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USJ立役者退任にみる、
市場創るプロの時代到来

USJ立役者退任にみる、市場創るプロの時代到来

 そのニュースは2016年12月16日金曜日の早朝から一気に伝わった。大阪のテーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ、大阪市)」の運営会社(ユー・エス・ジェイ)の執行役員、森岡毅氏(44)が同社を2017年1月末で退任するというニュースだった。筆者は東京在住なのでUSJをメインで担当したことはないが、16日の昼前には業界関係者やヘッドハンティング業界の人から「森岡さんが次に行く場所は決まっているのですか」といった逆取材を受けてしまった。残念ながらこの原稿を書いている時点でも森岡氏の身の振り方は知らない。

 さらにこの日、驚いたのが社長でもないのに、退任についての記者会見が大阪市内で開かれたことだ。森岡氏は取締役でもない、執行役員の身。企画や営業など6部門を統括する重責を担ってはいたが、一社員の退任会見を開くのは会社に所属する著名なスポーツ選手くらいではないだろうか。

退社を発表し、新天地は「まだ決まっていない」と語るUSJの森岡執行役員(2016年12月16日午後、大阪市中央区)

ヒット連発でV字回復実現

 それほど、森岡氏は注目度が高く、USJにとってはなくてはならない人物だったことになる。入場者の低迷にあえいでいたUSJに森岡氏がやってきたのは2010年。前職は米日用品大手のプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)でヘアケア商品を担当してシェアを飛躍的に高めた実績などがある。一言でいうならマーケティングのプロ。その手腕を見込まれてUSJに入るやいなやV字回復の貢献者として注目を集めるようになる。映画のテーマパークとして生まれたUSJを絶叫型設備の導入やハロウィーン・イベントなどの集客策はことごとく当たった。この結果、来場者数は3年連続で過去最高を更新する見通しとなった。今年度は森岡氏がやってくる前の約2倍、1450万~1460万人になるとみられる。

 まさにV字回復の立役者だ。

 森岡氏は一発屋ではないだけでなく、ある施策を打った場合に、どれだけ入場者数が増えるかを同僚とともに確率的手法を活用してほぼ正確に予測しているのだ。この手法はUSJだけに有効な手法ではなく、関係者によると同様の手法で東京ディズニーシーの入場者数なども推計できるという。筋金入りの数字がわかるマーケッターなのだ。ちなみに森岡氏はこの同僚と共に「確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力」を今年出版し、今でも大きな書店では平積みされているほど人気がある。森岡氏は「こんなにうれるとは想定外だった。読みが外れた」と苦笑していた。

日本ではまだ乏しい、消費者と向き合うプロ

 そんな森岡氏とは16年9月に取材したときの言葉が印象的だった。「日本にはマーケティングを理解する経営者が多くはない」。財務戦略や長期計画の策定などにたけた人材はいるが、「消費者と向き合って、その消費者が何を期待しているのか。何をすれば消費者は価値を認め、喜んでくれるのかがわかる経営者は少ない」と言いたかったのだ。

森岡氏はハロウィーン・イベントなどの集客策を成功させてきた

 森岡氏がUSJに来たときの同社の大株主は日本でも企業再生を手掛ける米ゴールドマン・サックス。企業再生と言えば財務にメスを入れるのが一般的のように思われるがゴールドマンはマーケティングという顧客創造のアプローチでUSJ再生にかけたのだ。その責任者として前職で実績のある森岡氏に白羽の矢をたてたわけだ。

 実はこの言葉は3年ほど前、著名なマーケティング学者のフィリップ・コトラー氏との取材でも同じような話を聞いたことがある。「経営に必要なのは最高経営責任者(CEO)、最高執行責任者(COO)だけでなく、最高マーケティング責任者(CMO)だ。そしてCMOの経験を経てCEOになっていくことだ」

 残念ながらCMOという言葉は日本の経済界では定着していないし、市場創造の実績があってトップに上り詰めた経営者はそんなに多くはない。サラリーマン社長としては、キットカットのロングヒットや専用のコーヒーマシンによってコーヒーを飲むシーンを多様化したネスレ日本社長の高岡浩三氏くらいかもしれない。

 数年前は「プロ経営者」の華麗なる転身が話題になったが、残念ながら新天地で実績をあまり残すことができず、会社を去ってしまったプロ経営者もいた。

 これからは「プロのマーケッター」の時代なのかもしれない。
(編集委員 田中陽)[日経電子版2016年12月21日付]

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