日本経済新聞 関連サイト

OK
liberal arts-大学生の常識

東南ア政治どうなるの?
政権交代や王位継承で混乱も

東南ア政治どうなるの?政権交代や王位継承で混乱も

 フィリピンのドゥテルテ大統領の過激な発言が話題になっているわね。ほかの東南アジアの国々でも政治が動いているようだけど、これからどうなるの?

 東南アジア諸国について、飯野克彦編集委員の話を聞いた。

最近、フィリピンのドゥテルテ大統領の言動が話題になっています。

 「2016年6月に就任したドゥテルテ大統領は検察官出身で、フィリピン第3の都市ダバオの市長を長く務めました。ダバオ市の治安を劇的に改善したことでフィリピン全土に知られるようになりましたが、その裏では自警団によって犯罪者の超法規的殺人も横行していたようです。国民の人気は非常に高く、大統領の支持率は80%以上に達しています」

 「現在、フィリピンでは麻薬犯罪の容疑者を裁判にかけず殺害することが頻発し、欧米諸国や国際機関から懸念が出ています。人権侵害をやめるよう訴えたオバマ米大統領をドゥテルテ氏が口汚く罵り、オバマ氏との首脳会談が急きょ中止に追い込まれたり、国連からの脱退をほのめかす発言が物議を醸したりしています。一方、南シナ海の島の領有権問題でフィリピンと対立してきた中国を16年10月に訪問して巨額の経済協力を引き出し、その直後には日本も訪問してインフラ投資の協力を取り付けるなど、したたかなところも見せています」

 「今後の対米関係は心配なところもありますが、経済重視の姿勢が明確なところは評価できます。1億人の人口を抱えるフィリピンは経済発展の余地も大きいです。ドゥテルテ氏とうまくつきあっていけば、日本にとってもいいパートナーになるでしょう」

タイではプミポン国王が16年10月に亡くなりましたね。

 「88歳で亡くなったプミポン国王は1946年に18歳で即位し、70年間も国王を務めました。普段は政治に直接かかわりませんでしたが、タイ全土をくまなく視察して回り、国民の絶大な支持と敬愛を集めていました。そして国内で政治対立が激しくなり混乱が起きると調停に乗り出し、見事に事態を収拾することを繰り返してきました。92年、当時の軍主導の政権と反政府勢力が衝突し、流血の事態になった際は、軍出身の首相と反政府勢力の指導者を王宮に呼びつけ叱責する姿が世界中に報道され、民主的な政権が誕生するきっかけをつくりました」

 「後継のワチラロンコン皇太子がプミポン国王のような影響力を持てるかどうかは不透明です。タイは事実上の海外亡命生活を送るタクシン元首相を支持する勢力と、反タクシン派の激しい対立が続き、現在は反タクシン派の軍事政権が実権を持っています。王位継承をきっかけに政治がさらに混乱する可能性もあります」

ミャンマーでも新しい政権ができました。

 「2015年11月の総選挙で、民主化運動の指導者アウン・サン・スー・チー氏率いる国民民主連盟(NLD)が圧倒的な勝利を収め、軍主導の政権に終止符が打たれました。外国人の親族のいる者は大統領になれないという憲法の規定があるため、スー・チー氏は国家顧問兼外相に就任しましたが、事実上の最高権力者です」

 「ミャンマーはおよそ5000万人の人口を抱え、天然資源も豊富で、民主化をきっかけに今後の経済成長が期待されています。ただ、そのために重要なのは政治の安定です。ミャンマー議会の議席の4分の1は軍人から選出する仕組みで、スー・チー氏は今後も軍と協力せざるを得ません。カリスマ的人気があるうちにどこまで改革を進められるか、手腕が問われます」

東南アジア諸国連合(ASEAN)と日本や米国、中国との関係は今後どうなりますか。

 「ASEAN10カ国の民族や言語、宗教はさまざまですし、南シナ海を巡り中国と対立する国もあれば、中国との関係が良好な国もあります。それでも何とかASEANとして一体性を保ってきたのは、1国では対外的な発言力が弱くても、10カ国まとまれば欧米や中国も無視できない力を持つからです。また、欧州連合(EU)に比べるとかなり緩やかではありますが経済面の統合を進め、投資先としての魅力を高めようとしています。中国からの風圧を感じている日本にとっても、ASEANと良好な関係を維持することはますます重要になっています」

■ちょっとウンチク
ASEAN半世紀、17年11カ国に
 ASEANの発足は1967年の8月8日。17年に満50歳を迎える。古い漢語の表現を借りれば「知命」だ。船出した当初、その存在感は決して大きくなかったが、今ではアジアを代表する地域協力の枠組みとなっている。
 最初の参加国はインドネシアとタイ、フィリピン、マレーシア、シンガポール。当時の東南アジアはタイを除けば植民地支配から独立して間もない国ばかり。冷戦のさなかでもあった。共産主義を警戒する国々が集まって結成したのが、ASEANだった。
 80年代にブルネイが、90年代にベトナム、ミャンマー、ラオス、カンボジアが相次いで加盟し、現在の10カ国体制になった。冷戦の終結を踏まえ、ASEANは反共の集まりという性格を脱し、地域協力の役割がいよいよ重要になった。その一つの到着点といえるのが2015年末に宣言された「ASEAN共同体」の実現だ。
 17年には東ティモールも加わって11カ国体制となる。これまで以上に協力の深化と拡大が求められる。
(編集委員 飯野克彦)

[日本経済新聞夕刊2016年11月28日付、日経電子版から転載]
「日経College Cafe」のお勧め記事はこちら>>