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自分らしく多様性社会を生きる(6)自分の常識は、他人には当てはまらない

岩澤直美 authored by 岩澤直美Culmony代表、早稲田大学3年
自分らしく多様性社会を生きる(6) 自分の常識は、他人には当てはまらない

日本人が体験する「アジア人扱い」

 イギリスに留学をしている日本人の友人が近況報告をしてくれたのですが、「アジア人に対する理解がなさすぎで驚いている」とのことで事情を説明してくれました。「日本人は中国語を話すのか?」「中国人に比べて日本人は目が大きいよね」と地元の人しかいないフィッシュ&チップスのお店で話しかけられたと言います。「彼らはとても素直で、好奇心で目が輝いてた」と友人は捉えていて、自分や日本の国の話をして仲良くなったらしいのですが、このような「アジア人扱い」をされたという話は珍しいことではありません。アメリカやカナダのような、多様な人種が一緒に暮らす国に初めて行った日本人も中国人扱いをされ、「彼らは日本人と中国人の区別もできないのか」と複雑な気持ちになったという体験をよく耳にします。

 このような対応を受けることについて嫌な気持ちがする人もいれば、なんとも思わない人もいると思いますが、この話題になるたびに思うことは「日本も西洋のこと全部一緒にしてるじゃないか」ということです。私は善悪の話をしているわけではなく、単純に「触れる機会が少ないほど、そのものに対する理解は薄い」ことは当たり前のことだと思うのです。

白人に対する「西洋人扱い」

 私自身、ヨーロッパに住んでいた時期がありますが、しばらく住んでいると不思議とドイツ人らしい人、オランダ人らしい人、イタリア人らしい人、ポーランド人らしい人......、と違いが見えてきます。陸地でつながっていて、多様な人種が多く入り混じっている地域ですら、その土地ならではの表情の作り方や話し方、アクセント、顔の作りなどには傾向があるように感じます(これを押し付けると、ステレオタイプになってしまいますが)。

 ニューヨークに旅行中の日本人の友人が「私から見たら韓国人と日本人、中国人は完璧に違うのに、彼らから見たら韓国人も日本人も変わらないのかと思うと面白かった」と話していましたが、以前「彼ら(日本人)から見たら、オランダ人もイタリア人も変わらないのかと思うと不思議だ」と全く同じことをオランダ人の友人が話していたので、これもまた面白いなあと感じるものです。

岩澤さんは日本ではアメリカ人、ヨーロッパではトルコか南米の人だと思われることが多いという

 実際、人種ごとの多様性を見てみると、「白人」というカテゴリーに当てはまる人種や民族の多様性は黄色人よりも多いと言われています。ですので、やっぱり彼らも「まとめてヨーロッパ人扱い」されたり、「英語を話すからアメリカ人?」と聞かれたら、呆れたり、嫌な気持ちになる人も一部にはいるでしょう。お互い様かもしれません。

 ちなみに私の場合、父は日本人、母はチェコ人ですが、日本ではアメリカ人だと思われることが多いです。理由は大抵外国人に見えることと、英語を話すことの2点ですが、中学からしか英語を勉強していない私がネイティブだと思っていただけるのも、ある種のステレオタイプのおかげでしょう。また、母がチェコ人だと知ると、独立前の「チェコスロバキア」を連想する人もいれば、地理が思い出せない人も珍しくありません。もちろん私も、自分が行ったことのない地域について詳しくありませんし、知らないことも多くあるので、チェコについての質問を受けて嫌な気はしませんが、その無知さに虚しくなってしまう人も実際にはいます。ちなみに、私はヨーロッパでは、なぜかトルコか南米の人だと思われることが多いです。南米へは行ったことはありませんが、現地の人からは「同じにするなよ」と思われることでしょう(笑)。

自分の常識は、他人には当てはまらないこともある

 無知であることは罪でもなければ、差別でもありません。誰にでも、詳しく知っていることがあれば、よく知らないこともあります。ある人にとっての常識が、別の人にとっての常識である保証はどこにもありません。だからこそ人間の経験は多様で、豊かで、面白いものです。でも上記の事例のように、自分が知っていることを相手に期待していると、それを裏切られる瞬間もあります。また、常識を押し付けることで、相手に嫌な思いをさせてしまうこともあります。

 私が意識していることは、「自分と同じ経験、考え、価値観、文化、知識、常識を持っている人はいない」ということを常に頭においておくことです。どれだけ経験豊かでも、当事者として世界の隅々にある特有の「常識」を知っている人は、ほとんどいません。誰もが、世界で誰一人経験したことのない人生を歩んでいて、それぞれの人生によって、知っていること、知らないこと、そして常識も異なります。謙虚に知らないことは経験し、学び、習得することで世界観を広げていく。そういった姿勢が、「嫌な気持ち」になる人を、少なくする秘訣かもしれません。