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津和野から伝えたい言葉(1)早大から地方へ~「文教の里」の公営塾

室賀元伸 authored by 室賀元伸
津和野から伝えたい言葉(1) 早大から地方へ~「文教の里」の公営塾

 はじめまして! 室賀元伸と申します。2016年4月より、私は早稲田大学を休学し、島根県津和野町で町長付・地域おこし協力隊として公営塾を担当しています。

 この度は、1人の大学生として「大学を休学して海外留学などではなく、地方に飛び込む挑戦」をテーマに連載を執筆させていただきます。今まで都市で暮らしてきた自分が「地方留学(?)」を選択した背景、津和野での仕事や生活について、自分の思いを込めながら書くので、お付き合いいただけると嬉しいです。

 第一弾となる今回は、私が働く、津和野町の公営塾「HAN-KOH」についてご紹介します。

人口流出に悩む「山陰の小京都」

 島根県の最西端に位置する、「山陰の小京都」こと津和野町。かつては、アンノン族(雑誌の『anan』や『non-no』の影響を受けた女性観光客の総称)の人気スポットとして名を馳せました。また、津和野町は「文教の里」としても知られています。明治の文豪・森鷗外や、「哲学」という言葉をつくった思想家・西周も、この津和野町で学び、世界へ羽ばたきました。

城下町の風情を残す、「山陰の小京都」こと、津和野町。その町並みからは、かつて森鷗外が学んだ「文化の香り」が漂います

 現在、「文教の里」のDNAを受け継ぐのが、島根県立津和野高校です。しかし、津和野高校は、町の人口流出の影響により、入学者数は2002年からの11年間で、約3分の1までに減少し、統廃合の可能性も浮上していました。2011年、そこで立ち上がったのが「津和野高校魅力化プロジェクト」。このプロジェクトは、島根県教育委員会が離島・中山間地域に位置する公立高校を対象に始めた事業を活力として、高校や市町村の連携により、高校のより魅力的なあり方を模索しています。

高校の中の町営英語塾

島根県屈指の伝統校、津和野高校。OBOGや地元の方々からは、“ツコウ”の愛称で親しまれています

 そして、魅力化プロジェクトにおける目玉の1つが「公営塾の運営」です。公営塾とはその名の通り、自治体の予算で運営される、正に「地域密着型」の塾。少子高齢化の進む津和野町には、都会にあるような塾はありません。2014年春、「自分の町の人財は、自分の町で育て上げる」という町の想いから、津和野町に「公営」の塾が誕生しました。予備校などとは一線を画す、公営塾を核とした「地域の教育の復活」は、過疎化の進む他自治体にとって、たしかな「希望の光」です。その後、福島県や能登半島など、公営塾というムーブメントは全国的に広まりつつあります。そのなかで、津和野の公営塾であるHAN-KOHは、今年4月で設立4年目を迎える、パイオニアの一つと言えるでしょう。

 HAN-KOHのスタッフは、文字通り「十人十色」。ある人は、元公務員。ある人は、元引きこもり。ある人は、元研究者。ある人は、哲学者。ある人は、現役大学生。またある人は、「モーニング娘。」に憧れ来日したニュージーランド人。そして、その全員が、都市圏の大学出身です。「都会で学び、都会で働く」という一般的なエリートコースではなく、「都会で学び、それを地方に還元する」というキャリアを選んだスタッフたち。彼らは、それぞれの志を持ち、この津和野の地へやってきました。

町営英語塾HAN-KOHの外観です。HAN-KOHは、津和野高校の敷地内に位置する、全国的にも珍しい「完全無料の町営塾」です

 20代のスタッフが多く、生徒たちとは「お兄さん・お姉さん」のような関係性でコミュニケーションを交わしています。放課後、その日あった嬉しかったことや悔しかったことなどを、スタッフと楽しそうに話す光景は、HAN-KOHの日常風景です。HAN-KOHは、過疎化の進む津和野町の貴重な「放課後の居場所」として機能してきました。

 もちろん、塾として、生徒一人ひとりのニーズに合わせながら、授業の予習・復習や、就職対策、そして大学受験のサポートもしています。大学受験に関しては、これまでに山口大学や島根県立大学など近隣の大学のみならず、AO入試や推薦入試などで、立命館大学に2年連続、そして今年は慶應義塾大学へも合格者を出しています。

多様なバックグラウンドを持つスタッフたちが、HAN-KOHの強みです

 立命館大学在学中の卒塾生は話してくれました。「私は勉強好きなタイプではなく、高校2年の進路選択時には、特にやりたいこともなく専門学校を考えていました。しかし、魅力化プロジェクトのスタッフの話や、HAN-KOHで自身の文章力を評価してもらえたことがきっかけで、特技を活かした大学受験への意欲も高まりました。立命館大学の受験にあたっても、HAN-KOHのスタッフの方々のサポートのお陰で、合格することができました。大学には、卒業後、学芸員や教師になるといった目標を持った同級生がたくさんいます。そんな中、私はまだ卒業後について決められていません。もちろん、それは大きな不安です。しかし、高校時代に色々なことに挑戦したことで現在の道が拓けています。なので、この大学生活も高校時代のように、様々なことに挑戦しながら将来の選択肢を広げられたらと考えています」。

 このようにして、津和野高校とHAN-KOHは、都市に劣らない教育環境を実現してきました。これまでも、これからも、HAN-KOHは「文教の里・津和野」の公営塾として、未来の津和野町、そして日本を担う人材の輩出を目指し挑戦を続けます。

 次回からは、私がこの津和野町の公営塾に参画することを決めた背景について執筆したいと思います。

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