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経営者ブログ 星野リゾート代表タトゥーを隠すシールを
温泉で導入した理由

星野佳路 authored by 星野佳路星野リゾート代表
経営者ブログ 星野リゾート代表 タトゥーを隠すシールを温泉で導入した理由

 星野リゾートでは、顧客が大浴場で小さなタトゥー(入れ墨)を隠すためのシールを全国に14拠点ある高級温泉旅館「界」で導入しています。シールの大きさは1枚が約8センチ×10センチで、顧客は入浴時に最大2枚を使うことができます。肌の色に合わせて4種類を用意しています。

インバウンドと国内の環境変化が背景

 シール導入の背景の一つとしては、インバウンド(訪日外国人)の増加が挙げられます。海外では若い世代を中心にタトゥーが広がり、ポピュラーになっています。温泉旅館にもタトゥーのあるインバウンドが増えており、日本が観光立国を目指していくうえで避けて通れない課題だと考えました。

 同時に国内でも、タトゥーに対するとらえ方が少しずつ変わってきていると思います。タトゥーはかつて反社会的組織の象徴ととらえられている面がありました。一方で、若い世代ではこのところ、小さなサイズのデザイン的なタトゥーが流行しています。このため、日本でも特に小さなタトゥーの場合にはタトゥー=反社会的、ではなくなってきていると思います。

 とはいえ、タトゥーに対してはこれまで通り不安を感じる顧客がいます。では、温泉旅館としてどうすべきか――。こう考えるなかで「両方の立場が歩み寄るのが大切ではないか」と発想し、たどり着いたのがシールでした。

 私はタトゥーを考えるとき、サイズによって与える印象が違うと気づきました。そこでサイズを決めたうえでシールを使えば、課題を克服できると思いました。ある程度の大きさまでのタトゥーならば、シールをはって隠すことで大浴場に入れるようにする。タトゥーに不安を持つ顧客に対しては、シールで隠せるのならばお許しいただけるのではないか、と考えました。

 2015年10月から試験的にシールを導入し、16年4月から本格的に始めました。まず「界」で始めたのは、温泉旅館にとっては大浴場が滞在する主な目的の一つであるからです。その分、観光に大きな影響を与えるため、ここからスタートすべきだと判断しました。

 当初こそ「日本文化をどう思っているのか」といった批判がありましたが、各施設では「シールが不愉快」といったご指摘はありませんでしたし、タトゥーのある顧客もシールをはることに抵抗感がありませんでした。トラブルがなかったため、正式採用に踏み切りました。

 シールは当初、隠す範囲を抑えた1枚でスタートし、現場の状況をみながら現在は最大2枚としています。定期的にある程度の枚数が使われているため、顧客が「利用している」という感覚はあります。例えばタトゥーを入れた子どもがいる顧客からは「親子で温泉に入れてよかった」という声もいただいています。サイズについて、どこまでが許容範囲かはこれからも模索していきたいと思います。また定着の状況を見極めながら、今後は星野リゾートのほかの施設にも広げていく考えです。

最近始まった課題ではない

 実はタトゥーをめぐる課題は最近になって始まったわけではありません。

 星野リゾートに限らず、全国の温泉旅館はずっとタトゥーと向き合ってきました。これは顧客を身体検査してから客室に通すわけにはいかないからです。

 大浴場で「タトゥーのある顧客の利用お断り」を掲げても、小さなタトゥーのある顧客のなかには「目立たないのだから、大浴場に入ってしまえ」というかたがいたと思います。小さなタトゥーの場合、夕食を食べた後に入浴して初めてスタッフが気づく、といったこともあったでしょう。そんなときには他の顧客から「禁止のはずだ」というご指摘が入ることもあったと思います。今回、お互いが歩み寄る明確なルールをつくったことによってこうしたあいまいさがなくなり、スタッフも対応しやすくなりました。

 星野リゾートは「ホスピタリティーイノベーター(ホテルや旅館運営の変革者)」というビジョンを掲げ、旅館業に本気で取り組んでいます。だからこそタトゥーという長年の課題に対してあるべき方向を提案した意義は大きいし、日本が観光立国を目指すうえでいい呼びかけができたと思います。少しずつですがシール導入をフォローする動きもあるし、観光庁もタトゥーの実態調査に乗り出すようになってきました。

 温泉旅館で伝統的に当たり前とされてきたことが「今の時代に合わなくなっている」という感覚を持つことは、ほかにもときどきあります。これからもイノベーターとしてさまざまな取り組みを進めていきます。
[日経電子版2016年12月15日付]

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