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[ skill up-自己成長 ]

ウイスキーガール(6)KOVAL蒸溜所社長に聞く(下)
なぜ日本人大学生を雇ったのか

小嶋冬子 authored by 小嶋冬子KOVAL Distillery
ウイスキーガール(6) KOVAL蒸溜所社長に聞く(下) なぜ日本人大学生を雇ったのか

 KOVAL蒸溜所の創業者の1人であり、代表取締役社長のSonat Birneckerのインタビューの2回目です。前回は、KOVALの創業前にモデルや大学教授をしていた彼女が、なぜすべてから離れて蒸溜所立ち上げを選んだのか、また立ち上げ当時の話を聞きました。今回は、なぜ、日本人である私を雇おうと思ったのかについて聞いています。

 シカゴのKOVAL蒸溜所で日本人は私一人です。同僚はアメリカ人ばかりで、その中には海外に出たことがない同僚もいっぱい(笑)。グローバルというよりは、その土地で地道に販路を拡大してきた会社です。そんな中、なぜ、当時日本の大学生であった私を雇うことにしたのかを聞いてみました。

目標に向かって努力している人に魅力を感じる

――なぜ日本人、しかも大学生だった私を雇ったですか?

 だって、あなたがいきなり目の前に現れたからよ(笑)。私とRobertは、何かをしたいと思っている人、目標に向かって努力している人に凄く魅力を感じるの。だから、私たちにとってどこの国から来たとかは、関係がないわ。

筆者

 誰でも好きなことは続けていくし、勉強だってしたいと思えば続けていく。だけど、稀に、自分のしたい事を 違う文化や環境、言語でやろうとする人がいる。そして、これは私の個人的な意見だけど、そんな中でこそ、その人本来の強さが出る。それがあなたを雇用した一番の理由ね。

 英語をそんなに話せなくても(実際、その時、私 小嶋は全然英語を話せていませんでした)、努力する姿勢、学びたいと思う姿勢が私たちにとって凄く印象的だった。多くの学生に言えることは、諦めないで夢を追い続けること。もし仮に何かをしたいと思ったときに、誰でも壁を感じると思う。何かをやりたいと思っても、成し遂げられないんじゃないかと思ったり。それは誰にでもあること。

 私が高校生だった時、といっても、卒業もしていない時だったからもう子供も同然ね。その時の私は高校生だけど、映画の会社で働きたいと考えたわ。その時に「どうやったら高校生が映画会社で仕事ができるのか」って考えたわ。そしたら母親が「面接をしてもらえるまで、シカゴ全ての映画会社に電話して、手紙を書くのよ」って教えてくれたの。本当にたくさんの手紙や電話をしたら、ある会社から電話がかかってきて、面接をして受かったの。面接のときに、高校の授業が終わってから会社に行って働くというスケジュールを伝えたら、OKしてくれたのよ。

 人によっては最初の3通とか5通とかで諦めてしまう人もいるかもしれないし、勉強しながら仕事に就くなんて、無理っていう人もいるかもしれない。でも、本当にやりたい事をするには、時間もかかるし、諦めたくなることもあるだろうけど、叶うまでやり続けるしかないって私は凄く思うの。

RobertとSonat夫妻と

大切なのは、海外に行って何をしたいかを決めていること

――海外に行こうとしている日本の学生に何かアドバイスを

 海外に出ること、それはいつだって有益な経験だと思う。新しい文化に出会い、今までとは違う考え方に触れるということは、たくさんの情報や、想像以上の経験を得ることができるから。そういった点で、その国から出なかった多くの人とはまた違った経験ができるということも大きな魅力ね。

 でも私は、海外で経験を積むということは、魅惑的で、役に立つことだと考えてるわ。それに加えて大切なのは、海外に行って何をしたいかを決めていること。もし、あなたが何かをしたいと思っていくのなら、ゴールに向かっていくことができる。そして、その目標は知識だけではなく、素晴らしい人との出会いも呼び、自身の将来の成長にも繋がっていく。これは留学でもインターンシップでも、旅でも同じこと。

 私はロードマップのように人生を捉えていて次に何をやりたいかをいつも考えてる。どこに行きたいかを決めるのも、それがどこに繋がっているかを思うのも、すごく楽しいことなの。自分が幸せでいるために重要なことでもあるわね。

 特に今は、ネットワークの時代。自分のやりたいことやその道の人に直接、世界中のどこにいても連絡が取れることも素晴らしいことだと思う。それが第一歩となって、自分が想像もしなかったような事が起こるかもしれないわ。

 確かに私(小嶋)はRobertとSkypeで面接し、合格しました......。さすがネット社会。

KOVALの同僚たち

インタビューを終えて

 アメリカでもマイホームを買うことは多くの人の1つの夢であるように、蒸溜所を立ち上げる時、今まで稼いだ資金全てを家ではなく蒸溜機の購入に充てたそうです。アメリカはで禁酒法によって1920年代にお酒を飲めない時代がありました。酒が合法的に入手できなくなったことにより、反社会勢力であるギャングたちが酒の密造に乗り出し、密造酒を販売することにより利益を得ていた時代です。その舞台の中心が、まさしくシカゴでした。

 多くの混乱と犠牲の後、その激動の時代を乗り越え、禁酒法が撤廃されたのは1933年12月のこと。そして、その禁酒法以降、初めてシカゴで設立された蒸溜所、KOVAL DISTILLERY。新しいと言われる私が働いているこの蒸溜所にも、こうした誇るべき背景があります。

 2008年にたった2人で立ちあげたKOVAL蒸溜所。今では数カ国の市場を開拓、展開し続けています。シカゴではRobertとSonatが成し遂げたことを「アメリカンドリームを叶えた人物」と言われますが、全てを捨てたその道のりは、想像もできないくらい大変なものだったと思います。しかし、Sonatの明るく話す表情を見ていて、本当に好きな人と働くことを楽しんでる感じがしました。

 誰もやったことのない事を成し遂げる、先駆者的な存在。それを英語で、「KOVAL」と言います。