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オックスフォード奮闘記(5)ヴァイオリンとの出会いからオーケストラ公演まで

日置駿 authored by 日置駿オックスフォード大学法学部修士課程
オックスフォード奮闘記(5) ヴァイオリンとの出会いからオーケストラ公演まで

 第2学期(Hilary term)も中盤に差し掛かり、たくさんのエッセーに奮闘しながらも充実した日々を過ごしています。正直な気持ちを言えば、オックスフォード大学法学部で過ごす初めての海外生活がこんなに大変なものだとは想像していませんでした。これまで大した苦労をしてこなかったということなのかもしれませんが、自分がこれまでいかに井の中の蛙で、世界を知らなかったかということを思い知らされる毎日です。

 そうした気持ちから時々心が折れそうになることもあるのですが、そのような時に私を支えてくれるのが「どうして自分はオックスフォード大学を目指したのか」を考え直す時間です。「連載第1回目」にも書きましたが、私が大学卒業後すぐに海外の法学修士課程を目指したのには、私の音楽に対する思いが大きく関わっています。

 そこで今回から何回かに分けて、私が大学1年のときに立ち上げたOrchestra MOTIF(モチーフ)での活動を中心に、音楽がどのように私を成長させ、留学の道へとつながっていったのか、お話ししたいと思います。オックスフォードでの生活のリポートとは少し離れた内容になってしまいますが、ちょうど来月3月3日にはMOTIFのコンサートがありますので、この機会に私たちの活動や考え方を知って頂ければと思っています。

ヴァイオリンとの出会い

 そもそも私がヴァイオリンと出合ったのは今から20年前のことでした。4歳上の姉が通う学習塾の隣のビルにたまたまスズキメソードの音楽教室があり、姉の帰りを待つ間に母と2人で何気なく見学に訪れたことが始まりです。何かに導かれるようにヴァイオリンと出会った私はみるみるうちに音楽の虜になっていきました。同じ頃に初めて訪れたサントリーホールでのコンサートや、教室の上級生が奏でる音楽に魅了されたことをよく覚えています。それは衝撃的な体験でした。

 実はこの経験は私がOrchestra MOTIFを立ち上げた原点にもなっています。MOTIFはフランス語で"動機、きっかけ"を表す言葉をヒントにしているのですが、私たちは「音楽を通して人々の背中を押す動機やきっかけ(モチーフ)になりたい」という理念を持って活動しています。

未就学児童を対象にしたファミリーコンサートの様子

子供たちの夢の選択肢として音楽を

 具体的に私がオーケストラを立ち上げることを決めた背景には同じ慶應義塾の一貫校の先輩との会話がありました。当時医学部の3年生だった先輩はNPO法人ジャパンハートに所属していて、ミャンマーの養育施設でボランティア活動にあたっていました。その養育施設にはHIVや人身売買などの社会問題を背景に親を失くした3歳から18歳くらいまでの子供たちが生活をしています。NPOの活動のおかげで衣食住は満たされているものの、子供たちの夢の選択肢が少ないことを先輩は心配していました。

ミャンマーでの楽器体験コーナー

 曰く、「施設での生活は、都市部の危険から彼らを守ってくれる一方で、社会から隔離されてしまい、大人になってからの多くの選択肢に触れられない。だから子供たちに将来の夢を聞くと皆、戸惑ってしまうんだ。」ということでした。

 「音楽しかない!」。その話を聞いてすぐに私はそう感じました。子供たちの夢の選択肢に音楽も入れてあげたい。音楽との衝撃的な出会いを経て、その虜になっていった自分だからこそ出来ることであり、それは大好きな音楽への貢献にもなるのではないか、そう思ったのです。このときの熱い気持ちがオーケストラを立ち上げるきっかけとなりました。

失敗を恐れず精一杯やりなさい

 それからすぐに高校時代の同期7人に声をかけて活動を始めてみたものの、経験のない私たちにとってオーケストラの運営は困難の連続でした。私たちは設立当初から、日本国内での演奏会の開催と、支援先に音楽を届けるという2つを活動の軸にしていますが、最初はミャンマーでの演奏はおろか、国内演奏会の開催すら実現が危ぶまれていました。果たして本当に実現するのか誰にも分からない状況の中、まさに暗中模索の試みが始まります。毎日不安に苛まれながらも一歩ずつ壁を乗り越えていくプロセスの中で仲間との友情や絆も自然と深くなっていった事を思い出します。

コンサートに向けた練習での一コマ

 賛同してくれる奏者を集めること、ファンドレイジング、広報、演奏会当日の運営、ツアーの企画などすべてのことが、若かった私たちにとっては大きすぎるチャレンジの連続で、たくさんの方々の協力なくして成し得ることはありませんでした。実績も何もない私たちを信じて協賛を決めてくれたある企業の社長さんの一言が今でも強く印象に残っています。「この協賛金は君たちが成功することを期待して出すわけじゃない。むしろ失敗するためのお金だ。恐れずに精一杯やりなさい」。

MOTIFは自分たちが大切な事に気付くきっかけ

 かくしてたくさんの困難を乗り越え、私たちはなんとか第1回目のコンサートとミャンマーツアーを無事に終えることができました。何もないところからオーケストラを立ち上げ、多くの方々に助けてもらい、たくさんの仲間と共に第一歩を踏み出したときの達成感は筆舌に尽くしがたいものがありました。ミャンマーの子ども達が初めてオーケストラの音を聴く瞬間に立ち会えたこと、久石譲さんの「さんぽ」をオーケストラに合わせて日本語で大合唱してくれたこと、楽器体験コーナーでは大勢の子ども達が目をキラキラ輝かせて長蛇の列を作ってくれたこと、その一つひとつが、私たちオーケストラMOTIFの団員全員が「音楽をやっていて良かった」と心から思う瞬間でした。

ミャンマーで大成功を収めたコンサート、目標が達成された瞬間

 それと同時に、私たちは大切なことを学びました。それまで「可哀想な子供たちに音楽を届ける」という気持ちをどこかに持っていた私たちの期待はいい意味で裏切られ、そう思うことがいかに傲慢で間違っていたかに気づかされたのです。参加した団員一人ひとりが、皆同じ気持ちを持っていました。MOTIFは誰かの背中を押すというよりもむしろ、自分たちが一歩を踏み出す動機(モチーフ)になっていたのです。

 次回は、ミャンマーでの支援を1回限りのものではなくいかにして継続できたのか、その成長の様子をお話したいと思います。

演奏会のお知らせ
2017年3月3日(金)19:00より、Orchestra MOTIFの定期公演が台東区ミレニアムホールにて開催されます。定期公演後の同月にはMOTIF初の試みとなるカンボジアでの演奏会ツアーを予定しており、沢山のお客様からのご声援は団員一人一人の大きな力になります。一人でも多くのお客様にMOTIFの演奏をお楽しみ頂きたいと思っておりますので、ご都合のよろしい方はぜひともご声援のほどお願い申し上げます。詳細は下記公式ウェブサイトをご覧ください。
http://orchestra-motif.com/information.php

2年目のMOTIFを支えた運営メンバー達と