得ているのだろうか。

 幼い頃に両親が離婚、父親と暮らすか、母親と暮らすか。人生の大きな分岐点で、もし違う選択をしていたら......。ありえたかもしれない世界、いわゆる「並行世界(パラレルワールド)」が舞台の恋愛小説が話題を呼んでいる。2016年6月に同時刊行された乙野四方字著「僕が愛したすべての君へ」「君を愛したひとりの僕へ」(ハヤカワ文庫)だ。

別世界に違う自分

 いずれも主人公は暦という男性。「僕が―」では母と暮らし、「君を―」では父を選んでいる。それぞれで異なる女性との出会いを契機に暦は並行世界にいざなわれる。さらに人生の様々な岐路ごとに新たな並行世界が登場。暦と女性との恋愛を軸に描かれ、甘く幸せなこともあれば、身を切り裂かれるような不幸な出来事が起こることもある。

小説の舞台である大分市内の交差点は表紙にも描かれ、同地から人気に火が付いた

 読者の中心は中高生。物語の舞台で乙野の出身地である大分で人気に火が付き、累計発行部数は15万部に達した。乙野はこれまでライトノベルやゲームの原案などを手がけてきた。今回SF的な仕掛けを施したことについて「過去にタイムスリップして大事な人を救っても、当人は幸せでも過去が書き換わったことで不幸になる人もいる。こうした都合のいい展開には疑問だった。だから全ての並行世界に自分が生きているという設定にした」と話す。

 伝えたかったのは「並行世界を行き来できても自分の都合で人生を書き換えてはいけない、今の自分があるのは偶然の選択の積み重ねで、今を生きることが大事だ」ということ。ストレートなメッセージといちずな恋愛が絡んでヒットにつながったと乙野はみる。

 並行世界を舞台にした漫画では高野苺の「orange(オレンジ)」(双葉社)も人気を集める。高校2年の春、女子高生の元に10年後の自分から手紙が届く。そこには好きな人の身に不幸が起きると書かれており、彼女は未来を変えようと奮闘する。累計470万部を超え、実写映画やアニメにもなった。

 「ぼく明日」の通称を持つ小説「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」(七月隆文著、宝島社文庫)は発行部数が150万部を突破した。主人公は京都の美大に通う男性。電車の中で見かけた女性に一目ぼれし、交際にこぎつけるが、ある日、女性の思いも寄らぬ謎が明らかになる。

 男女の純愛とすれ違いを2人に流れる異なる時間軸を設定することでファンタスティックに描く。「10~20代の女性を中心に読者からは『切ない』『泣ける』と評判になり爆発的なヒットにつながった」(同社)。漫画化もされ、福士蒼汰、小松菜奈主演の同名映画が公開された。

SFと「好相性」

自著の舞台である大分市内の交差点に立つ乙野さん

 恋愛とSFを組み合わせた作品は、筒井康隆著「時をかける少女」など国内外で数多く創作されてきた。SFに詳しい翻訳家の大森望氏は「恋愛小説の醍醐味は2人の間に立ちはだかる障害をいかに克服するか。空間や時間という人のコントロールが及ばない障害を設定できるSF的設定は相性がいい」と指摘する。

 SF的な仕掛けといえばアニメ映画「君の名は。」が大ヒットし、小説版も売れている。今、「SF×恋愛」の作品がこれほどまで受けるのはなぜなのか。大森氏は「日本では大陸や国境を越える恋愛は描きづらい。子供の頃からスマートフォンを持つのが当たり前になった世代にとって、連絡がとれない障害も考えにくい。そこで、より大きな障害としてSF的な設定が受け入れられているのではないか」と話している。
(文化部 近藤佳宜)[日本経済新聞夕刊2016年12月13日付、日経電子版から転載]

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