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[ liberal arts-大学生の常識 ]

知識に比べ幼稚な知性
アンバランスなAI 

新井紀子 authored by 新井紀子国立情報学研究所教授
知識に比べ幼稚な知性アンバランスなAI 
東京大学安田講堂

 先日、パリの人類史博物館でデカルトの頭蓋骨を見る機会があった。この頭蓋骨については面白いエピソードがある。スウェーデンで客死したデカルトの遺骨がフランス政府の求めにより移送される際、頭蓋骨だけ盗み取られたのだ。

 約200年の遍歴の後、それはフランスに戻されたのだが、本物か偽物かについてフランスのアカデミーで大論争になった。近代哲学の父である天才デカルトの頭蓋骨がこんなに小さいわけがない、というのがその理由である

 どういうわけか、人は知能が脳の大きさに比例すると思いこんでいる。統計を取ってみると、決してそんなことはない。それでも頭が大きいほうが頭がいいんじゃないかと考えてしまう。

 シンギュラリティ説にも似た点がある。2045年には、全人類の脳神経細胞を合わせるよりも多くのチップをもつスーパーコンピューターが登場し、人類の知性を上回るというようなことがまことしやかに言い立てられている。

 そうした言説を信じてしまうのは、人間の知性が頭の回転の速さと正確さ、知識の量で決定されると、多くの人が思っているからだろう。全人類の脳のデータを機械に覚えこませる「アップロード」というSFじみたことができたとしても、その機械が賢くなるという保証はない。今年行われたどこかの国の国民投票のようなことになるかもしれない。

 私たちが11年から開発している大学入試突破を目指す人工知能の「東ロボくん」は、20年分の過去の入試問題、手に入るすべての教科書、辞書、さらにウィキペディアもそらんじている。昨年、40万人の高校3年生と一緒に受けたセンター入試の模擬試験では、上位2割に食い込んだ。東大模試でも数学や世界史で好成績を達成した。

 にもかかわらず、「暑い中、歩いてきたら、冷たい飲み物が欲しくなる」ということがまだわからない。それどころか、文と非文(文として成立しない文字列)の区別すらできないのである。

 なぜ、人工知能(AI)の「知性」はそのようにアンバランスなのか。それはAIが徹頭徹尾、数学でできているからだろう。

 数学は論理と確率と統計でできている。3つのどれかを使って、人間が考える価値や意味を近似する。哲学者ヒュームが指摘したように、論理だけでは「私の指を傷つけるよりも、全世界を破壊するほうがましだ」という決断が誤りであることを導くことはできない。

 確率と統計だけでは、「10人より100人が良いといったもののほうが価値が高い」「みんなが信頼する人の言っていることは正しい」というような紋切り型の価値しか定義できない。ネットに流れているレストランや商品の評価も統計的に計算されている。しかし、本当のうまさやサービスの価値は、それほど単純なものではないはずだ。

 デカルトは著書「方法序説」で、どれほど精巧に作られようとも、機械は言葉を理解するようにはならないと書いた。近代科学の基盤として数学を取り入れることを主張したデカルトは、その限界が「言語」においてあらわれることを直観していたのだろう。

あらい・のりこ 一橋大学法学部卒、米イリノイ大学大学院数学科修了。理学博士。2006年より国立情報学研究所教授。「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクターを兼務。

[日経産業新聞2016年11月10日付、日経電子版から転載]

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